「釣り具と時計」の不思議な関係? 北欧のフィッシングブランド“アブ・ガルシア”の起源と軌跡を探る【Behind the Product #12】
●小説家も愛した北欧生まれの銘機
釣りに親しんだことがある人ならば、「Ambassadeur(アンバサダー)」や「Cardinal(カーディナル)」の名を聞いたことがあるはず。
どちらもスウェーデンの“ABU”こと「AbuGarcia(アブ・ガルシア)」の誇るリールですが、その歴史は1921年にまで遡ります。今回は一世紀を超えるABUのモノづくりについて、ピュア・フィッシング・ジャパンのマーケティング本部の立原資朗さんとブランドマネージャーの石川智章さんに話しを聞きました。

VAGUE:創業当時のアブ・ガルシアについて教えてください。
立原さん:創業者のカール・オーガスト・ボーストロームはもともと、スウェーデンの懐中時計ブランドHALDA(ハルダ)社の時計職人でした。しかし、倒産してしまったため製造ラインや従業員ごと引き継ぐ形で、教会の跡地に「AB Urfabriken(ABウルファブリケン)社」を設立。それが1921年のことでした。
VAGUE:釣り具ブランドの起源が時計にあったとは。
立原さん:時計のほかにも、後にリールの名前にもなる「RECORD(レコード)」というタクシーのメーターも手がけていました。タクシーといっても、当時はいわゆる馬車だったそうです。
VAGUE:リールの名前の由来が「記録的な大きい魚」ではなく、タクシーの「走行距離の記録(レコード)」だったとは!
立原さん:自動車の普及とともに大きく飛躍するなか、1934年にカールが他界し息子のイエテが継承。しかし、数年後には第二次世界大戦が始まってしまいます。スウェーデンは参戦しませんでしたが、石油不足から車が規制されメーター事業が行き詰まります。
石川さん:リールの輸入も止まってしまったんです。子供のころからカールと釣りに親しんでいたイエテは「自分で作って販売しよう」と考え1941年、リールの「RECORD」を設計し生産を始めます。

VAGUE:「RECORD」は現在のリールと基本構造はさほど変わらないですね。
立原さん:レコードの試作サンプルは、ハンドメイドで合計100台が作られたそうです。経営者のイエテは優れた技術屋でもあり、大の釣り好きでもあったわけです。戦争が終わる1945年にはルアーなど、釣り具全般のアイテムを扱うようになりました。
●一世を風靡した丸型の「Ambassadeur」登場
VAGUE:ABUといえば、現在でも人気の真紅の丸型リール「Ambassadeur 5000」を思い浮かべる人も多いはず。
立原さん:アンバサダー(大使)の名を冠した「Ambassadeur 5000」が登場した1952年は、ABUにとって特別な年になりました。

石川さん:同機には遠心ブレーキのほかにも、現代のベイトリールでは当たり前のドラグやラインを平らに巻き取るレベルワインドを採用。イエテがアメリカのフィッシングショーに持ち込んだところ大反響となりました。
石川さん:1960年代には滑らかに回転するボールベアリングを採用した「5000 De Luxe」「5000C」が登場。飛距離が伸び、巻き上げパワーが飛躍的に向上するなど、ラウンド(丸型)タイプが完成の域に達しました。
VAGUE:5000Cは小説家の開高健氏も「時計の精妙さではたらいてくれるリール」と語るほどのファンでした。「Ambassadeurでなければ」というトップウォーター系のバスアングラーは多く、自分の生まれ年に製造されたモデルを探し愛用する人も。
立原さん:アンバサダーは今でも根強い人気で、古き良き時代のフォルムを忠実にトレースしながら、現代的な精度と機構で中身を磨き上げたファクトリーチューン仕様を限定モデルとして展開しています。
VAGUE:見た目だけの懐古主義とは違うんですね。
立原さん:「オリジナルを改変するとは何事か」というご意見もあります。ですが、当時の技術者が最高を求めて採用した素材や機構は、いまや大きく進化しました。ですから最新の技術やベアリングを使い、回転性能や強度をより高める方を選んだんです。
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