まるで『風立ちぬ』を連想させる!? 創業130年の歴史を持つ軽井沢の老舗ホテル「万平ホテル」はグランドオープンでどう変わった?
●『風立ちぬ』の舞台にも? ジョンレノンが愛した格式あるクラシックホテル
軽井沢の地に佇むクラシックホテルが「万平ホテル」です。
映画『風立ちぬ』の舞台とも言われているこのホテルは、かつて田中角栄首相とキッシンジャー大統領補佐官の会談や、ジョン・レノン一家の滞在など歴史的光景を収めてきました。
そんな万平ホテルは、創立130年を期に大規模改修を行い、2024年10月2日にグランドオープンを果たしました。

「ホテルは人なり。」の精神のもと、明治時代から紡がれてきた万平ホテルの歴史と今を辿ります。
万平ホテル誕生の地である軽井沢は、江戸時代には中山道と北国街道の分岐点にあたる宿場町として栄えましたが、明治時代に突入すると宿駅制の廃止と碓氷新道の開通をきっかけに衰退していきました。
そんな軽井沢が「憧れの避暑地」として再び日の目を浴びるきっかけを作ったのが、カナダ人英国聖公会宣教師アレキサンダー・クロフト・ショーと帝国大学の教師ジェームズ・メイン・ディクソンです。
1886年、ショーと帝国大学の教師ジェームズ・メイン・ディクソンが万平ホテルの全身である旅籠「亀屋」を訪れました。
2人が亀屋を訪れるきっかけとなったのは、1881年(明治4年)に刊行された英国人外交官アーネスト サトウ編著「明治日本旅行案内」でした。
明治日本旅行案内には、軽井沢が海抜3270フィートという高地に位置しているために、夏でも涼しく、さらに蚊がいないために避暑地として最適であると記載されています。
また、この案内書にはに“亀屋は親切"という記載もありました。この時、外国人へのおもてなしをいち早く取り入れていたのが創業者の佐藤万平氏です。
英語も西洋料理も知らなかった万平氏は、当初、パンと牛乳と魚のフライを提供するだけでした。しかし、その体当たリの親切に感動したショーとディクソンは、軽井沢滞在の思い出がよリ濃くなリ、帰京した際、軽井沢の良さを新聞や雑誌でPRしたといいます。
1894年(明治27年)には、軽井沢でホテルの重要性が高まると考えた万平氏が「亀屋」の屋号を「亀屋ホテル」に変更し、欧米風の外国人専用ホテルとしてリニューアルしました。
「万平ホテル」の名に変更されたその2年後。外国人が発音しやすいようにという思いがあったようです。
一方で、創業者の万平氏の1人娘よしの婿として迎え入れられ、2代目となった国三郎氏という人物がいます。国三郎氏はショーが属していた聖公会神学校を卒業しています。
入学前は軽井沢町の前身である東長倉村の役場書記として働いていた彼は、ショーを手伝い、軽井沢を中心とする布教活動を行ってきました。
初代万平氏は、ディクソンと強い関係を築きましたが、佐藤家の養子となった国三郎はショーと親しく交わっていました。国三郎は、ショーが亡くなった翌年、彼の功績をたたえ、旧軽井沢のショー記念礼拝堂に現在も残るショー氏記念碑を建てました。
軽井沢の復活に貢献した万平ホテルですが、その魅力は創立時から受け継がれるおもてなし精神にあります。
万平氏は雑誌インタビューで「ホテル事業は単なる知識や労力だけでは決して成功するものではない。ホテルは人を相手にする商売で、きわめて細心緻密な注意を要する。また接客のみならず施設内すみずみまで目配りをしなければならない」と答えたそうです。
今でも続くおもてなしの心について、万平ホテルの担当者は、次のように話しています。
「現在、万平ホテルのスタッフはしの誕生日などにカードをお贈りし、花を手配するなど一人一人が親身になってお客様と向き合っており、またそれを楽しみに毎年万平ホテルに滞在するお客様もいらっしゃいます。
一人一人のスタッフが顧客に向き合うだけでなく、宿泊、宴会、セミナーなど担当セクションを超えて手伝うことでホテルスタッフとして成長し続けています」
ヨーロッパの伝統ある高級リゾートホテルには客室ごとにバトラー(執事)がおり、滞在中さまざまな世話を焼いてくれます。このような伝統のサービスを万平ホテルのスタッフ1人1人が受け継いでいます。
●建物も大規模リニュアール 冬でも楽しめる温泉付き客室に
軽井沢の歴史が詰まった万平ホテルは、2024年に創立130周年を迎えました。創立記念に向け一時休業し、大規模改修を実施。
ついに、10月2日にグランドオープンを果たしました。
このリニューアルによってどのような変化を遂げたのでしょうか。

これについて、前出の担当者は次のように話しています。
「『変わること』よりも 『変わらないこと』に重きを置いた改修となっています。数多くの賓客をもてなし、皆さまに愛されてきた「アルプス館」の外観は、ほとんど変えることなく補修を施し、元の姿を保っています。
ホテルエントランスの上に掲げられたホテル看板は創業当時から受け継がれたものをそのまま使い、ホテルを象徴するステンドグラスも一度外した上で嵌め直しています。
エントランスのドアやレセプション上の軽井沢彫りの鏡なども改修前のもの修復して使うなど、昔からあるものをなるべく引継ぎつつ、現代の要素を取り入れてアップデートすることにこだわりました」
一方で、館内に入ってすぐの印象は元のままでありつつ、奥へ進むにつれて新しい万平ホテルの一面を感じさせる造りにしたそうです。
客室で大きな変更点は、今回新築した愛宕館の30室は全室温泉付きになったという点です。
これまで夏の避暑リゾートのイメージが強かった万平ホテルですが、温泉があることで滞在スタイルも充実させ、一年を通して楽しめるホテルに変わっていくことを目指しているといいます。
本館であるアルプス館の客室は従来の和洋折衷の間取りをそのままに、“万平格子”とも呼ばれる特徴的な格子模様の入ったガラス障子や丸いペンダントライト、軽井沢彫の家具や猫足のバスタブで、変わらぬ姿を残しました。
碓氷館は新たにテラス付きの部屋が用意され、軽井沢の自然や空気を存分にとの楽しめるようになりました。
さらに、利便性・快適性も配慮され、エントランスの階段をなくしてバリアフリーに。
階段のみだったアルプス館にはエレベーターを新設。各客室及びダイニングルームの耐震・断熱性も高め、一年を通して快適に過ごせるよう改修されました。
前出の担当者は引き続き次のように話しています。
「従来からいらしていただいているお客様には「変わらない、帰ってきた」と思っていただき、初めていらしていただいたお客様には「古臭さを感じない、快適で居心地良い」と感じていただくことを念頭に改修を進めてまいりました。
既にお越しいただいている以前からの顧客の方々にも、「変わっていなくて安心した、さらに快適になっていて嬉しい」とのお声をいただき、こちらも安心しております」
さらに工事の面をみると、アルプス館は外観を可能な限り残すため、一度建物全体をジャッキアップして数10cm持ち上げ、耐震工事や修復を施した上で戻すという工程が踏まれています。
アルプス館前の植栽もなるべく元のものを生かして、極力伐採のないように配慮したとのこと。
エントランス上とメインダイニングルームを飾る大きなステンドグラスは、一度改修のために外して別の場所で保管した上で、元の場所に嵌め直されています。
これについては「当ホテルに息づく、簡単には作り出すことのできないクラシックホテルらしい雰囲気は、そういったところからも感じていただけるかと思います」と語っています。
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グランドオープン後の反響は、概ね良好とのことです。
建物の雰囲気が変わっても、変わらないスタッフで宿泊客を出迎え、130年紡がれてきたサービス精神のもと心からのもてなしが提供されています。
また、ジョン・レノンも訪れたというカフェテラスでは、アップルパイが昔からの定番メニューとして人気を集めています。
著名人を始め数々の人に愛された万平ホテルはグランドオープン後の今でも根強い人気に支持されているようです。
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