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なぜブースにメルセデス・ベンツ? 2023年「IWC」が推すラグスポは完成度の高さに驚き!

●まさかの「インヂュニア・オートマティック 40ミリ」1モデル押し

 ブースで新作のプレゼンテーションを受けるためにIWCのブースを訪ねて、予測していたとはいえ少々驚いた。IWCのブースは筆者が1995年に取材を始めたときから毎年、その年の新作コレクションにちなむ、その世界観を表現する大掛かりな仕掛けで楽しませてくれる。

 パイロット・ウォッチがテーマの年は、縁のあるイギリスの名機「スピットファイア」の実機やエンジンを。2013年に今年と同じ「インヂュニア」がレーシングウォッチとしてリニューアルされた際は、F1ザウバー・ペトロナスチームのF1マシンの実機とエンジンを持ち込み、ピットをブース内に再現した。

新作発表の際、ブースに置かれていた「メルセデス・ベンツC 111-III」
新作発表の際、ブースに置かれていた「メルセデス・ベンツC 111-III」

 しかし今年、ブースに展示されていたのは、ドイツ・シュツットガルトのメルセデス・ベンツ ミュージアムの収蔵展示品と思われる速度記録挑戦車やブラウンのテレビ、コルビジェの椅子など、1970年代の伝説的なプロダクト。そしてブースの奥の壁に貼られた巨大なプリントは、今年の新作「インヂュニア・オートマティック 40」。

 このブースの造りからわかるのは、IWCがこの新しい「インヂュニア」をいかに力強くプッシュしているかということ。

 しかも、同じ1970年代にデザインされたメルセデス・ベンツのプロトタイプモデル「メルセデス・ベンツC 111-III」を引用しつつ。これまで、ただ1モデルだけが、こんな風にフューチャーされていたことは筆者の記憶にない。

 実際、今年の新作はほぼこの「インヂュニア・オートマティック 40」のみと言っていい。もう1モデルは、パイロット/ウォッチ「トップガン」追加モデルだけだ。

「インヂュニア・オートマティック 40」ジェンタのデザインエッセンスを踏まえて2013年のモデルをさらにアップデートした新しい「インヂュニア」。自動巻き。SSケース&ブレスレット。ケース径40㎜。ケース厚10.8㎜。パワーリザーブ約120時間。ブティック限定。156万7500円
「インヂュニア・オートマティック 40」ジェンタのデザインエッセンスを踏まえて2013年のモデルをさらにアップデートした新しい「インヂュニア」。自動巻き。SSケース&ブレスレット。ケース径40㎜。ケース厚10.8㎜。パワーリザーブ約120時間。ブティック限定。156万7500円

●エンジニアーズ・ウォッチからラグジュアリー・スポーツウォッチへ

「インヂュニア」の歴史は今から68年前の1955年に始まる。この時計は初代モデルから、かなり突き抜けたコンセプト、特殊なユーザーを想定していた。モデル名の「インヂュニア」は、フランス語の「エンジニア」。つまりこの時計は、研究所や工場など、強烈な磁気に晒される職場で働く人々、つまりエンジニアのための時計として企画されたのだ。

 ベースモデルになったのは、軟鉄インナーケースを搭載して強い耐磁性を備えたパイロットウォッチの傑作「マーク11(イレブン)」。ドイツでも日本でも、当時は重工業が大きく発展しようとしていた。そんな時代にエンジニアたちが安心して使える時計を、というコンセプトから企画されたのではないかと思う。

 ただそれが当時の時計市場でどのくらい受け入れられたのかはわからない。かなり特殊な時計だといえる。ところが1976年、「インヂュニア」にとって大きな転機がやってくる。

 今回の新作の直接のルーツとなる、20世紀最高の時計デザイナー、というか、今も時計史上最高のデザイナー、ジェラルド・ジェンタがデザインした「インヂュニア SL」が登場したのだ。超耐磁性能を備えた「インヂュニア」も同時に発表されたが、やはりジェンタのデザインした「SL」には時代を超えた魅力があった。

 そしてここから今年の新作につながる「インヂュニア」の新しい歴史が始まった。

 ちなみに、今回十数年ぶりにインタビューした、当時、ジェンタ本人と直接コンタクトしていた広報担当で後にIWCの副社長になったハネス・パントリ氏によれば、「SL」には特に決まった意味はなかったという。ただ、あるドイツの自動車メーカー有名なモデルにヒントを得てのネーミングだと教えてくれた。

 これはどう考えてもメルセデス・ベンツのSLのことであり、SLとは「軽量化されたスポーツモデル」を意味する。

 つまりインヂュニアSLはこの時点ですでに、超耐磁性の技術者用ウォッチとは別の「スポーツウォッチ」として認知されていたことはとても興味深い。ただインヂュニアSLは、商業的には成功したわけではなかった。パントリ氏は「総出荷数は1000本に満たず、商業的にはまったく成功しなかった」と語っている。

 しかし、インヂュニアSLのデザインはその後、モデルチェンジを繰り返すごとに、時計愛好家の間で次第に評価が高まっていく。そして2013年、今回のモデルチェンジのひとつ前のインヂュニア・コレクションが、当時IWCがスポンサードしていたF1ザウバー・ペトロナスチームとコラボしたレーシングウォッチとして登場した。

 今回の新作インヂュニアは、こうした経緯を経てさらに10年後の今年、この2013年のモデルに1976年のジェンタのオリジナルデザインのテイストを加えて、現代のラグジュアリー・スポーツウォッチとして再登場したのだ。

●時計として抜群の完成度

 こうしたことを考えつつIWCの新作「インヂュニア。オートマティック 40」のラグジュアリー・スポーツウォッチとしての完成度は、長い経緯を踏まえたこともあり非常に高い。初代インヂュニアSLの魅力が最新の時計技術でアップデートされ、スキがないと言う表現がぴったりだ。

 時計の「顔」である文字盤には、耐磁性を高めるために初代インヂュニアSLと同じ軟鉄素材が使われ、同じグリッドパターンが復活した。さらに時計の「エンジン」ともいえるムーブメントはパワーリザーブ約120時間=約5日間の自社製だし、前モデルでは廃止されていた耐磁性向上のための、ムーブメントを覆うインナーケースも復活。

 かつての超耐磁モデルには及ばないものの、約4万4000a/m(アンペアメーター)という強力な耐磁性を備えながら、ケースの厚さは10.8㎜と薄く、また自分で簡単に交換できるインターチェンジャブルシステムを備えたブレスレットの造りも緻密でしなやかで着け心地は快適。

 文字盤からケース、ブレスレットまで、もはや手を加える部分はない。この「端正で隙のない、完璧な一体感」は、他のラグジュアリー・スポーツウォッチとは一線を画している。

「インヂュニア・オートマティック 40」のモデルバリエーション。SSモデルの文字盤カラーはシルバー、ブラック、アクアの3種類。価格は各156万7500円。
「インヂュニア・オートマティック 40」のモデルバリエーション。SSモデルの文字盤カラーはシルバー、ブラック、アクアの3種類。価格は各156万7500円。

 実はこの「完璧な一体感」こそ、ブースに展示されていた「メルセデス・ベンツC 111-III」やヴィトラ社が製作したチャールズ&レイ・イームズ夫妻がデザインしたロビーチェアES104に通じるもの。だからIWCはこうしたプロダクトを展示したのだろう。

 最新仕様のラグジュアリー・スポーツウォッチとしてどんな人にもオススメできるのはもちろんだが、こうした「工業デザイン・プロダクト」が好きな人には、ぜひブティックを訪ねて実物をチェックしてみることをおすすめしたい。

IWC公式サイト

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渋谷ヤスヒト
渋谷ヤスヒト
時計&モノジャーナリスト、編集者
1962年生まれ。文芸編集者を経て、モノ情報誌や時計専門誌の副編集長を務めた後、時計ジャーナリストとして独立。現在はライター、フリー編集者として多方面で活動。特筆すべきは1995年から一度も欠かすことなく続けているスイスの時計フェアや世界各国のブランド取材。30年以上のキャリアに裏打ちされた業界VIPとの信頼関係を活かし、業界全体を俯瞰した独自の記事を執筆する。また時計に留まらず、モノ情報誌の編集者時代のネットワークと知識でIT機器、自動車、家電、食品など、「モノ作り」の現場を幅広く網羅。完成品から下請け企業まで一貫して追いかけ、「人が本当に幸福になれるモノとは何か」を探求し発信中。

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