“夜の静けさ”をまとう二つのブラック
オシアナスが提示する新しいフラッグシップ「マンタ」シリーズの「OCW-SG1000CN-1AJR」は、これまでブランドが象徴してきたブルーだけではなく、深く静寂をたたえた“ブラック”を核に据えた限定モデルだ。
外装には軽量で高い耐久性のチタンを採用し、その上にDLC(ダイヤモンドライクカーボン)コーティングを施すことで、月明かりが静かな海に滑り落ち、淡い光と影が交錯するその瞬間を表現している。
ベゼルの主役は、江戸切子の伝統文様“千筋”(せんすじ)。
斜線から水平線へと角度を変える繊細なラインは、月光が海面をなで、緩やかな波紋を作るように揺らめく。
上半分は表面から、下半分は裏面から刻むという高度な二面加工で、光の層が立体的に重なる。サファイアガラスという高硬度素材に手作業で刻まれた線は、一本一本が“月光の軌跡”のようだ。
二つのモデル「OCW-SG1000CN」と「OCW-S7000CN」は、同じ“CALM NIGHT”をテーマにしながら、個性はまったく異なる。
SG1000CNは、新開発のガリウムタフソーラーを採用した特別仕様。ダイヤルには月面を思わせる立体的なメタルテクスチャーが刻まれ、黒の中に潜む微細な陰影が、光を受けた瞬間にわずかに揺らぐ。
その表層美だけでなく、裏側にはソーラー発電の新技術を支える“精密構造物”としての機能美が隠れている。
対するS7000CNは、マンタラインの象徴であるスリムケースを引き継いだ、よりミニマルでドレッシーな存在だ。
厚みわずか10mm以下のケースに、江戸切子を施したサファイアガラスベゼルを組み合わせ、精緻なカッティングによる光の揺らぎを、黒の静けさの中に閉じ込めたような一本。
日常のスーツにも、モードなスタイルにも自然に溶け込む“品のある黒”が強く印象に残る。
共通するのは、光と影のコントラストをどう美しく制御するかという哲学だ。ブラックDLC、月面を模した金属テクスチャー、ファセット加工されたサファイアカットなど目を見張る技術が詰め込まれている。
それぞれ質感の異なる素材を重ねながら、オシアナスは“夜の静けさ”を腕時計として結晶化させた。それは派手さや主張ではなく、抑制と緻密さの先にある美しさである。
光を削り、時間を刻む──江戸切子職人・堀口徹の言葉
「納得できないものは、世の中に出すべきじゃないと思ったんです」
そう話すのは、サファイアベゼルの加工を担当した伝統工芸士の三代秀石・堀口徹氏。堀口氏が担当したのは、サファイアガラスのベゼルに“千筋”のカッティングを入れる工程だ。上半分は表から、下半分は裏から刻むという二面加工を手作業で行い、月明かりが海に落ちるような光の軌跡をつくり出している。
「最初に依頼をいただいたとき、正直に言えば不安の方が大きかったんです。切子はミリ単位、時計はミクロン単位。精度の世界が違う。この二つをどう整合させるのか、想像もつかなかった」
しかし対話を重ねる中で、カシオさんが求めているのは“伝統文様の縮小”ではなく、モダンでシャープな“光のデザイン”だと気付いたという。
「伝統的な文様をそのまま小さくすれば良いという話ではなく、『時計にふさわしい光とは何か』をゼロから考える必要があったんです。そこで初めて『自分がやる意味がある』と思えました」
加工に使う素材はサファイアガラス。硬度の高さゆえに工具の刃がすぐ摩耗するため、数枚削るごとに“目立て”という繊細な調整が必要になる。
さらに、硬いサファイア同士が当たれば傷つく可能性があるため、作業台の配置から動線に至るまで、「ぶつかり得る可能性」を徹底的に排除した環境づくりが欠かせない。
今回のモデルでは、表面と裏面の両方に加工が必要だったため工程はさらに複雑化した。
「一度削った後に洗浄して、もう一度割り出しをし直す。手間はかかりますが、やらなければ精度が出ません。この工程を抜くという選択肢はないんで」
とりわけ象徴的なのが、デザイナーの「わずかなズレを平行に見せたい」という高度な意図だった。
「数値上はずらしているのに、見たときに平行に見える。これは“感覚”の世界です。どこをどう削れば平行に見えるか。結局そこは、職人としての経験と勘が頼りなんですよ」
5回目の協業を迎えた今、堀口氏はこの挑戦の本質を静かに語る。
「伝統とは、昔の形を守ることじゃない。その時代の人が求める美しさに応えること。時計とのコラボは江戸切子にとって自然な営みなんです」
江戸切子が持つ未来への“引き出しの広さ”。それを体現するように、サファイアベゼルの輝きは、伝統と現代が交差する境界線に浮かび上がる。
ガリウムタフソーラー──技術の行き着く先は“デザインの自由”
オシアナスが今回のモデルで採用した「ガリウムタフソーラー」は、単なる高効率発電技術ではない。むしろ注目すべきは、その技術が時計のデザインに与えた“自由度”である。
ガリウム系半導体を発電層に採用することで、従来のシリコン系ソーラーと比べ約2〜5倍の発電効率を実現。
これにより、時計が必要とする光エネルギー量を大幅に削減することが可能になった。
結果として、オシアナスは“光を通すためのダイヤル構造”という制約から解放された。
金属ダイヤル、立体的な蒸着パーツ、光を通さない素材の造形──それらを自由に組み合わせられるようになったことで、デザインの領域が一気に広がったのである。
今回のSG1000CNに採用された月面のようなメタルテクスチャーも、まさにその恩恵だ。
光を透過させる必要がないため、ダイヤル全体を“質感のある黒”で統一でき、表情の陰影を緻密に設計できる。
光をエネルギーに変換する技術が進化したことで、逆説的にも“光を透過させないデザイン”が可能になった──これこそ、ガリウムタフソーラーがもたらした革新である。
和をまとうという選択──静けさを装いへと昇華する
「江戸切子の伝統を取り入れたこの限定モデルは、単なる腕時計にとどまらず、日本の美意識をさりげなく日常に溶け込ませる“工芸の一部”とも言える存在。
オールブラックの、男性が合わせやすいカラーなので、スーツや日常のカジュアルなどにも自然となじみますが、一歩先のスタイリングを目指すなら、スタイリングにも“現代の和洋折衷”というテーマを据えるのも効果的です」
雑誌などさまざまなメディアで活躍するスタイリスト宇田川雄一氏は、この時計を「現代の和モダンを成立させる軸」と捉え、3つのスタイルを提案する。
最初は、羽織を思わせるアウターとバンドカラーシャツを合わせた和モダンのスタイル。直線的なラインが時計の精密さを引き立て、黒の静けさが全体の空気を整える。
「最近、メンズファッションでは“和の要素”が再び注目されています。着物を一式着こなすのではなく、羽織や作務衣(さむえ)にタートルネックやバンドカラーシャツを合わせるなど、あえて少し崩したスタイルが今の気分です。
トレンドの厚めのセルフレームの丸メガネなど、レトロな小物との相性も抜群。ただし、主流のカジュアルスタイルではないため、素材や質感には上品さを取り入れることで、個性を生かしながらも大人の落ち着きを感じさせる仕上がりになります」
次に、昭和初期のレトロ感を取り入れたミックススタイル。カンカン帽やドレープのあるセットアップに、CALM NIGHTの黒が現代的な“線”を加え、ノスタルジックな空気にモード感をまとわせる。
「ドレープ感のあるセットアップにスリッポンの革靴を合わせた、リラックス感と品のあるコーディネート。そこにカンカン帽を添えることで、どこか昭和初期を思わせるレトロな空気感を演出しています。
仕上げに和柄のストールを加えることで、現代的なスタイルの中にも和の要素がさりげなく加わり、全体のバランスが取れた“大人の和モダンスタイル”が完成します」
最後は、クラシック柄のスーツを軸にした都会的クラシック。金縁メガネと組み合わせることで、顔まわりに知性が宿り、時計の黒がスタイル全体を引き締める。
「長らく続いた無地スーツの流行から、近年はチョークストライプやヘリンボーンといったクラシックな柄が再び注目を集めています。どこか懐かしくも新鮮な雰囲気を持つこれらのデザインは、スーツスタイルに奥行きを与え、装いに知性と余裕を添えてくれます。
そこに金縁のツーブリッジメガネを合わせることで、顔まわりにアクセントが生まれ、スマートで洗練された印象に。ややレトロな空気感を帯びながらも、あくまで今の時代に即した“現代的クラシックスタイル”として成立するのが魅力です」
いずれのスタイルにも共通するのは、時計が持つ繊細で端正な雰囲気に合わせ、コーディネート全体も落ち着きと品を感じさせる方向で統一すること。和の要素やクラシック、レトロなムードを意識することで、時計の魅力とファッションの調和が自然に生まれる。
精度は“自然”の中で育まれる──山形カシオ、静謐のマザーファクトリー
出羽三山のひとつ月山を望む山形県東根市に、カシオのマザーファクトリーがある。
G-SHOCKやオシアナスの上位機種を製造するこの工場は、周囲の自然環境と同様に、どこまでも静かで澄み切っている。
ここでは、極小部品をロボットが寸分たがわず組み立てる高度なオートメーションと、選び抜かれた技術者“メダリスト”が行う繊細な手作業が融(と)け合う。
ナノオーダーの切削加工、音の違和感を検知する骨伝導マイク技術、そしてクリーンルームでの厳格な品質管理──すべてが“精度のための静けさ”で構成されている。
この山形カシオで培われた技術と哲学こそ、CALM NIGHTの黒を“静けさそのもの”へと昇華させている。
デザインの静謐(せいひつ)さ、切子の光の繊細さ、精密機構の正確さ。それらが交差する地点に、オシアナスの美は宿る。
静けさの中に宿る、技術と美の矜持
オシアナス マンタ「OCW-SG1000CN」は、江戸切子職人の手が削る“光”、ガリウムタフソーラーが生んだ“デザインの自由”、山形カシオの工場で磨かれた“精度”が、静かに溶け合った限定モデルだ。
その奥に秘められた緻密な仕事と、わずかな光の揺らぎは、語らずして品格を伝える。技術と美を、静かに、誠実に。その姿こそ、オシアナスが示す“日本の矜持(きょうじ)”なのだ。





















