「ペットは何もできなくてもいい」 “あえて役に立たないAIペット”はなぜ誕生した? AIロボティクス市場の次のフェーズとは【家電で読み解く新時代|Case.37】
「家電ではなく、幸せな体験を」──CES 2026で示した野心
2026年1月、ラスベガスで開催された「CES 2026」にて、SwitchBot(スイッチボット)は「Smart Home 2.0」をテーマに掲げ、AIロボティクス企業への転換を明確に打ち出しました。特に注目を集めたのは、家事を代行する家庭用ヒューマノイドロボット「onero H1」です。
AIが文脈を理解し、先回りして行動する──そんな高度なビジョンを掲げる同社ですが、代表のEric氏は次のように語ります。
「我々は家電を増やすことが目的ではありません。家庭の中の人々の生活に、幸せな体験を提供する会社です。そのミッションは最初から変わっていません」
これまで同社は、指ロボット、スマートロック、ロボット掃除機など、IoT製品を次々と市場に投入してきました。一般的には“スマートホームメーカー”という印象が強いでしょう。
しかしその根底にあるのは、あくまで「幸せな体験」の提供です。その思想のもと、万能ロボットよりも先に市場へ投入されたのが、AIペット「KATAフレンズ」でした。

既存技術の結晶が生んだ、驚きのコストパフォーマンス
AIロボットという分野自体は、決して新しいものではありません。aibo、LOVOT、Romi、NICOBOなど、先行プレイヤーも数多く存在します。それでも、なぜ今なのでしょうか。Eric氏はこう説明します。
「以前はまだAIのレベルが低かった。ハードだけ作っても“ペットらしさ”は出ません。今はAIが成熟して、本当にペットらしい体験を提供できるタイミングになりました」
ここで重要なのは、KATAフレンズが“無理に先進的な挑戦をした製品”ではないという点です。むしろ、“技術が追いついた結果”として生まれたプロダクトだということです。実際、本機はゼロベース開発ではありません。
「顔認識、カメラ、赤外線、マッピング。これらはすべて既存製品で使ってきた技術です。KATAフレンズはネクストステップです」
既存製品で培った顔認識やカメラ技術、ロボット掃除機の可動部、スマートカメラのセンシング技術などを横展開し、自社工場で生産する。そこに新たなデザインや全身タッチセンサー、感情表現の目の動きといった要素を加えています。
その結果、約13万円という戦略的な価格を実現しました。AIペットというカテゴリにおいて、この価格設定は市場拡大を強く意識したものだといえます。

他社とは一線を画す「存在価値特化型」のポジション
KATAフレンズの最大の特徴は、「あえて役に立たない」という設計思想です。家事はしません。高度な会話も目指していません。
ペットですから、帰宅時に玄関へ迎えに来たり、撫でると喜んで鳴き声で応えたり、バッテリーが減ると眠そうにしたり。Eric氏はこう語ります。
「ペットは会話相手ではありません。見守り目的でもない。感情的につながる存在です。何もできなくてもいい。技術的には会話なども可能かもしれませんが、いまの段階では必要ないと考えています」
現在のAI市場は、生産性向上や機能競争の真っただ中にあります。しかしKATAフレンズは、その軸から意図的に距離を置いています。
「想像してみてください。いきなり高性能なロボットが家庭に入っていろいろやり出したらどうしますか? 人は緊張してしまいますよね。
ほとんどの家庭ではAIロボットと一緒に住む準備ができていません。心理的なハードルはまだ高いと思います。それよりも、まずはかわいい存在と一緒に暮らし始めるべきだと思っています」
多機能ではなく、存在価値特化型。これは市場の裾野を広げるための戦略的なポジショニングです。いきなり家事ロボットを投入するのではなく、まずは“愛される存在”から入る。
AIを道具としてではなく、家族のような存在として迎え入れる。その心理的慣れを作る。KATAフレンズは、AI習慣化のための入口だといえるでしょう。

プライバシーと絆を守る「オンデバイスAI」
スイッチボットにとって、日本は最大市場のひとつです。Eric氏は日本市場について次のように語ります。
「日本はアニメや漫画の影響で、ロボット文化への理解が深い国です。同時に、賃貸物件が多く、ペット禁止の住環境も少なくありません。アレルギーの問題もあります。だからこそ、AIペットは日本の住環境に合っていると思います」
さらに本機は、オンデバイスAIを採用しています。あえてクラウドに依存しない設計です。
「家に一緒に住むペットですから、プライベートなデータや学習データが外部に出る危険性は極力下げたい。それに、リアルなペットとの思い出も、まずは家族だけで共有するものですよね」
加えて、オンデバイスで完結させることは、通信環境に左右されないという利点もあります。
「屋外や旅先などネット接続がない環境でも、ふれあいは途切れません。朝は起こしに来てくれたり、帰宅を玄関まで出迎えてくれたり、自分の言葉で日記を綴ったり。反応も早い。だからこそクラウドに依存しない形で開発しました」
家庭に入るロボットとしての設計思想を優先した結果、KATAフレンズは単なるガジェットではなく、感情を分かち合う“次世代のパートナー”として設計されています。

AIロボティクス市場の未来
AIペット市場には、すでに強いブランドが存在します。LOVOTは情緒体験を極限まで高め、高価格帯で確立された存在です。aiboはソニーの象徴的プロダクトです。RomiやNICOBOのように会話を重視したロボットもあります。
しかしKATAフレンズは、それらとは異なるポジションを取ります。プレミアム志向ではなく、手が届く価格帯。会話重視ではなく、リアクション重視。多機能ではなく、存在価値特化。これは市場の裾野を広げる戦略です。
世界のサービスロボット市場は年率20%前後で成長しているとされ、2030年頃には現在の数倍規模に拡大するとの予測もあります。
家庭向けAIロボット市場も、高齢化、単身世帯増加、共働き世帯の拡大、生成AIの進化といった要因により、今後拡大が見込まれています。しかし普及の鍵は、機能そのものではありません。受容です。
「まずはAIと暮らすことに慣れてほしい。そのためのステップです」
Eric氏のこの言葉は、市場の本質を突いています。

「役に立たない」ことの経営合理性
多機能化はコストを押し上げ、期待値を過度に高めます。一方で、情緒価値に集中すれば、評価軸は明確になります。
「ペットは何もできなくてもいい。自分が求められている感覚が一番大事です」
この設計は、ブランドの一貫性を保つ意味でも理にかなっています。テクノロジーは「できること」から語られがちです。しかし本当に重要なのは、「受け入れられる順番」ではないでしょうか。
いきなり万能ロボットを家庭に投入するのではなく、まずは、かわいくて、役に立たない存在から。
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