VAGUE(ヴァーグ)

大量消費の工業製品にはない人の手が生む温もり

 春の訪れを感じさせる小雨降る休日、ベントレー「フライングスパー」を西へと走らせる。目的地は、富士宮市にある静岡県富士山世界遺産センターだ。世界遺産となった富士山の保護、保存、整備のための拠点として2017年に開館した施設である。

「富士宮にユニークな建物があるんですが、今度の休日、いっしょに見に行きませんか?」

 インテリア&プロップスタイリストの窪川勝哉さんから、そんな旅の“お誘いメール”が送られてきたのは数日前のこと。10年来の仕事仲間との旅のお供に選んだのは、ベントレーのフライングスパーだ。窪川さんはかつてイギリスで武者修行していた時期があり、そのときの経験を踏まえながらフライングスパーの印象を語ってもらいたいと考えたからである。

  • ベントレー「フライングスパー」で静岡県富士山世界遺産センターを訪れた窪川勝哉さん

「イギリスに行こうと決めたのは、以前から彼の地のアンティーク雑貨や家具が好きだったからです。イギリスの職人たちが手がけるプロダクトって、クラシックで重厚な雰囲気が漂う主張が控えめなモノという印象が強いと思いますが、よくよく見ていくと、そうした中に遊び心というか華やかさが盛り込まれているんです。

 インテリアや建築を例にとると、家具などには深みのある赤みが特徴のマホガニー材がよく使われていたり、イギリス特有の暗い照明の部屋に敷かれているカーペットが鮮明な赤だったり、床のフローリングが木目を交差させて組んだヘリンボーン仕様だったりと、クラシカルな雰囲気や上品さの中に、華やかさや遊び心を感じさせる要素が散りばめられています。そういう建物やインテリアに身を置くと、不思議と心が落ち着くんですよね」(窪川さん)

  • ⼩道具や撮影背景のスタイリングを担当するインテリア&プロップスタイリストとして、テレビ番組のインテリアコーナーや雑誌の特集ページなどのスタイリングを⼿がける窪川勝哉さん。東洋⼤学ライフデザイン学部の⾮常勤講師も務める

 今回の旅のお供に選んだフライングスパーも、各部のフィニッシュにそうした“イギリスらしさ”を感じられると窪川さんは続ける。

「内外装のアクセントとなっている金属パーツや、キャビンの至るところにあしらわれたウッドパネルなど、各部の仕立てに圧倒されますね。マテリアル自体が上質ということもありますが、表面の凝った処理や、1針ずつていねいに縫い上げられているステッチ類、さらに、ふんだんにあしらわれたレザー表面のテクスチャーなどは、機械で大量生産される工業製品では感じられない、人の手が生み出す温かみを感じさせてくれます。イギリスの職人たちが手がけたインテリアに通じるものがありますね」(窪川さん)

  • ボンネットの先端に備わる最新の“フライングB”はフクロウの姿にインスパイアされたもの
  • シートを始めとするレザー部のステッチは、1針ずつていねいに縫い上げられている

 途中のサービスエリアでドライバー交代。フライングスパーのリアシートでくつろいでいた窪川さんが今度はステアリングを握る。すると、試乗車のシートの仕立てが前後で異なっていることに気づいたようだ。

「リアシートは、立体的なダイヤモンドパターンを刻んだウッドパネルがあしらわれ、その表面はマット仕上げで全体的に落ち着いた気品を感じさせるトーンでまとめられています。なので、各部のデコレーションや色使いが悪目立ちせず、その分、周囲の景色が自然と視界に入ってきました。

 それに対してフロントシートは、つややかなウッドパネルがコックピット全面にあしらわれている上、操作系のダイヤルやスイッチに強い光沢を放つメタルのアクセントが施されています。また、ドアにあしらわれるダイヤモンドパターンのパネルは、リアシートのそれとは素材からして異なります。

 それらが、きらびやかな雰囲気を醸し出し、ドライバーの気分を盛り上げてくれる印象です。素材やデコレーションに変化をつけることで、同じキャビンの中でドライバーのための空間とパッセンジャーのための空間を巧みに分けているんですね」(窪川さん)

  • コックピットの全面につややかで質感の高いウッドパネルがあしらわれる
  • リアドアと同じ意匠ながら素材が異なるフロントドアのデコレーションパネル
  • リアドアはマット仕上げのウッドパネルにダイヤモンドパターンを施す

●気鋭のスタイリストを魅了したユニークな建築物

 続いて話題は建築の話に。かつて建築家を目指していたこともあり、窪川さん建築への造詣も深い。

「撮影スタジオや商業施設のウインドウディスプレイを家具や小道具でコーディネートするのが僕の仕事ですが、実は空間をゼロから創造するのはあまり得意ではありません。なので、構造計算から手がけ、大工さんや左官屋さんといったプロの皆さんとのチームワークによってゼロから新しい建造物を生み出していく建築家や建築デザイナーの方のお仕事は、日頃からリスペクトしています」

 そう話す窪川さんの、以前より間近で見てみたいと希望していた建物が、旅の目的地である静岡県富士山世界遺産センターである。

 同施設を設計した建築家の坂 茂(ばん・しげる)氏は、建築分野で権威のある賞のひとつ“プリツカー賞”を受賞したことでも知られ、自然との調和を図った設計を特徴とする。それは、個人の住宅はもちろんのこと、世界的に有名な美術館や音楽複合施設、さらには 腕時計メーカー、スウォッチグループのスイスにある本社社屋などオフィス設計にも息づいている。

「スゴいと思うのは、坂氏が建築を通じて、災害支援や難民支援をおこなっていることです。東日本大震災の際には、紙管でつくった仮設住宅を被災地に提供していましたし、ルワンダ難民には紙管で製作したシェルターを提案したこともありました。単に新しい建物を生み出すだけではない、建築のパワーを痛感させられるエピソードですよね」(窪川さん)

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