「ルンバの父」再始動――新たなテクノロジーの時代が来る? “察する機械”Familiarで描く次の暮らしとは【家電で読み解く新時代|Case.20】
“察する機械”Familiarで描く次の暮らし
起業家であり、家電スペシャリストでもある滝田勝紀氏が、連載「家電で読み解く新時代」と題して、テクノロジーの奥に潜む“時代の空気”を紐解く。
今回のテーマは、ロボット掃除機「ルンバ」で家事の常識を塗り替えたコリン・アングル氏が立ち上げた新会社──Familiar Machines & Magicについて。
コリン氏は、「Familiarとはロボットではなく、人に寄り添い、感情的なつながりを築く存在」だと語る。
その中核にあるのがEQ(感情知性)と、「形はタスクが決める」という大胆な設計思想だ。しかし、この構想は従来のロボット観とは大きく異なるため、やや抽象的にも聞こえる。
そこで今回は特別編として、家電を含め数多くの事業を変革してきた“プロ経営者”伊藤嘉明氏をインタビューアーに迎え、コリン氏の思想を経営とユーザー価値の両面から掘り下げてもらった。

iRobotからの再出発──Familiarに込めた想い
伊藤:まず、iRobotを離れて“もう一度つくる側”に戻られた背景を教えてください。経営判断としては重い決断だったはずです。
コリン:報道でも知られているように、2024年初頭にAmazonからの買収提案と統合が頓挫しました。アイロボットは大きな再編が必要な岐路に直面し、私は「会社の最善」と「自分が本当にやりたいこと」を分けて考える状況に立たされました。
私は本質的にビルダーです。新しい価値をゼロから形にして、市場に出して、ユーザーと一緒に育てていく工程に喜びを感じます。そこに立ち返るために、新章としてFamiliarを始めました。
Familiarとは“気にかける機械”である
伊藤:Familiarという言葉は少し詩的です。VAGUEの読者がイメージしやすいように、“日常のどんな瞬間に役立つ存在か”で説明いただけますか。
コリン:Familiarはあなたを“気にかける”機械です。たとえば、朝の心拍や睡眠スコアが落ちていれば「今日は強い照明ではなく、柔らかい光」と判断し、ブラインドと照明、コーヒーメーカー、空気環境をあなたの体調側に合わせて準備します。
夜は帰宅パターンを学び、荷物が多い日は玄関の照明と空調を先回りで最適化します。言われたことだけをする“家電の寄せ集め”ではなく、家全体のふるまいをコーディネートする相棒です。
スマートホームとの違い──EQがもたらす“家のふるまい”
伊藤:従来の“スマートホーム連携”と何が違いますか。多くはIFTTTのような連鎖設定で、すぐ複雑になってしまいます。
コリン:違いはEQ=状況の読み取りと振る舞いの調整です。Familiarは声のトーン、歩き方、視線の向き、部屋のコンテクストを総合して「今日は静かに寄り添う」「今日は積極的に提案する」を切り替えます。
さらに小型モデルをエッジで動かすので、クラウド接続が不安定でも基礎行動は自律的に続きます。ルールの山ではなく、“家のなかのふるまい”を学ぶスタイルです。
形はタスクが決める──人型ロボットへの逆提案
伊藤:“人型ロボットが家を手伝う未来”を想像する人も多いですが、コリンさんは「形はタスクが決める」とおっしゃいます。もう少し具体的にお願いします。
コリン:掃除は薄く小回りが効く形が向いていますし、見守りは天井や壁を使う方が合理的です。人型は万能ではありません。
たとえば高齢者の見守りなら、床の段差や手すりの位置を理解して転倒予兆を静かに検知し、家族やケアスタッフに最小限・最適な通知を送る小さな“家の妖精”のような形が適します。可搬なハブ+周辺のマイクロデバイスなど、用途から逆算して最適解を選びます。

最初のマーケットは「ヘルス&ウェルネス」
伊藤:市場の入り口はどこからですか。私の経験上、最初のカテゴリ選定が拡張スピードを決めます。
コリン:ヘルス&ウェルネスから入ります。具体的には睡眠・呼吸・安全性の改善です。睡眠の質が悪い朝には、照明や空気のパターンを変え、「今日は車での移動が多いので休憩のタイミングを提案」といった家—車—職場の横断も視野に入れます。
家庭で実感できる小さな改善を積み上げ、そこからケア、リテール、教育などに展開していきます。
伊藤:読者は「いつ頃、どのくらいの価格感で手に入るのか」が気になります。現時点の見通しはどうでしょう。
コリン:フェーズを分けて考えています。最初は限定的な機能から一般家庭に届く価格帯で導入し、実環境データで学習を進めます。
大げさな装置ではなく、“今ある家電や住設と組めるミニマム”から始める前提です。詳細は段階的にお知らせしますが、手が届く現実的なレンジを崩すつもりはありません。

普及のカギは“信頼の積み上げ”
伊藤:普及の条件は何でしょう。私はR2-D2型の保冷庫を企画したことがありますが、「面白い」で止まると広がりません。
コリン:普及の作法は3段階です。①価格以上の価値を一回目の体験で明確に出す、②信頼を積み上げる(勝手に騒がない、誤認して過剰通知しない)、そして③ケアを示し、ケアを受け取る関係に入ること。
たとえば「夜中に子どもが咳き込んだ回数」を把握し、翌日の加湿・換気・活動計画を提案して家族の“安心”を増やす。ここまで来ると、ユーザーは“面白い”から“いないと困る”に変わります。
なぜ日本市場なのか──文化と社会構造への親和性
伊藤 日本市場にこだわる理由はどこにありますか。
コリン:日本は擬人化文化と受容性があり、機械がふるまいで個性を見せても自然に受け止められます。
また住宅・自動車・エンタメ・医療のエコシステムが高密度に存在し、横断実装に向いています。品質と安全性への厳しさも、Familiarの“静かで正確なふるまい”を磨くのに最適です。
伊藤:生成AIの大波で、多くの企業が「人を削る効率化」に走りがちです。コリンさんは“拡張”を強調されますね。
コリン:はい。AIは“同じ人数で10倍の成果”を狙える道具です。だからこそ問いの質と解釈のセンスが差になります。
Familiarの開発でも、短期間で作っては実地で学び、ユーザーの文脈を解釈し直すサイクルを高速に回します。効率化だけを目標にすると、人が主役の価値が抜け落ちます。
伊藤:セキュリティとプライバシーは生活者にとって最大の不安です。どのように担保しますか。
コリン:エッジ処理を基本に据え、必要最小限だけを匿名化してクラウドに送る設計にします。家庭内での誤作動を避けるために消極性の原則(迷ったら何もしない)も明示します。
ユーザーには可視化と手動介入の手段を必ず用意し、学習内容も人がいつでもリセットできるようにします。

起業家へのメッセージ──「自分の基準を上げる」
伊藤:若い読者や起業家に、働き方・学び方のヒントをください。
コリン:“AIで楽をする”のではなく、“自分の基準を上げる”ことです。プロトタイプをどんどん出して、ユーザーと共に学習してください。
失敗談を積極的に共有するチームは強くなります。Familiarでも、小さく出す→学ぶ→広げるを粘り強く繰り返します。
伊藤:最後に、VAGUE読者の生活のアップデートを一枚絵で描いてください。
コリン:朝、Familiarはあなたの睡眠と外気を見て、空気・光・音を整え、玄関を出る時間に合わせて車のキャビンも準備します。
日中は予定と体調から“休むべきタイミング”を提案し、帰宅すれば家族の状態に応じて静かに寄り添う夜を演出します。人の都合に合わせてくれる機械が家にいる——それがFamiliarで、価格も導入の手間も現実的なラインに置きます。
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