アルティウムに込められた「退屈なクルマはつくらない」というメッセージ
エモーショナルな革新的デザインと、ロジカルな技術革新で高級車ブランドの歴史を紡いできた名門キャデラックの新たなチャレンジ。それは、2030年までにすべてのモデルをEV(電気自動車)化することだ。
そのキャデラックが世に送り出した量産EV第1弾の「リリック(LYRIQ)」について、アメリカのデトロイト近郊にあるゼネラルモーターズのテストコースでひと足先にドライブしたモータージャーナリストの島下泰久さんは「黄金期のキャデラックらしさが現代に戻ってきたかのようなモデルです」と高く評価する。
「先進性とラグジュアリーさがミックスしたリリックのルックスは、実にきらびやかでキャデラックらしく、ものすごく存在感があります。さらに、走り味もデザインと同様、アメリカ車らしいけれど昔のアメリカ車とは異なる、新時代のアメリカンラグジュアリーを感じさせる仕上がりでした」(島下さん)
そうしたデザインと走りの改革を具現した原動力が、ゼロから設計されたEV専用のアーキテクチャー“アルティウム(Ultium)”である。その可能性について、島下さんは次のように指摘する。
「実はリリックの本国試乗会は、キャデラックブランドを展開するGM(ゼネラルモーターズ)のインターナショナルメディアイベントの一環としておこなわれたものでした。そのためリリックだけでなく、日本未発売モデルの試乗プログラムやR&Dセンターにおける次世代テクノロジーに関する講義なども含まれていたのです。
そこで感じたのは、キャデラック、そしてGMの電動化に対する熱意です。キャデラックは2030年までに全車をEVにすると宣言していますが、GMはキャデラック以外のブランドについても、2035年までに全車EV化、もしくは燃料電池車にするという目標を立てています。そのコア技術となるのが、リリックに使われるEV専用のアーキテクチャー、アルティウムなのです。
アルティウムのバッテリーは、大容量のパウチ型セルを垂直にも水平にも積層してパックできる形式で、セルの枚数を自由に変更できるため車両のパッケージングの自由度がものすごく高い。その特性を活かし、車体の方もモーターの搭載位置やサイズ、そしてバッテリーモジュールの個数を自由に調整できるため、さまざまなサイズ、タイプのEVを商品化することができるのです。
この先キャデラックは、第1弾のリリックを皮切りにアルティウムの展開を進め、新時代のハイパフォーマンスカーやラグジュアリーモデルなど、よりワイドなEVラインナップを構築していくのではないでしょうか」(島下さん)
エンジンに代わるパワートレインとして、モーターやバッテリーを活用していくと宣言したキャデラックだが、無限の可能性を示すアルティウムからは「だからといって退屈なクルマはつくらない」「これからのクルマも楽しいよ」というメッセージがうかがえる。
●ヘリテージを未来に遺していくための画期的トライ
未来へ向けて動き出したキャデラックのEVビジョンでユニークなのは、過去に生産されたキャデラック車にまで視野を広げていることだ。
すでにキャデラックやGMは、新しいEVをラインナップするだけでなく、旧車の“EVコンバージョン”も視野に入れ、“eCrate”という変換キットの存在を公開している。これは、アルティウムバッテリーや電気モーターなどのドライブトレインに加え、4速ATや電動パワーステアリング、電動ブレーキブースターなどをセットにしたもので、将来的には市販も予定しているという。
「古いキャデラックに乗っている人や、往年のキャデラックのフォルムが好きという人にとって、こうしたキットの市販化が検討されているのは朗報だと思います。将来的にもパーツが手に入らなくなる不安がありませんし、もしもこの先、エンジン車には乗れない時代が来たとしても、好きなキャデラックに乗り続けることができますからね。
往年の名車をEVにコンバートして未来へ遺そうというアイデアは、未来だけを見つめるのではなく、キャデラックが120年の歴史の中で生み出してきた過去のヘリテージも大切にしていこうという、彼らのこだわりや責任を感じさせる動きですね」(島下さん)
ちなみに、一般的にはEVにトランスミッションは不要だが、eCrateキットにはATが盛り込まれている。キャデラックやGMの技術陣が「ギアを変速するという行為はドライビングプレジャーを提供する上で欠かせない」と考えているのだとしたら、実に興味深い話だ。
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