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ジャガー「Dタイプ」に世界の注目が集まる! コロナ禍の2021年を占うクルマとは

希少なレッドのボディと、豊富なレース歴が決め手の個体

 ジャガーDタイプは、1955年からワークスカーとカスタマー向けも合わせて75台が製作されたといわれるが、すべてのDタイプが当時のレーシングヒストリーを持つわけではない。

 しかし、今回のRMサザビーズ社「ARIZONA」オークションに出品された、シャシNo.「XKD 518」は、多彩なレース歴に加えて数奇なストーリーを辿った1台とされている。

●1955 ジャガー「Dタイプ」

  • ボディカラーがレッドのジャガー「Dタイプ」は珍しい(C)2020 RM Sotheby's

 1955年12月29日、英国マンチェスターの大手自動車ディーラー「ヘンリーズ」にデリバリーされたXKD 518は、赤いボディをこの時から与えられていた。ジャガーのレーシングカーとしては異質にも映るカラーについては「ミッレ・ミリア」などイタリアの公道レースに出るプライベーターを意識したともいわれている。

 ところがその目論見はかなわず、のちにF1グランプリ界のフィクサーとなるバーニー・エクレストンが、若き日に起業したディーラーを介して、英国内レースに参加していたクラブマンレーサー、ピーター・ブロンドが当時の3500ポンドで購入することになった。

 ブロンドはすぐにクラブレースに参戦し、1956年6月にはスネッタートンで1−2フィニッシュを達成。9月にもスネッタートンで優勝を果たした。

 1956−1957年シーズンにはエイントリーやシルバーストーン、オウルトンパーク、グッドウッドなどのクラブレースを転戦している。

 そののちXKD 518は、ジョナサン・シーフやジーン・ブロクサムなどのレーシングドライバーのもとを渡り歩き、1961年シーズン終了まで英国内のクラブレースで活躍。現役引退後は、ハードロックのカリスマグループ「レッドツェッペリン」を世界のスーパースターに育て上げたことでも知られる音楽プロデューサー、ピーター・グラントも数年間にわたって所蔵していたと記録されている。

 そして1982年に大西洋を横断したのち、現在に至るまで4人のコレクターを経て、2008年以来、現在のオーナーのコレクションに加わることになった。

 XKD 518の来歴は、CタイプからEタイプ・ライトウェイトに至るジャガーの歴代レーシングモデルを完全網羅した「Jaguar Sports Racing Cars:C-Type, D-Type, XKSS and Lightweight E-Type and Jaguar C-Type. D-Type & Lightweight E-Type Register.」にも記されており、ヒストリーに一切の瑕疵がないことも証明されているという。

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