当時のスーパーカー少年は憧れたよね! デ・トマソ「パンテーラ」がオークションで落札 14台しか作られなかった54年前の“グループ4仕様”はいくらで売れた?
ドアやボンネットのアルミ化などで320kg軽量したレース仕様
2026年1月にフランス・パリで開催されたRMサザビーズ主催のオークションに、1972年式デ・トマソ「パンテーラ」グループ4仕様が出品され落札されました。
どんなクルマなのでしょうか。
デ・トマソ・パンテーラ グループ4は、1972年1月に発表されたレース専用の特別モデルで、熱心な顧客からの要望に応える形で誕生しました。生産台数はわずか14台にとどまり、極めて希少な存在として知られています。
軽量化はこのモデルの大きな特徴で、ドア、ボンネット、エンジンリッドにはアルミニウムを使用し、ウインドウにはすべてプレキシガラスが採用されました。室内も実戦を前提とした簡素な仕立てで、ロールケージに囲まれた構成となっています。その結果、標準車から約320kgの軽量化が図られ、最終的な車両重量は1100kgに抑えられました。
足まわりには改良型ダブルウィッシュボーン式サスペンションが組み合わされ、調整式コニ製ショックアブソーバーを装備しています。制動系には、大径ベンチレーテッドディスクを備えたガーリング製ブレーキを採用。これにより、4基のウェーバーキャブレターを装着したフォード製351キュービックインチ(5752cc)クリーブランドV8が発揮する470馬力を確実に受け止める性能を備えています。
シャシナンバー2858の個体は、1972年4月にアキッリ・モータースを通じて新車として納車されました。完成時のカラーリングは、赤と黒を基調としたクラシックなパンテーラの配色でしたが、生産2台目とされる本車は、納車後に同社によって鮮やかなブルーへと塗り替えられています。

1973年から1975年にかけてはイタリア・グループ4選手権に参戦し、モンツァ1000kmでレースデビューを果たしました。さらに1973年のタルガ・フローリオにも出場資格を得るなど、当時の第一線で活躍しています。
1975年シーズン終了後に一度レース活動から退いた後、車両はアキッリ・モータースで保管されていましたが、1979年末にマルコ「スピッフェーロ」クルティ氏へと売却されました。同氏は本車をデ・トマソに戻し、1976年仕様のグループ4規定に準拠した大規模なリビルドを実施しています。
その後、1980年から1983年にかけて再びレースに参戦し、1998年に次のオーナーへ引き継がれました。以降は複数のヨーロッパ人レーサーの手を経て、現在のオーナーのもとへと渡っています。
現オーナーの管理下では、アキッリ・モータース時代のリバリーを再現するためライトブルーに再塗装されるとともに、最新技術を取り入れた全面的なオーバーホールが実施されました。これにより、性能と信頼性の双方が大きく向上しています。
その実力は近年のヒストリックレースでも証明されており、2022年のル・マン・クラシックではクラス優勝、2025年のツール・オートでは総合2位という優れた成績を収めました。
本車両には、リビルド済みのスペアエンジンおよびスペアギアボックスに加え、4本のホイールを含む各種スペアパーツが付属します。新車時からの所有履歴が明確な点も大きな魅力であり、ヨーロッパ各地で開催されるヒストリックレースへの参戦を視野に入れるコレクターにとって、非常に価値の高いグループ4 パンテーラといえるでしょう。
この1972年式デ・トマソ「パンテーラ」グループ4仕様、最終的に22万4250ユーロ(1ユーロ=183.2円換算で、日本円で約4208万円)で落札されました。
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