日本のモノづくりは本当に“オワコン”なのか? VAIO安曇野工場で見た「日本PCの正しい進化論」とは【家電で読み解く新時代|Case.33】
日本のモノづくり「オワコン」論への違和感
ここ十数年、「日本の家電やPCは世界ではもう勝てない」という言説が当たり前のように語られるようになった。
白物家電もAVも、グローバルシェアのランキングを見れば、かつての黄金期から大きく後退しているのは事実である。スマートフォンやPCの世界でも、上位は海外勢が占め、日本ブランドの名前は徐々に後ろへ追いやられてきた。
しかし家電スペシャリストとして各社の工場や開発現場を見続けてきた身からすると、「日本の技術力や品質が本質的に劣化した」とは到底思えない。むしろ、製造現場の執念ともいえるこだわりは、以前より研ぎ澄まされている部分すらある。
では何が変わったのか。変わったのは「評価軸」である。
かつてはハードのスペックやカタログ値が、そのままブランドの競争力につながっていた。しかしいまは、プラットフォーム、サブスク、エコシステム、UX……といった“ハードの外側”の価値が、急速に重みを増している。

世界のゲームチェンジャーたちは、ハードそのものではなく、ハードを起点とした体験やビジネスモデルを設計している。一方、日本のメーカーは「モノそのものの完成度」を極める方向で進化してきた。結果として、世界の評価軸との間にギャップが生まれた。
だからといって、日本のモノづくりを丸ごと否定するのは早計である。むしろ「モノそのものが極めて高品質である」ことは、評価軸さえアップデートできれば、再び強みになるはずだ。その仮説を、筆者は長野・安曇野のVAIO本社工場で確信に近いものに変えた。

VAIOが選んだ「ビジネスPC」で戦う道
VAIOは1997年、ソニーのPC事業として産声を上げた。ロゴに込められた「アナログ(VA)とデジタル(IO)の融合」というコンセプトや、C1に代表される“カメラ付きPC”など、当時からPCで何をするかを先回りして提案してきたブランドである。
やがてスマートフォンとタブレットが普及し、「ビデオやオーディオとコンピューティングを融合させる」というお題の多くは、モバイル端末側で実現されてしまった。
ソニーという巨大企業の中でPC事業の存在意義は揺らぎ、2014年、VAIOはPC専業会社として独立することになる。独立後の方向性について、現社長の糸岡氏はこう語る。
「ソニー時代のVAIOは、コンシューマー向けのイメージが強かったと思います。しかし独立後は、PCの本質的な役割をもう一度見つめ直した。PCは、コンテンツを“消費する”道具ではなく、アウトプットを“生み出す”道具である。そう考えると、その主戦場はビジネスの現場だとごく自然に見えてきたのです」

スマホやタブレットは、動画を見る、SNSを眺めるといった“消費”には最適化されているが、長文を書く、資料を作る、コードを書く、動画を編集するといった“生産”の作業になると、やはりPCが主役になる。VAIOはそこに賭けた。
大きな画面、きちんとしたキーボードとタッチパッド、長時間の業務に耐える堅牢性と信頼性。PCの「当たり前」を、他社よりも真面目に突き詰めれば、まだ戦える。その決断が、現在の法人比率約9割というビジネス構造に結びついている。糸岡氏はこう続ける。
「ノジマグループに入ったことで、法人市場で磨いてきた価値を、もう一度コンシューマーにも届けていける土台が整いました。VAIOというブランドを、単なる“懐かしい名前”で終わらせるつもりはありません」
VAIOは、コンシューマーから撤退したのではない。ビジネスPCという“原点”で勝負することで、日本のPCブランドの新しい立ち位置をつくろうとしているのである。

「二人の顧客」を同時に満たすという発想
VAIOの開発思想を語るうえで、取締役で開発本部長の林氏の言葉は象徴的である。
「法人PCには、二人のお客様がいるんです」
一人は、PCの導入を決める情報システム部門の担当者。もう一人は、実際にそのPCを毎日使う従業員である。林氏は、2014年前後に各社の法人向けPCを調査したときの印象を、こう振り返る。
「当時の法人PCは、調達する側の人たちにとって魅力的なスペックや価格になっている一方で、実際に社内で使うエンドユーザーが、気持ちよくモチベーション高く使えるような工夫がほとんど感じられなかったんです」
情報システム部門から見れば、管理しやすく、壊れにくく、価格が安いことが正義になる。しかし、そのPCを1日8時間以上触る従業員にとっては、打鍵感、画面の見やすさ、デザイン、重さといった“感覚的な要素”が、モチベーションに直結する。林氏は続ける。
「朝一番にPCを開いた瞬間に、『今日もまた灰色の一日が始まるな』と思ってほしくないんです。いい道具、かっこいい道具を開いた瞬間に、少しでも気分が上がる。そこからその日の仕事が始まる。法人PCであっても、その体験を大事にしたかった」
これは、SaaSやD2Cの世界で言われる「決裁者とユーザーの両方をハッピーにする」という発想とまったく同じである。決裁者だけを見ていると短期的なコストメリットは出せても、現場で使われず、結果的に“解約”されるプロダクトになってしまう。

コロナ以降、リモートワークが一気に広がり、「従業員と会社をつなぐ唯一の接点がPCになった」と林氏は指摘する。
「コロナ前は、オフィスの環境やカフェテリアに向いていた投資が、従業員のモチベーションを上げるPCに向かうようになりました。『ちょっといいPCを配ろう』と考えたときに、『それならVAIOなんじゃないか』と早期に気づいてくださったお客様が多かった。それが、ここ数年の業績の伸びにつながっていると思います」
VAIOの好調は、単なるブランド力でも、ノスタルジーでもない。二人の顧客の満足度を同時に高めるという、きわめて現代的な設計思想の結果である。

「カッコイイ・カシコイ・ホンモノ」という三つの軸
VAIOのものづくりを表すキーワードとして、林氏は「カッコイイ・カシコイ・ホンモノ」という三つの商品理念を掲げる。
「カッコイイは英語で“Inspiring”だと考えています。単に見た目が整っているというより、使う人の心をワクワクさせる、気分を上げてくれる存在であることです。
カシコイは“Ingenious”。スペックを盛るのではなく、独創的な工夫でユーザー体験を高めること。ホンモノは“Genuine”。素材や品質が本物で、簡単には古びないことです」
そして、この三つを支える思想が「機能美」である。ヒンジのデザインは、その象徴だ。VAIOの多くのモデルでは、液晶ディスプレイと本体をつなぐ蝶番が、使っているときにはほとんど見えない「インビジブル・ヒンジ」になっている。林氏はこう説明する。
「画面に集中したいとき、スクリーンのまわりに余計な要素があると、どうしても視線が散ってしまいます。だから、キーボードとスクリーンだけに集中できるように、ヒンジはなるべく見せない構造にしました。
さらに液晶を開いていくと、本体が少し持ち上がって、キーボードが打ちやすい角度になる“チルトアップヒンジ”も、VAIOのすべての機種に入れています」

背面の造形にも、徹底したこだわりがある。VAIOのノートPCを後ろから見ると、車のテールランプのような金属オーナメントと、スポーツカーを思わせる傾斜が目に入る。
「かっこいいスポーツカーって、後ろ姿が美しい。PCも同じで、後ろ姿をかっこよくしたかったんです。とはいえ、飾りだけを載せているわけではありません。背面の金属パーツは、液晶パネル下部の繊細な電子基板を守る補強板でもある。
さらにグリップ形状を工夫することで、どのモデルでも“さっと片手でつかんで持てる”ようにしました。見た目だけでなく、使ったときの所作まで含めてかっこよくなるように設計したつもりです」
素材へのこだわりも“本物”の重要な要素である。初代505で世界に先駆けてマグネシウム合金を採用した歴史から始まり、VAIO Zでは四面立体成形カーボンを採用し、超軽量かつ剛性の高いボディを実現した。
パームレストに使うアルミも、塗装ではなくアルマイト処理を施すことで、長年使用しても簡単にはテカりや剥がれが出ないようにしている。

カッコイイ・カシコイ・ホンモノ。これらは飾り言葉ではない。安曇野の工場で実際の製品や素材を手に取りながら話を聞くと、その一つひとつが具体的な設計や工程として落とし込まれていることが分かる。
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