「あんなにターゲットにされるとは…」ニトリ家電・激動の1年と、似鳥会長が語った“100億円”の還流システムとは【家電で読み解く新時代|Case.36】
「想定以上」の反響と、業界からの強烈な視線
「この1年、正直に言えば『まさかここまでターゲットにされるとは』という思いもありました」
2026年春夏新商品発表会の終了後、会場の熱気が冷めやらぬ中で、私の問いかけに苦笑交じりに、しかし真っ直ぐな目でそう答えてくれたのは、ニトリホールディングス執行役員であり、家電部門を統括する奥田哲也氏だ。
ニトリが「家具・ホームファッションソフト・ホームファッションハードに次ぐ第4の柱」として家電事業に本格参入を宣言してから約1年。
その道のりは、決して平坦なものではなかったようだ。特に2024年末に投入した10kgドラム式洗濯乾燥機(99,900円、現在は89,900円)は、業界に激震を走らせた。
機能全部盛りが当たり前の日本市場において、必要十分な機能に絞り込み、圧倒的な低価格で提示する手法は、既存の家電メーカーや量販店にとって脅威以外の何物でもなかったからだ。

「家電メーカーさんや他の家電量販店さんを含めたあらゆるステークホルダーからの反応が強かった。それまでの「ドラム洗=30万円前後」という常識を変える事はできたが、我々の想定よりも早く、ニトリをターゲットとしたであろう対抗商品が、市場に投入され競争が激化した、厳しい局面もありました。
ただ、お客様からの反響は凄まじかった。生産が追いつかずご迷惑をおかけした時期もありましたが、ようやく安定供給できるようになり、今は『攻め』のフェーズに入っています」(奥田氏)
奥田氏の言葉からは、ニトリの家電がもはや「安かろう」の代替品ではなく、市場のメインストリームを奪いうる存在として、業界全体から警戒されるポジションまで上り詰めたというリアリティが漂う。

家電2.0──「お飾り」はいらない、必要なのは「生活」だ
今回、その「攻め」の象徴として展示されていたのが、100インチで30万円を切るMini LEDテレビだ。なぜ、ここまで安くできるのか。奥田氏の解説は、ニトリが目指す「家電2.0」の本質を突いていた。
「パネルはグローバル調達です。サプライヤーからすれば『なぜ日本だけテレビが小さいんだ?』となる。欧米や中国では大型が当たり前です。
日本で普及しない理由は明確で、『価格』と『設置環境』の問題。だから我々は、インテリアの会社として『壁掛け』を前提にした提案を行い、顧客の立場で適正なスペックの商品開発をしてきたんです」(奥田氏)
奥田氏は続ける。
「30万、40万もする高嶺の花の“お飾りテレビ”を作っても意味がない。お客様が実際に買って、家で楽しんで満足できる“見られるテレビ”を作る。我々は敵(競合他社)に勝つことが目標ではありません。お客様の暮らしを豊かにすることが目標なんです」(奥田氏)
これはまさに、スペック競争に疲弊した「家電1.0」から、ユーザーの生活実態に合わせて機能を再編集する「家電2.0」への転換だ。
元大手メーカー出身でもある奥田氏が、「作り込みには自信がある」と語りつつも、「それが本当にお客様にとって意味があるのか、今一度見直す必要がある」と自戒を込めて語る姿に、ニトリ家電の進化の速さを見た気がした。

81歳のトップランナー、似鳥昭雄の「現場主義」
では、なぜニトリにだけ、このドラスティックな構造改革が可能なのか。その答えは、発表会の冒頭で登壇した似鳥昭雄会長(兼CEO)の言葉と、その圧倒的なエネルギーにあった。
「私は今でも毎月海外に出張し、現地訪問に費やしている。81歳になりましたが、老体に鞭打って(笑)、社員と一緒に現場を回って商品を決めていますよ」(似鳥氏)
さらりと語るが、81歳で毎月の海外出張は尋常ではない。似鳥会長は、「机上の空論」を何より嫌う。
「みんなが一番大事にしているのは、“現地・現物”です。机の上ではなく、現地の工場やサプライヤーに直接行って、本当に良いものを探す。
あるいは、同等品質でも効率よく安く作れる会社を世界中から発掘する。それが商品力につながるんです」(似鳥氏)
かつて27歳でアメリカの豊かさに衝撃を受け、「日本をアメリカ並みにしたい」と志した青年は、半世紀以上経った今も、電話帳を片手に台湾の工場を飛び込みで回っていた頃と同じ熱量で、世界中の工場を歩いている。
トップ自らが泥臭く現場を歩き、1円単位のコストダウンと品質向上に目を光らせる。この「執念」とも呼べる現場主義こそが、ニトリの超スピード開発(リードタイムを6ヶ月から3ヶ月へ半減)と、毎月1000SKUもの新商品投入を支えるエンジンなのだ。

「100億円の還流」──価格破壊の裏にあるエコシステム
そして今回の取材で最も腹落ちしたのが、似鳥会長が明かした「安さのカラクリ」だ。それは単なる値下げや薄利多売ではない、強固なエコシステムの話だった。
「海外の自社工場への投資も一段落しました。タイやベトナムの工場では、今では年間100億円規模の利益が出るようになっています。我々はその利益を内部留保にするのではなく、商品を安く提供するために還元しているんです」(似鳥氏)
似鳥会長はこうも明言した。
「一昨年より強く、去年も1億円ずつくらい原価を削っていきました。工場ではロボットとAIを導入して自動化を進め、人員を増やさずに生産性を高める。そうして浮いたコストを、日本のお客様への価格還元に充てる。これがニトリ流のやり方です」(似鳥氏)
つまり、ニトリの「お、ねだん以上。」は、グローバルな製造拠点で生み出した利益を、国内の販売価格を下げる原資として再投資するという、循環型のビジネスモデルによって支えられているのだ。
他メーカーが円安や原材料高で値上げを余儀なくされる中、ニトリが価格を維持、あるいは下げられる理由はここにある。これはもはや一企業の努力というレベルを超え、一種の「産業インフラ」と呼ぶべき構造だろう。

家電は「点」ではなく「暮らしのOS」になる
「ニトリが提供したいのは、単なるモノではなく、コーディネートされた豊かな暮らしです」 (似鳥氏)
似鳥会長の言葉通り、今回の展示会場は「家電の展示」ではなく「暮らしの展示」だった。
AIが寝姿勢に合わせて硬さを自動調整する「AIマットレス」(39万9900円)や、睡眠中の体動をセンサーで検知して角度を変える「センサーベッド」(39万9900円)。
これらは単体で見れば「家具」だが、そこにテクノロジーが組み込まれることで、睡眠という課題を解決する「ソリューション」へと進化している。
そこには、「冷蔵庫はA社、ベッドはB社」という従来のバラバラな購買行動を、「ニトリで揃えれば、生活空間のすべてが最適化される」という“暮らしのOS”への統合意図が見える。

本格的な家電事業参入からおよそ1年。奥田氏が語る「ターゲットにされた」という事実は、裏を返せば、ニトリが既存の家電業界にとって無視できない「脅威(=本物)」になった証左でもある。
そしてその背後には、81歳にしてなお最前線を走る似鳥会長の現場主義と、世界規模で構築された製造・還流システムという盤石な土台がある。
単なる価格破壊ではない。ニトリは今、日本の住環境そのものをアップデートする「インフラ」になろうとしている。これからの家電選びは、「どのスペックを選ぶか」ではなく、「どのOS(生活圏)で暮らすか」という選択になっていくのかもしれない。
そう予感させるには十分すぎる、熱気にあふれた発表会だった。
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