スピードマスターは、なぜ20万円台から100万円超になったのか? 為替だけではない“ムーンウォッチ進化”の理由|【オメガの現在地.01】
●伝説のプロフェッショナル・クロノグラフ
オメガのクロノグラフ「スピードマスター」は、時計の歴史に残る名作です。1980年代〜2000年代に時計好きの若者だったあなたは、ぜひ1本は手に入れたいと思ったでしょうし、購入された人も多いと思います。
でもそんな皆さんは、あのオメガの時計がいま、100万円を超える時計になっていることをご存知でしょうか?

スピードマスターの代表モデルといえば、手巻きの「スピードマスター プロフェッショナル」。1960年代初頭、アメリカのNASA(航空宇宙局)がアストロノーツ(宇宙飛行士)の装備品を選定するために行ったクロノグラフの厳しいテストに十数本の候補の中から唯一合格し、以降、NASAの正式装備品に選出された伝説の手巻きクロノグラフです。
最初期の広告ビジュアルからもわかるように、この時計は、もともとは航空用ではなくモータースポーツ用に開発された手巻きクロノグラフでした。そして、初めて使われた「ジェミニ計画」(1965〜1966)に続いて「人類初の有人月面探査」を最終目標にしていた「アポロ計画」(1968〜1972)でも正式装備品として使われ、1969年「アポロ11号」で史上初めて月面に降り立ちます。

このとき、宇宙服を着た宇宙飛行士たちの腕に巻かれていたRef.105.012(またはRef.145.012)とその一連の後継モデルは「ムーンウオッチ(月に行った時計)」として、手巻きのスピードマスター プロフェッショナルは一躍有名になった。時計にまつわる伝説でも、月や宇宙を舞台にしたこれほど壮大な物語は他にありません。
しかもこの伝説は「月面で使われた宇宙飛行士の腕時計」というだけでは終わりませんでした。スピードマスター プロフェッショナルは、宇宙飛行士3名の生命を救う計器となって唯一無二の重要な役割を果たしました。
1970年4月に打ち上げられ月着陸ミッションに向かったアポロ13号は打ち上げから約56時間後、地球から約32万キロメートル離れた宇宙空間で、宇宙船のメインである機械船の液体酸素タンクが爆発。酸素と電力が急速に失われ、月面着陸は完全に不可能に。さらに生存に欠かせない酸素や、地球へ帰るための電力すら底を突く、宇宙飛行士3人にとって文字通り絶体絶命の絶望的な状況に陥ってしまったのです。
このとき、ジョン・スワイガート宇宙飛行士の手に巻かれていたスピードマスター プロフェッショナルは、節電のため使用を控えたコンピュータに代わって3人の宇宙飛行士たちの命綱になる役割を果たしました。地球へ帰還するための、月着陸船の降下エンジンの噴射による司令船カプセルの大気圏突入軌道の修正。その噴射時間の14秒を計測する計器として使われたのが、スピードマスター プロフェッショナルでした。
その後、スピードマスター プロフェッショナルはムーブメントの変更を経てもやはりNASAの過酷なテストをクリアして正式装備品に認定され、宇宙で使い続けられます。最初に正式採用されたときの搭載ムーブメントは、伝説のムーブメントメーカー「レマニア」(現在は消滅)ベースの手巻きクロノグラフムーブメント「キャリバー321」でしたが、「スペースシャトル計画」(1981〜2011)では、1978年にNASAが実施した再テストに合格した、新型ムーブメント「キャリバー861」を搭載した新型に置き換えられます。
●スイス製でもっとも身近な機械式クロノグラフ
こんな唯一無二の物語を持ち、オメガを、そして世界を代表する傑作機械式クロノグラフ「スピードマスター プロフェッショナル」。通称“スピマス”。時計好きの男性なら、だれもが1本は手に入れたくなる機械式クロノグラフ。筆者が大学を卒業して出版社に就職したのは1980年代後半。当時、この時計を着けている人が筆者の周りにはたくさんいました。
当時は消費税がまだない時代でした。ではこの頃、“スピマス”はいくらで購入できたのでしょうか。
当時の定価は20万円から26万円。ディスカウント店で販売されている並行輸入品になると、価格はそれよりもさらに安くて18万円前後でした。実は筆者も当時“スピマス”を、その頃に定年を迎えた父に、退職祝いに、当時勤務していた出版社のある東京・新橋にあった大手のディスカウントショップで正規品を購入して贈りました。あれから30数年も経ったいま、細かな金額は憶えていませんが、購入価格は20万円前後でした。
時計の歴史はもちろん、“世界の歴史に残る傑作クロノグラフ”として名高い「オメガのスピードマスター プロフェッショナル」。でもこの傑作は、機械式時計ブームが始まった1990年代〜2000年代前半でも、定価は約30万円。並行輸入品だと約10万円台後半から20万円台で購入することができたのです。
そして成人祝いや就職祝い、初めての本格機械式時計として圧倒的な人気を誇っていました。つまり「ムーンウォッチ」は、歴史的な名作であると同時に“もっとも手頃な価格で買えるスイス製機械式クロノグラフ”でした。
あらゆる時計が、特にスイス製の時計が高くなったいま振り返ってみると、まさに夢のような話です。
これは手巻きの「プロフェッショナル」だけでなく、1971年に登場した自動巻きモデルでも同様でした。
いま、時計専門店で「ムーンウォッチ」の100万円を超える価格を見て、当時を知る皆さんが驚き、違和感を感じるのは無理もありません。

●値上がりの理由は「為替」と「劇的な進化」
ではなぜ「ムーンウォッチ」、オメガの「スピードマスター プロフェッショナル」(SSモデル)は、100万円を超える価格になったのでしょうか。
それにはいくつかの大きな理由があります。
まずひとつめの大きな理由は為替レート、つまりスイスフラン高=円安の進行です。では、スイスフランと円の、この30年あまりの為替の変動を振り返ってみましょう。
1990年、1スイスフランは104円前後。2000年にはそれが、何と約64円と史上最高の円高水準を記録します。しかしその後、スイスフランと円の為替レートはスイスフラン高(円安)の方向に徐々に向かいます。
2010年はまだ約85円でした。ところが2015年は状況が一変して、約131円。2023年になると約156円を超え、2025年には約180円。そして2026年現在は190円から200円超えすらある、史上最高のスイスフラン高=円安の状態です。
為替の変動は企業の責任ではなく、国際経済の問題ですからどうしようもありません。それなのにオメガは良心的で円安の影響を何とか企業努力で吸収しようとしました。値上げ幅をスイスフラン高よりもずっと小さく抑えています。しかし、毎年価格10%弱の値上げはどうしようもありませんでした。
2014年から登場した、名キャリバー「キャリバー1863」を搭載した定番モデル「Ref.311.30.42.30.01.006」(第7世代。2021年1月に現行ムーブメントのキャリバー3861の登場で廃番)の価格をチェックしてみると、2014年9月時点での価格は61万5600円。しかし5年後の2019年9月には約10万円高の71万5000円に。
そして2021年7月にはさらに約13万円値上がりして84万7000円に。1年後の2022年7月には99万円に。そしてその約半年後の2023年2月にはついに100万円の大台を突破して106万7000円に。2023年2月以降、「スピードマスター プロフェッショナル」は「100万円を超える時計」になったのです。1980年代の20万円台からついに5倍に。ただ、2021年以降の値上げについては、為替レートも依然として大きな理由のひとつですが、最大の理由は、ムーブメントの劇的な大進化にあります。

●最新の「スピードマスター プロフェッショナル」の驚くべき機能
「スピードマスター プロフェッショナル」の初代ムーブメントは、レマニアの「キャリバー27CHRO C12」ベースでコラムホイール式、振動数が毎時1万8000振動(毎秒5振動)というロービートの「キャリバー 321」。
アポロ計画で使われたのは、このムーブメントを搭載したモデルでした。そしてスカイラブ計画以降は、「キャリバー 321」を改良し実用性や耐久性が向上したカム式で毎時振動数2万1600振動(毎秒6振動)の「キャリバー861」、さらにその改良型の「キャリバー 1861」になりました。
しかし2021年、オメガはムーブメントを新開発の「キャリバー3861」に切り替えた現行の「スピードマスター プロフェッショナル」にスイッチします。

直径42㎜のSSケースに搭載されたキャリバー3861は、「861」という数字が名前に含まれているように、やはりその基本設計を継承しています。しかしその機能や性能は、“異次元”ともいえるほどに劇的に進化しました。
現代の時計では基本的な機能である、時刻修正するときに秒針を止める「ハック機能」を搭載。さらにオメガが誇る、高精度で耐久性に優れたコーアクシャル脱進機の採用で、精度は日差0秒からプラス5秒という高精度になり、メンテナンスの期間は通常の5〜8年を遥かに超えておそらく2倍以上に伸びました。

さらに画期的なのは、磁気帯びが起こらないシリコン製ヒゲゼンマイ、新開発の「ニバガウス」という金属素材を使うことで、スマートフォンやパソコンやバッグのマグネットなどに接触しても磁気帯びによるトラブルが起こらないで済む、現代の生活に対応した1万5000ガウスというケタ違いの耐磁性を実現したことです。その結果、最新の「スピードマスター プロフェッショナル」は、スイス計量・検定局(METAS)が検定する、いまもっとも厳しい精度&品質検定のひとつ「マスター クロノメーター」認定を取得しています。
現時点での価格は、伝統的なヘサライト(アクリル)風防でソリッドバックのモデルが116万6000円(消費税込)、傷が付きにくいサファイアクリスタル風防で、ケースバックから自慢のムーブメントの姿が楽しめるシースルーバックのモデルが134万2000円(消費税込)です。
デザインは歴代モデルのポイントを継承しつつ、シースルーバックのモデルのムーブメントには美しい装飾加工が施されています。100万円を超えるといっても、他の高級時計と比較すると、この値付けは驚くほど良心的、驚異的といえます。
またこの秋には、この手巻きのプロフェッショナルモデルの基本デザインを、コラムホイール式のクロノグラフ機構、コーアクシャル脱進機搭載でクロノメーター規格を取得した高精度の自動巻きで、しかも100万円を切る97万9000円(消費税込)で、しかもトレンドの直径38㎜サイズで楽しめる「スピードマスター 38」も登場しました。
昔と今、価格だけを比較すると「高いな」と思う人もいるでしょう。でもそれは誤解です。
今も昔もオメガの「スピードマスター プロフェッショナル」は、歴史的な名作であると同時に“もっとも良心的な価格で買えるスイス製機械式クロノグラフ”なのです。
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