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なぜグランドセイコーは日本の情景をダイヤルに閉じ込める? 世界を魅了するデザインの理由とは

次世代高性能ムーブメント、Cal.9SA5を搭載した自動巻きモデル「SLGH005」。ダイヤルには雫石のスタジオの近くに広がる白樺林のイメージをダイヤルに取り入れた。ケースデザインも最新コンセプトの「エボリューション9スタイル」を採用。自動巻き、SSケース、ケース径40mm。104万5000円(消費税込)
次世代高性能ムーブメント、Cal.9SA5を搭載した自動巻きモデル「SLGH005」。ダイヤルには雫石のスタジオの近くに広がる白樺林のイメージをダイヤルに取り入れた。ケースデザインも最新コンセプトの「エボリューション9スタイル」を採用。自動巻き、SSケース、ケース径40mm。104万5000円(消費税込)

ヨーロッパ文化に対して独自のスタイルを磨いた「型打ち」の技術

 日本らしい表現とは何だろう? 

 19世紀後半のヨーロッパ美術に大きな影響を与えた「ジャポニズム」は、平面的な色彩構成や自然に対する視点に独自性を見出したもの。ジョアン・ミロやポール・セザンヌ、フィンセント・ファン・ゴッホやポール・ゴーギャンといった画家は、日本の伝統的な美術作品である浮世絵や屏風絵からインスピレーションを受けることで、新たな美的表現を作り上げていった。

 では時計はどうだろうか? 時計の美的表現において、日本文化が与えた影響はそれほど大きくはない。時計の技術や高い精度などのテクニカルな部分は、何度もスイス時計ブランドを震撼させてきたが、美的表現はヨーロッパの独壇場だった。

 とくに懐中時計の時代はケースが大きいため、ケースに彫金を施したり、ミニアチュールと呼ばれるエナメル画で肖像画や名画の模写を描き込んだりと、王侯貴族はさまざまな美的表現で自分のセンスを競い合った。ダイヤルにもエナメル画を描くほか、通常のドレスウォッチであっても、ギヨシェという彫り模様を施して美しい表情を引き出してきた。

ダイヤルの板に対して型打ちを行うと、このような状態になる。直線や曲線など幾何学的な模様を入れるスイスのギヨシェ彫りとは異なり、複雑な図柄に仕上げることができるのだ。
ダイヤルの板に対して型打ちを行うと、このような状態になる。直線や曲線など幾何学的な模様を入れるスイスのギヨシェ彫りとは異なり、複雑な図柄に仕上げることができるのだ。

 こういった美的表現は、ヨーロッパの文化の中から醸成されてきたものである。そのため技術的な模倣はそれほど難しくないとしても、それが魅力に見えるかどうかは別の話となる。そこでグローバルブランドとして躍進するグランドセイコーでは、スイスの伝統的な美的表現を追随するのではなく、独自のスタイルを構築した。

 グランドセイコーのダイヤル表現の特徴は、“型打ち”にある。職人が金型を彫り、その型を使って金属板に模様をつけるのだ。モデルによってはその工程は一度だけではなく、彫りの異なる金型を複数枚用意し、何度も型打ちすることで立体的な表情を作り出す。色版を重ねる浮世絵にように、彫りを重ねていくのだ。

日本独自の情景をダイヤルに閉じ込めた奥行きのある世界観

 しかもダイヤルで表現する柄にも、日本らしい表現を取り入れる。その一つが“生産地の情景”だ。

 スイス時計やドイツ時計は、どこで生産されるのかにも深くこだわっている。ダイヤルにはGENEVAやLE BRASSUS、GLASHÜTTEと生産地の名称を入れて、ルーツや歴史への敬意を払っている。

 グランドセイコーの場合は、クオーツモデルやスプリングドライブモデルの製造拠点は、長野県の塩尻にあり、機械式モデルの製造拠点は岩手県の雫石にある。どちらも美しい自然に囲まれているが、その美しい風景をダイヤルで表現するのだ。例えば手巻き式スプリングドライブモデルの「SBGY007」は、塩尻に近い諏訪湖にて、冬季に発生する御神渡り(おみわたり)という現象をイメージしている。

 また自動巻き式スプリングドライブモデルの「SBGA211」は時計工房の窓から見える日本アルプスに降り積もる硬く締まった雪と吹き付ける風によって生まれる雪面の様子を表現し、雪白(ゆきしろ)パターンmんと命名している。そして機械式モデルの場合は、製作拠点である「グランドセイコースタジオ 雫石」の大きな窓から見える雄大な岩手山の荒々しい山肌を、精密な型打ち技法で表現する。「SBGJ235」は夜の岩手山をイメージし、青く浮き上がる山肌と優しい月光を表現した。

 いずれのモデルも地元に広がる美しい情景を取り入れることで、より奥行きのある世界に仕上げている。

1967年に誕生した「62GS」のデザインを継承。昼と夜の時間が等分となり、春の始まりとなる「春分」をイメージしたモデル「SBGA443」は、繊細な凹凸のある美しいピンク色で散った桜が水面に広がる様子を表現した。自動巻き式スプリングドライブ、BTiケース、ケース径40㎜。75万9000円
1967年に誕生した「62GS」のデザインを継承。昼と夜の時間が等分となり、春の始まりとなる「春分」をイメージしたモデル「SBGA443」は、繊細な凹凸のある美しいピンク色で散った桜が水面に広がる様子を表現した。自動巻き式スプリングドライブ、BTiケース、ケース径40㎜。75万9000円

 さらにグランドセイコーでは、日本の季節観も時計に取り入れる。

 日本は明確な四季がある国だが、実際には二十四節気といって春夏秋冬それぞれをさらに6つに分け、計24の季節で一年の移り変わりを楽しむ。例えば秋から冬にかけては、昼と夜の時間が等分になる「秋分」(9月23日ごろ)、朝晩の冷え込みを感じる「寒露」(10月8日ごろ)、北国では霜が降り始める「霜降」(10月23日ごろ)、暦上の冬の始まりで、初雪の知らせが聞こえてくる「立冬」(11月7日ごろ)というように、季節の小さな移り変わる楽しみ、全てに美しさを見いだす。それが日本の文化である。

 グランドセイコーでは、こういった季節観をダイヤル表現に取り入れており、春の始まりである「春分」をイメージした「SBGA443」は、散った花びらが水面を負いつくす花筏(はないかだ)の情景を描き出した。そして山々が雪に覆われ、平地にも雪が降り始める12月7日ごろの「大雪」をイメージした「SBGA445」は、冷たく重い雪の情景をライトグレーの色調で表現している。

 自然と共に暮らすのが日本の文化。そこから生まれたダイヤルの美的表現は、ヨーロッパの時計ブランドとは違ったグランドセイコーならではの表現となっている。その評価は世界的にも高く、2022年には権威あるドイツのデザインアワード「レッドドット・デザイン賞」では、「SLGH005」がプロダクトデザインの最高賞である「Best of the Best」を受賞。「マニュファクチュールの所在地周辺の白樺林をイメージした文字板が特徴的である。ヨーロッパのビジュアルパターンとは異なる、日本的なデザインを体現しています」と評価された。

 グランドセイコーの作り出す日本らしい美的表現は、再び世界を魅了し始めているのだ。

グランドセイコー公式サイト

Gallery 【画像】日本独自の美意識をダイヤルに閉じ込めた名作を見る(5枚)
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