初年度の2020年 挑戦の先に待ち構えていた試練
しかし挑戦初年度の2020年、開発チームは大きな壁に突き当たることになります。
「実戦で直面したのは、悪夢のような現実でした。ドライタイヤで周回を重ねるうちに、タイヤ内部が故障し、異変を感じたドライバーが8周回ることなくピットに帰ってきたのです。確かにサーキットレース復帰までのブランクはあったものの、これまでのレース活動での経験や技術を使い、きちんと走れるタイヤに仕上げたという自負を持っていました。しかしそのブランクの間にクルマはパワーアップしてレースは高速化し、車重も増え、タイヤにかかる負担は想定以上になっていたのです」(富高氏)
そして決勝ステージでは、またもうひとつの大きな課題が待ち受けていました。
「例年、ニュル24時間は5月から6月にかけて行われます。しかし2020年は新型コロナウイルス感染拡大の影響で、開催が9月の最終週へと延期になりました。そして決勝当日の天候は冷たい雨だったんです。ウエットタイヤをテストする機会が十分ではなかったことに加え、路面温度が想定外に低かったことで、まったく作動しなかった。そして雨はずっと降り続き、リザルトは散々なものでした」(富高氏)
しかし富高氏、光延氏はこの経験をしっかりと受け止め、翌年に結果を出すための開発に取り組みます。
「初年度はある意味、バグ出しの年だと考えていました。想定以上に大きな課題がいくつも見つかりましたが、それは本番の前にやっておくべきこと出来ていなかったという反省にもつながりました。そして翌年のNLSシリーズ開幕戦、さらにニュル24時間に向けて、イチからタイヤを作り直すレベルで性能の底上げに取り組みました」(富高氏)
ただ「性能の底上げ」とひと言でいっても、そもそもある程度のレベルまで仕上げたタイヤの性能をさらに上げるのは、たやすい作業ではありません。またタイヤの性能にはグリップと耐久性など、何かを上げると何かが下がるという、トレードオフになる部分もあります。
「ドライタイヤについては、ほかの性能を犠牲にしても、まず『ニュル北コースで8周走れる耐久性』を目指し、そこをクリアしてから、“戦える性能”を作っていきました」(光延氏)
「性能向上の具体的な手法は、求められる性能を、耐久性、グリップ、操縦安定性といった要素に分解し、それぞれをさらに細分化して改良を重ねるという地道な努力です。たとえば耐久性であれば、タイヤのどの部分の耐久性なのか、トレッドなのか、ショルダーなのか、ビードまわりなのかと分解し、素材、構造、設計の各段階でどういう工夫が必要かを検討します。そうして改良の方向性が見えたら、今度はその改良でトレードオフになる部分にどう対策すれば性能の低下を防げるかを考えます。こうした段階を経て仕様が固まった段階で、データをシミュレーターに投入し、コンピューター上で性能を検証します。そこで想定した性能になっていれば、金型を作って試作し、ベンチテストを行うという流れです」(富高氏)
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