VAGUE(ヴァーグ)

薬でもサプリでもない——“植物の新芽”に着目するフランス式ウェルネス「ジェモセラピー」が、疲れた日本人に刺さる理由

植物の「始まり」に着目する理由

 一般的な植物療法では、成熟した葉や花、果実、根などを用いることが多くあります。一方でジェモセラピーが扱うのは、植物がまだ成長を始める前段階にある新芽や蕾です。エルビオリスのブノア氏は、その理由をこう説明します。

「新芽には、植物がこれから成長していくための力が含まれています。やがて葉や花、果実、枝へと変化していく、“植物における幹細胞のような働きを持つ未分化な組織” が含まれている。だからこそ新芽は、植物のあらゆる可能性を内包している部分だと考えています」(ブノア氏)

Herbiolys研究所代表のブノア・アルティクロー氏と、同研究所ブランドマネージャーで植物療法士のセリーヌ・アルティクロー氏
Herbiolys研究所代表のブノア・アルティクロー氏と、同研究所ブランドマネージャーで植物療法士のセリーヌ・アルティクロー氏

 植物の完成形ではなく、これから変化していく“始まり”に注目する。ここに、ジェモセラピーの独自性があります。日本ジェモセラピー協会の盛山氏も、この考え方に強く惹かれたひとりです。

「日本には漢方がありますが、漢方でも“新芽”という部位にここまで着目する発想はあまりありません。植物がこれから変化していく、その瞬間に宿る力に注目するところが、ジェモセラピーの大きな特徴だと思います」(盛山氏)

 もちろん、これを過度に神秘化する必要はありません。大切なのは、単なる“自然派”や“ナチュラル”というイメージではなく、植物の成長の起点に注目した、ひとつの体系として理解することです。

店内にはHerbiolysのエッセンスとともに、植物の写真や資料も並ぶ。ジェモセラピーは、単に製品を選ぶだけでなく、植物の個性や背景を知ることも大切にしている
店内にはHerbiolysのエッセンスとともに、植物の写真や資料も並ぶ。ジェモセラピーは、単に製品を選ぶだけでなく、植物の個性や背景を知ることも大切にしている

植物を「モノ」として扱わない製造哲学

 エルビオリスは、20年以上続くフランスの植物療法ブランドです。特徴的なのは、単なる健康食品メーカーではなく、植物学者や採取者、ハーバリストたちの現場から生まれたブランドであることです。セリーヌ氏は、エルビオリスの根底にある価値観をこう語ります。

「私たちが大切にしているのは、植物を単なる原料、つまり“モノ”として扱わないことです。植物には生きている時間があり、個性があります。その生命力を尊重することが、製造の出発点にあります」(セリーヌ氏)

採取した植物から成分を抽出するためのガラスボトル。Herbiolys(エルビオリス)では、植物のフレッシュな状態をできる限り損なわないよう、採取後すぐにこうした工程へ移ることを重視している
採取した植物から成分を抽出するためのガラスボトル。Herbiolys(エルビオリス)では、植物のフレッシュな状態をできる限り損なわないよう、採取後すぐにこうした工程へ移ることを重視している

 その思想が最もよく表れているのが、採取から製造までのプロセスです。エルビオリスでは、採取した新芽をできるだけ早く、アルコール、グリセリン、水のみ(その他の添加物や保存料は一切使用していません)を用いた溶媒に漬け込みます。

「冷凍しない。乾燥しない。粉砕もしない。多くの場合はその場で、遅くとも20分以内にマセレーションを行います。新芽が持つフレッシュな状態を、可能な限りそのまま受け取るためのこだわりの製法です」(ブノア氏)

 効率だけを考えれば、まとめて収穫し、乾燥させ、工場に運んで加工する方が合理的かもしれません。しかしエルビオリスは、あえてそうしません。

 植物が芽吹いた瞬間の状態を重視するからです。「採取から20分以内」という工程は、ブランドの思想を最も雄弁に語るこだわりなのです。

採取した植物をガラス瓶に入れ、抽出のための液体へ漬け込む工程。Herbiolysでは、植物のフレッシュな状態をできる限り損なわないよう、採取後すぐの処理を重視している(写真提供:Herbiolys)
採取した植物をガラス瓶に入れ、抽出のための液体へ漬け込む工程。Herbiolysでは、植物のフレッシュな状態をできる限り損なわないよう、採取後すぐの処理を重視している(写真提供:Herbiolys)

採取者は4人。自然の時間に人間が合わせる

 エルビオリスの採取に関わる主要な採取者は、わずか4人だといいます。

 しかるべき資格や知識を持ち合わせた彼らは、2月末から11月頃まで、季節ごとに森や野に入り、新芽、葉、花、根を追いかけます。なかでも新芽の季節は短く、タイミングを逃せません。ブノア氏は説明します。

「新芽の時期はとても短いのです。芽吹いたと思ったら、2、3日で葉になってしまうこともあります。だから採取のピークには、朝3時、4時に起きて森へ向かいます」(ブノア氏)

 植物は、人間の都合に合わせてくれません。気温、天候、土地の状態によって、芽吹きのタイミングは変わります。だからこそ、人間の方が自然の時間に合わせる必要があります。

 便利さや効率化が進む現代において、この姿勢はむしろ新鮮です。私たちはテクノロジーによって、生活の多くを効率化してきました。もちろん、それ自体は重要です。

 しかし一方で、人間の体や感覚が、自然のリズムから遠ざかりすぎてはいないか。エルビオリスのものづくりは、そんな問いを投げかけているようにも感じます。

フランスの自然の中で植物を採取するHerbiolys(エルビオリス)のスタッフ。新芽は数日で葉へと変化するため、採取には植物の状態を見極める知識と経験が求められる(写真提供:Herbiolys)
フランスの自然の中で植物を採取するHerbiolys(エルビオリス)のスタッフ。新芽は数日で葉へと変化するため、採取には植物の状態を見極める知識と経験が求められる(写真提供:Herbiolys)

日本で広がるジェモセラピーと「和ジェモ」

 日本でエルビオリスとジェモセラピーを広げてきたのが、日本ジェモセラピー協会の盛山氏です。盛山氏がエルビオリスと出会ったのは2012年。植物療法のサロンを運営していた頃、顧客が持ち込んだ複数のエッセンスの中に、エルビオリスのものがあったといいます。

「飲んだ瞬間に、息がしやすくなって、心の状態が変わったような感覚がありました。これはすごいものに出会ってしまった、と思ったんです」(盛山氏)

 その後、エルビオリスとのやり取りが始まり、日本での協会運営準備が進んでいきました。当時、日本語で「ジェモセラピー」と検索しても、ほとんど情報が出てこなかったといいます。

「これだけ価値があるものなのに、日本語の情報がないからこそ、きちんと学んで伝えていく必要があると感じました」(盛山氏)

 現在、日本ジェモセラピー協会では、エルビオリス研究所と連携しながら、専門家育成や講座、サロン、認定校の運営を進めています。2026年度現在、全国には約300名の認定セラピストがおり、国内8校の認定校も展開。

 伊勢丹新宿店、松坂屋名古屋店、鎌倉山の「House of Natural Medicine(HMN)」など、都市部から自然に近い拠点まで接点が広がりつつあります。

一般社団法人 日本ジェモセラピー協会代表の盛山葉子氏
一般社団法人 日本ジェモセラピー協会代表の盛山葉子氏

 さらに興味深いのが、日本固有の植物を用いた「和ジェモ」の取り組みです。エルビオリス側から「日本の人には、日本のそばにある植物の方が合うのではないか」という提案があり、日本の植物を用いたエッセンス開発が始まりました。

 最初に着目したのは桜。現在では、シングルエッセンス28種類、ブレンドエッセンス2種類、合計30種類の“和ジェモ”へと広がっているといいます。

「日本には、日本人の感性や四季文化に寄り添う植物があります。フランス植物療法を学びながら、日本の植物文化を大切にした“和ジェモ”を育てていきたいと思っています」(盛山氏)

 フランス植物療法をそのまま輸入するのではなく、日本の風土や植物へ翻訳していく。ここに、単なる輸入販売ではない面白さがあります。

日本におけるジェモセラピーの拠点のひとつ「HERBORISTERIE Le Sourire」。Herbiolys製品を通じて、フランス植物療法を日本の暮らしに届ける場となっている
日本におけるジェモセラピーの拠点のひとつ「HERBORISTERIE Le Sourire」。Herbiolys製品を通じて、フランス植物療法を日本の暮らしに届ける場となっている

ビジネスとして広げるのが伊藤嘉明氏の役割

 一方で、このジェモセラピーをウェルネスビジネスとして広げようとしているのが、株式会社PHYTOS代表取締役の伊藤嘉明氏です。

 伊藤氏は、アクアの代表取締役社長、JDIのCMOなど、これまで国内外の大企業で変革を担ってきた人物です。自然療法という言葉だけでは安易に信用せず、エビデンスを重視するプロ経営者でもあります。

 そんな伊藤氏がジェモセラピーにビジネス的に注目した背景には、自身の健康体験だけでなく、企業変革の現場で感じてきた問題意識がありました。

株式会社PHYTOS代表取締役の伊藤嘉明氏
株式会社PHYTOS代表取締役の伊藤嘉明氏

「私のキャリアは基本的に事業再生です。いろいろな会社を立て直してきました。ただ、その中で気づいたのは、会社を変えるのは結局、人だということです。人が健康でなければ、変革は持続しない。会社の再生も、組織の変革も、最後はそこで止まってしまうんです」(伊藤氏)

 伊藤氏自身も、かつて心臓の不調を抱えながら、世界を飛び回っていたといいます。飛行機に乗ることを止められながらも、仕事のために移動を続ける日々。それはまさに、身体を後回しにした働き方の象徴でもあります。

「日本人は、自分の体を後回しにしている人が多すぎると思います。これは国民性かもしれません。頑張ることが正しい、という感覚が強い。でも、そこを少し変えていく必要があると思うんです」(伊藤氏)

 この言葉は、多くのビジネスパーソンに響くはずです。成果を出すために睡眠を削り、食事や運動を後回しにし、ストレスを見ないふりをする。そうした働き方は、もはやサステナブルではありません。

棚に並ぶHerbiolysのエッセンス。単品のジェモエッセンスから、複数の植物を組み合わせたミックスジェモエッセンスまで、日々のコンディションに合わせたラインナップが用意されている
棚に並ぶHerbiolysのエッセンス。単品のジェモエッセンスから、複数の植物を組み合わせたミックスジェモエッセンスまで、日々のコンディションに合わせたラインナップが用意されている

薬でもサプリでもない、日常を整える選択肢として

 ここで大切なのは、ジェモセラピーを医療の代替として語らないことです。エルビオリスのセリーヌ氏は、現代医学と植物療法を対立させるものとしては考えていません。

「現代医学に反対する立場ではありません。当然、薬や治療が必要な場面はあります。ただ、植物療法はそれと対立するものではなく、補完的に考えるべきものだと思います」(セリーヌ氏)

 この線引きは非常に重要です。ウェルネス市場は成長分野である一方、玉石混交になりやすい領域でもあります。だからこそ、過剰な効能表現ではなく、教育、カウンセリング、安全性、品質管理が欠かせません。

 伊藤氏は現在、鎌倉山のHouse of Natural Medicineというショップ&ワークショップ拠点に加え、南青山にもカウンセリングラウンジを開いています。

 目的は、単に商品を売ることではありません。盛山氏より学んだ植物療法をもとに、自分のコンディションと向き合うための場所をつくることです。

「療養の地・鎌倉山で、原点に還る。」をコンセプトに展開するHouse of Natural Medicine。自然に近い環境の中で、植物療法やウェルネスと向き合うためのショップ&ワークショップ拠点として運営
「療養の地・鎌倉山で、原点に還る。」をコンセプトに展開するHouse of Natural Medicine。自然に近い環境の中で、植物療法やウェルネスと向き合うためのショップ&ワークショップ拠点として運営

「鎌倉山は非常に自然環境のいい場所です。ただ、経営者仲間やビジネスパーソンからは、“通うには遠すぎる”という声も多数いただきました。だったら、自身のビジネス拠点である南青山にもラウンジをつくろう、と。

 そこでは商品を売るだけではなく、カウンセリングやスクールも含めて、植物療法を広げていきたいと思っています」(伊藤氏)

 薬でもサプリでもない。医療と日常のあいだにある、コンディションを整えるための選択肢。ジェモセラピーの面白さは、まさにその位置づけにあります。

取材に応じた関係者。フランスの製造側、日本での普及側、そしてビジネス展開側が連携し、ジェモセラピーの可能性を広げている
取材に応じた関係者。フランスの製造側、日本での普及側、そしてビジネス展開側が連携し、ジェモセラピーの可能性を広げている

整い続けられる人が評価されるべき時代へ

 今回の取材を通じて強く感じたのは、ジェモセラピーそのものの珍しさ以上に、ウェルネスに対する時代の見方が変わり始めているということです。

 かつての日本では、忙しいことが評価され、無理ができることが強さのように語られてきました。しかし、これからは違います。長く働き、長く創造し、長く人と関わっていくためには、自分の心身を整え続ける力が必要になります。

 私たち自身が身体を後回しにしていれば、暮らしは整いません。ウェルネスとは、自分の状態に気づき、生活を組み直していくことなのだと思います。ジェモセラピーは、そのためのひとつの選択肢にすぎません。

 植物の芽吹きに人間が耳を澄ませるこの療法は、忙しさの中で自分自身を置き去りにしてきた現代人に、静かな気づきを与えてくれます。

 本当に強い人とは、無理を続けられる人なのでしょうか。それとも、自分を整え続けられる人なのでしょうか。

 薬でもサプリでもない。植物の新芽に着目するフランス式ウェルネスが、疲れた日本人の心に触れる理由は、きっとその答えが、私たちの中でもう見え始めているからなのだと思います。

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滝田勝紀
滝田勝紀
VAGUE家電統括プロデューサー
モノ雑誌の編集に15年以上携わり『デジモノステーション』編集長を歴任。現在は家電スペシャリストとして、国内外の最新テクノロジーを長年取材。All About家電ガイドやMakuakeエバンジェリスト、楽天ROOM公式インフルエンサー(フォロワー56万人超)など幅広く活動する。海外取材経験も豊富で、欧州家電メーカー本社や世界最大級の見本市「IFA」への造詣も深い。また、Z世代向けメディア運営やPR会社経営の傍ら、インテリアスタイリスト窪川勝哉氏とのユニット「𝒾𝓃𝒞𝒶𝒹𝑒𝓃𝓏𝒶」で家電開発も手掛ける。機能とデザインの両面から、心地よい暮らしのあり方を提唱している。

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