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テクニクスの高級ヘッドホン「EAH-A1000」は何が違う? 磁性流体から“温かいシルバー”まで追い込んだ6万円モデル

AZ100の磁性流体をそのまま使用しただけでは、狙った音にならなかった

 2026年11月19日に発売される「EAH-A1000」は、Technicsが新たに投入するワイヤレスヘッドホンのフラッグシップモデルです。

 核となるのが、直径40mmの「磁性流体ドライバー」。磁性流体とは、磁石に引き寄せられる性質を持つ液体状の機能性素材で、ボイスコイル周辺に使うことで振動板が前後に動く際の横ブレを抑え、入力信号に対する正確なストロークを狙います。

 Technicsにとって磁性流体はまったく新しい技術ではありません。2019年の有線イヤホン「EAH-TZ700」、2025年の完全ワイヤレスイヤホン「EAH-AZ100」でも採用されてきました。

 となれば、AZ100で成功したものを40mmまで大型化すればいい——と考えたくなります。ところが、実際の開発はそんなに単純ではなかったそうです。

 音響設計を担当した武田理玖氏はこう振り返ります。

「これまで実績のある磁性流体をそのまま使用したところ、性能的には低歪み化を確認できたんですけれども、目指す音には到達できませんでした」

 イヤホンの約10mm級から40mmへ。ボイスコイル内側の空間が大きくなれば、必要になる磁性流体の量も増えます。当然、流体そのものが振動系に与える影響も変わってきます。

 そこで磁性流体の材料やドライバー構造を含めて、ほぼ再設計に近い試行錯誤が始まりました。

パナソニック デザインセンター AVC部 コミュニケーションネットワークデザイン課工藤帆夏氏。「EAH-A1000」を手に、金属の加工や色味まで作り込んだ一台と説明。細身のアームや穏やかな輝きを見せる外装には、日常で身につける姿まで考えた設計が込められている。
パナソニック デザインセンター AVC部 コミュニケーションネットワークデザイン課工藤帆夏氏。「EAH-A1000」を手に、金属の加工や色味まで作り込んだ一台と説明。細身のアームや穏やかな輝きを見せる外装には、日常で身につける姿まで考えた設計が込められている。

イヤホンとスピーカー、2つの技術系譜を一本に束ねた

 さらにA1000がおもしろいのは、イヤホン側の技術だけで完成させなかったことです。

 Technicsのフラッグシップスピーカーで培ってきた「SST(Symmetrical Surround Technology)」の考え方をドライバーのエッジへ応用。エッジが前後に動いた際の挙動をより対称に近づけ、磁性流体による正確なストロークをさらに低歪みで音へつなげようとしています。

 つまりA1000には、イヤホンで成熟させた磁性流体と、長年のHi-Fiスピーカー開発から得た知見という、Technicsが持つ異なる技術資産が一本に合流しているわけです。

会場で実演された磁性流体。磁石に引き寄せられる性質と液体の性質を併せ持ち、A1000では振動板の不要な横ブレを抑えるために用いる。40mmドライバーへの展開では、必要な量や振動への影響を踏まえた再検討が行われた。
会場で実演された磁性流体。磁石に引き寄せられる性質と液体の性質を併せ持ち、A1000では振動板の不要な横ブレを抑えるために用いる。40mmドライバーへの展開では、必要な量や振動への影響を踏まえた再検討が行われた。

“作りやすい解決策”を選ばなかったカーボンファイバー振動板

 振動板もかなり執念深く作り込まれています。

 採用されたのは、軽量かつ高剛性で、適度な内部損失も持つカーボンファイバー。40mmという大口径ドライバーには適した素材ですが、剛性が高いからこそ複雑な形へ安定して成形するのが難しく、試作段階では成形後に振動板が変形してしまったといいます。

 もちろん“作りやすくする”方法はありました。

 例えば形状をより平面に近づければ成形は安定します。カーボンファイバーに別のシートを重ねてラミネートすれば、形状も保ちやすくなる。

 ところが前者では振動板の剛性が不足し、後者では重量が増してしまった。どちらも音質面では狙いから外れてしまったそうです。

「カーボンファイバーには混ぜ物をせずに使用する。その条件で形状を保ちながら安定成形することを追求しました」

 そう武田氏は説明します。

 最終的にはドーム部分に微細な凹凸形状を設けるなど、成形条件を細かく積み上げることで解決。これ以外にもバッフルの凹凸を抑える構造や、ドライバー後方の空気を整えるアコースティックコントロールチャンバーなど、音に影響する要素をひとつひとつ潰していきました。

カーボンファイバーを使ったA1000の振動板(右)。軽さと剛性を生かしながら狙った形に安定成形するため、開発では形状や成形条件を細かく検討した。完成品の外側からは見えない部分にも、音を支える試行錯誤がある。
カーボンファイバーを使ったA1000の振動板(右)。軽さと剛性を生かしながら狙った形に安定成形するため、開発では形状や成形条件を細かく検討した。完成品の外側からは見えない部分にも、音を支える試行錯誤がある。

有線で見えた、40mm磁性流体ドライバーの“余力”

 実際に試聴すると、A1000のサウンドは確かに素晴らしいものでした。さらにワイヤレスから有線へ切り替えて同じ音源を聴くと、情報量、音の厚み、空間表現など、全体のポテンシャルがもう一段引き上がります。

 ただし、ここで「やっぱり音がいい」で終わらせると、この製品の本当のおもしろさを見落とす気がします。

 何しろ約6万円のフラッグシップです。音がよくなければ困る。

 それより注目したいのは、そこへ到達するために“作りやすい方”へ逃げず、磁性流体の量から振動板のわずかな形状まで追い込んだ開発姿勢そのものです。

有線でプレーヤーと接続したA1000。筆者はワイヤレスから切り替えて聴き直し、音全体の表現が大きく引き上がったと感じた。接続方法を変えて同じ製品の音を確かめることも、作り込まれた音響設計を体験する入り口になる。
有線でプレーヤーと接続したA1000。筆者はワイヤレスから切り替えて聴き直し、音全体の表現が大きく引き上がったと感じた。接続方法を変えて同じ製品の音を確かめることも、作り込まれた音響設計を体験する入り口になる。

中身は硬派。でも見た目は驚くほどエレガントで流麗

 そしてA1000がいわゆる硬派なオーディオブランドの製品と少し違って見えるのは、ここからです。

 内部では磁性流体や振動板の剛性と格闘しているのに、外から見るA1000は意外なほどエレガントで流麗なのです。

 デザインを担当した工藤帆夏氏は、開発の出発点についてこう話します。

「音をTechnicsらしくするのはもちろんなんですけど、見た瞬間だったり、装着した時にTechnicsだって感じられるものにしたい。それがA1000のデザインの出発点でした」

 ハウジング中央には、アルミへ繊細な溝を刻んだサーキュラー加工を採用。その中央にはゴールドのTechnicsロゴが配置されます。

 これが実物を見るとかなり“映える”。

 ただし、派手に輝かせればいいわけではありません。

「目指したのは、華やかすぎず、暗すぎないことです。日常の中で身につけて外に出る製品なので、派手すぎず自然に上質さを感じられる輝きにしたかった」

 工藤氏によると、溝の深さや間隔、金属の光沢がほんのわずかに違うだけで製品全体の印象が変わるため、複数のサンプルを作りながら追い込んだそうです。

会場に並んだサーキュラーパーツの試作品。アルミに刻む溝の深さや間隔、光沢のわずかな違いが製品全体の印象を左右するため、複数の仕上げを検討した。派手さではなく、日常で自然に感じられる上質な輝きを探った跡が見える。
会場に並んだサーキュラーパーツの試作品。アルミに刻む溝の深さや間隔、光沢のわずかな違いが製品全体の印象を左右するため、複数の仕上げを検討した。派手さではなく、日常で自然に感じられる上質な輝きを探った跡が見える。

フローアームは“格好いい形”を先に描いたわけではない

 特徴的な「フローアーム」も、単なるスタイリングではありません。

 ワイヤレスヘッドホンはバッテリーや電子部品を内蔵するため重量が増えやすい。そこで強度が必要なハンガーとスライダーには金属を使いながら、必要な部分だけを残した片持ち構造を採用しました。

 しかも内部には配線を通し、折りたたみ機構まで収めなければなりません。そのためハウジングに近い部分では断面を三角形にし、スライダー側へ向かって四角形へ変化させるなど、内部構造に合わせて形状自体を設計しています。

 つまり、“格好いい形を先に描いた”のではない。

 必要な強度、配線、可動機構を成立させ、不要なものを削ぎ落としていった結果として、あの細く軽快なシルエットにたどり着いています。

単体で展示されたフローアームの部品。流れるような輪郭は、外観だけから決まったものではない。強度を保ちながら配線や可動機構を収め、不要な部分を削ぎ落とした設計が、A1000の軽快なシルエットにつながっている。
単体で展示されたフローアームの部品。流れるような輪郭は、外観だけから決まったものではない。強度を保ちながら配線や可動機構を収め、不要な部分を削ぎ落とした設計が、A1000の軽快なシルエットにつながっている。

「少しだけ温かいシルバー」を作るために、そこまでやるのか

 さらに象徴的なのが、今回の訴求色となる「プラチナグレージュ」です。

 一般的なシルバーよりわずかに温かみがあり、しかしシャンパンゴールドほど黄色くはない。実物を見ると、なるほど従来のオーディオ製品にありがちな無機質なシルバーとはかなり印象が違います。

「金属パーツに関しては黄色が強いとシャンパンゴールドに見える。色味が足りないと無機質な印象になる。無機質シルバーから温かみのあるシルバーにした意図はTechnicsのユーザー像がAZ100を通して、広がったためシルバー色をユニセックスなカラーにしたいという考えからです。そのバランスがすごく難しかったですね」

 工藤氏はそう話します。

 さらに厄介なのが、A1000には金属、樹脂、レザーと、異なる素材が使われていること。同じ色を指定しただけでは、光の反射や質感によって見え方が揃いません。そのため各素材で多数の色見本を作り、色だけでなく光沢感まで調整していったそうです。

 音響エンジニアが磁性流体や振動板の特性を追い込む。その隣でデザイナーはサーキュラー加工の溝と、わずかなシルバーの温度感を追い込む。

 この両者が同じレベルの執念で一台の製品に向き合っていることこそ、A1000のおもしろさだと思います。

プラチナグレージュのハウジングと金属アーム。異なる素材を組み合わせながら、一台として印象を揃えるために色味と光沢を調整した。少し温かみを帯びた金属色と穏やかな曲面が、音響機器を身につけるプロダクトへと近づけている。
プラチナグレージュのハウジングと金属アーム。異なる素材を組み合わせながら、一台として印象を揃えるために色味と光沢を調整した。少し温かみを帯びた金属色と穏やかな曲面が、音響機器を身につけるプロダクトへと近づけている。

Technicsは「音が分かる人だけ」のブランドではない

 プレミアムオーディオの世界では、ともすると“音が分かる人にだけ分かればいい”という作り方も成立します。

 しかしA1000から感じるのは、それとは少し違う方向です。

 音響技術の中身はかなり硬派です。それでも見た目にはメカニカルな威圧感を出さず、身につけた姿まで含めて美しく見せる。3台マルチポイント、長時間バッテリー、アダプティブノイズキャンセリングなど、日常で使うための機能もきっちり押さえています。

 要するにTechnicsは、硬派な音響技術を捨てたわけではありません。

 むしろ、その技術を「聴けば分かる」だけにとどめず、「見れば分かる」「触れば分かる」「身につけても分かる」価値へ翻訳しようとしている。

折りたたんでキャリングケースに収めたA1000。細身のフローアームには、見た目の美しさだけでなく収納時の動きを成立させる機構も組み込まれている。聴くときから持ち運ぶときまでを含めた使い勝手が、製品の価値を支えている。
折りたたんでキャリングケースに収めたA1000。細身のフローアームには、見た目の美しさだけでなく収納時の動きを成立させる機構も組み込まれている。聴くときから持ち運ぶときまでを含めた使い勝手が、製品の価値を支えている。

6万円の価値は「音」だけでは決まらない

 これは非常に興味深いブランド戦略です。

 成熟した市場では、スペックひとつの優位性だけでプレミアム価格を正当化することは難しい。技術、デザイン、素材、操作性といった複数の接点から、「なぜこのブランドを選ぶのか」を作らなければならないからです。

 磁性流体の量から、カーボンファイバーの微細な凹凸、アーム断面の三角形、そして“ほんの少し温かいシルバー”まで。

 そこまでやるのか。

 A1000を見て、聞いて、開発者の話を聞いた筆者の印象をひと言で表すなら、それに尽きます。

 見た目もサウンドも“映える”。その裏側には、目に見えないところまで徹底的に追い込んだTechnicsの現在地がありました。

製品概要

Technics「EAH-A1000」

発売日:2026年11月19日(木)
価格:オープン価格
市場想定価格:税込6万円前後
カラー:プラチナグレージュ、ブラック
ドライバー:40mm磁性流体ドライバー
振動板:カーボンファイバー振動板
ノイズキャンセリング:アダプティブノイズキャンセリング
マルチポイント:最大3台
対応コーデック:LDAC、LC3、AAC、SBC
空間オーディオ(Dolby Atmosに最適化):対応
USBオーディオ:対応
連続再生時間:
・AAC/ノイズキャンセリングON:約45時間
・AAC/ノイズキャンセリングOFF:約90時間
・LDAC/ノイズキャンセリングON:約40時間
・LDAC/ノイズキャンセリングOFF:約80時間
質量:約306g
折り畳み方式:2方式(1:回転 2:折り曲げ)
付属品:キャリングケース、USBケーブル(USB-C-USB-C)、オーディオケーブル(USB-C-3.5mm)

※仕様・発売日などは発表時点の情報です。

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滝田勝紀
滝田勝紀
VAGUE家電統括プロデューサー
モノ雑誌の編集に15年以上携わり『デジモノステーション』編集長を歴任。現在は家電スペシャリストとして、国内外の最新テクノロジーを長年取材。All About家電ガイドやMakuakeエバンジェリスト、楽天ROOM公式インフルエンサー(フォロワー56万人超)など幅広く活動する。海外取材経験も豊富で、欧州家電メーカー本社や世界最大級の見本市「IFA」への造詣も深い。また、Z世代向けメディア運営やPR会社経営の傍ら、インテリアスタイリスト窪川勝哉氏とのユニット「𝒾𝓃𝒞𝒶𝒹𝑒𝓃𝓏𝒶」で家電開発も手掛ける。機能とデザインの両面から、心地よい暮らしのあり方を提唱している。

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