VAGUE(ヴァーグ)

世界が震撼した時計「グランドセイコー」はいかにしてグローバルブランドに成長したのか?

高級時計の展示会「ウォッチズ&ワンダーズ」に初の参加を果たす

 スイスの時計業界は、とても閉鎖的である。かつてはジュネーブの時計ブランド以外は販売させないというギルドもあったと聞くし、今でもスイスとそれ以外では、明確に線引きをしている。その掟が顕著に表れていたのが、“世界最大の時計と宝飾の見本市”であった「バーゼルワールド」のブース位置の割り振りである。

 もっとも多くの客が足を運ぶメインフロアは、スイス発祥の時計ブランド、もしくはスイス製造の時計ブランドのみが出展を許され、他国のブランドはどれだけ規模が大きくても2階以上のフロアしか許されなかった。そこで割を食っていたのが、日本の時計ブランドたち。企業の規模や時計の質からすれば、多くのスイスブランドを凌駕しているにも関わらず、メインフロアに入ることは許されなかったのだ。そういう背景を知っていたので、2021年10月のニュースには驚かされた。

「<グランドセイコー>Watches and Wonders Geneva 2022に初参加」

 ジュネーブで開催される高級時計の展示会「ウォッチズ&ワンダーズ」は、ジュネーブ・サロンと呼ばれていたリッチでエレガントな見本市「S.I.H.H.」を発展させたもので、参加しているのはカルティエやジャガー・ルクルト、パテック フィリップ、ロレックスなど、まさに時計業界を代表する超トップブランドばかり。そこにグランドセイコーは、非欧州ブランドとして唯一参加しているのだ。

 これはすなわちグランドセイコーが、時計業界をリードするブランドの一角であると、スイスからも認められたことを意味している。これはとんでもないことだ。

2014年のジュネーブ時計グランプリにて、小さな針賞を獲得したグランドセイコー「SBGJ005」。グリーンのダイヤルとゴールドのGMT針が美しく調和する。
2014年のジュネーブ時計グランプリにて、小さな針賞を獲得したグランドセイコー「SBGJ005」。グリーンのダイヤルとゴールドのGMT針が美しく調和する。

●スイス勢の風向きを変えた1本

 そもそもグランドセイコーは、スイス時計を目標にして、1960年に誕生した。そして機能性とデザインの両方を磨くだけでなく、機械式時計の性能を示す「精度」の追求にも力を注いだ。

 当時のスイスでは、天文台が主催する精度コンクールが行われており、スイス時計ブランドの多くが参加していた。ここで上位の成績を収めるということは、公的に高い性能だと証明されるということ。セイコーでも1964年から精度コンクールに参加しており、精度技術を磨いてきた。そしてついに1968年に部門一位を獲得し、高精度ウォッチに関してはスイス勢を凌駕するに至った。

 しかし腕時計は実用品でありつつ、装身具でもある。精度が高いだけではもの足りず、感性的な魅力も求められる。それは図らずも、様々な日本のブランドたちが不得手としていたジャンルでもあった。グランドセイコーの場合も、日本では“最高峰の国産時計”という揺るぎなきポジションを確立したが、それでもスイス勢の壁は厚かった。

 そんな風向きが変わったのは、2014年のことだ。時計界のアカデミー賞ともいわれる「ジュネーブ時計グランプリ」にて、なんとグランドセイコーの「メカニカルハイビート36000GMT限定モデル(SBGJ005)」が、8,000スイスフラン以下の時計を対象とした部門である“La Petite Aiguille” (プティット・エギュィーユ=小さな針)賞を獲得したのだ。このジュネーブ時計グランプリは、ジャーナリストや時計師といった時計のプロフェッショナルたちの投票によって決められるため、その価値は非常に高い。つまりグランドセイコーは、再びスイス勢から一目置かれる存在となりつつあったのだ。

ウォッチズ&ワンダーズは、2022年3月30日から、ジュネーブ国際空港横の見本市会場「パレクスポ」で開催された。参加ブランドはそれぞれの世界観に合わせた空間を作り、新作時計のプレゼンテーションを行った。
ウォッチズ&ワンダーズは、2022年3月30日から、ジュネーブ国際空港横の見本市会場「パレクスポ」で開催された。参加ブランドはそれぞれの世界観に合わせた空間を作り、新作時計のプレゼンテーションを行った。

●建築家・隈研吾も設計に携わることで世界的ブランド力を増す

 そして2021年には、ついに主要賞である「メンズウォッチ賞」を獲得。受賞モデルとなった「グランドセイコー SLGH005 」は、自社ムーブメントの高度なメカニズムだけでなく、時計工房の周辺に広がる白樺林をイメージしたダイヤルの表現も評価された。グランドセイコーは、ついに技術だけでなく、感性的魅力でもスイスや世界を魅了するブランドとなったのだ。

 もちろん、こういった状況は偶然手に入れたものではなく、ブランド認知を高めるために、様々な形でプロモーション戦略を練ってきた。例えば世界最大のインテリアイベント「ミラノデザインウィーク」に参加した際には、機構や性能の話にフォーカスを当てず、グランドセイコーの時間に対する美意識や哲学をインスタレーションで表現した。また、パリで最も権威あるショッピングエリアであるヴァンドーム広場に、ブティックを開いている。ここは世界的ジュエラーや超高級ホテルが集まる世界のラグジュアリー文化の象徴的な場所であり、否欧州系ブランドが出店することは極めて難しい。そこに建築家の隈研吾氏が設計したグランドセイコーブティックを作ることも、ブランドのラグジュアリーイメージを高めるのに大きな意味があった。

 もはやグランドセイコーは、“日本の良い時計”という評価に収まらない。世界的ラグジュアリーウォッチとして認められ始めた、勢いのある注目ブランドなのである。

Gallery 【画像】W&W出展時の様子やスイスにも認められたグランドセイコーの魅力を見る(6枚)
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篠田哲生
篠田哲生
時計ジャーナリスト
1975年生まれ。講談社「ホットドッグ プレス」編集部を経て独立。時計専門誌、ファッション誌、ビジネス誌、新聞、ウェブなど、幅広い媒体で硬軟織り交ぜた時計記事を執筆。スイスやドイツでの時計工房などの取材経験も豊富。著書に『成功者はなぜウブロの時計に惹かれるのか。』(幻冬舎)、『教養としての腕時計選び』(光文社新書)がある。

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