やっぱスーパーカーといえばカウンタックだよね! 生産台数321台の“第3進化形”のうち唯一無二のオレンジに彩られたランボを発見 43年前に登場した「5000S」とは
「オーロ・サハラ」と呼ばれるカラーで仕上げられた唯一の5000S
2026年5月に開催されるRMサザビーズ主催のオークションに、珍しいボディカラーの1983年式ランボルギーニ「カウンタック5000S(Countach 5000S)」が出品される予定です。
どんなクルマなのでしょうか。
ランボルギーニを代表するモデルであるカウンタックの進化版(第3世代)として、5000Sは1982年に登場しました。ちなみに「500S」と呼ばれるモデルも同世代の同じ仕様で、主に欧州名と北米仕様の車名の違いとなります。
エンジン排気量は4754ccへと拡大され、ワイドなフェンダーフレアが採用されたことで、より迫力あるスタンスを実現しています。エンジンは375馬力・410Nmを発生しました。
また、8.5インチ幅のOzzeta Electronホイールが装着され、外観の存在感も一層高められました。
北米にはじめて正式輸出されたカウンタックで、北米仕様車には燃料噴射システムが採用されましたが、ヨーロッパ仕様車には6基のウェーバー製キャブレターが搭載され、アメリカ仕様よりも20馬力高い出力を発揮しています。
カウンタック全体では「オーロ・サハラ」と呼ばれるカラーで仕上げられた個体が3台存在するといわれていますが、本車両(シャシナンバーDLA12559)は、その中でも唯一の5000Sであり、非常に希少な存在です。

シャンパンカラーのレザー内装と組み合わされたこの個体は、1983年2月にランボルギーニで完成し、サウジアラビアのアル・アジダへと出荷されました。同年10月には現地で初登録されており、当時のオーナーは不明ながら、この鮮やかなカラーリングのカウンタックが1980年代半ばのサウジアラビアの道路でひときわ目を引く存在であったことは想像に難くありません。
本車は1980年代を通じてサウジアラビアに留まり、1989年3月にジェッダのファルーク・サレ・アボ・ゼイド氏から、リヤド在住のテレンス・スチュワート・クラーク氏へと売却されました。当時クラーク氏はサウジアラビア航空に勤務しており、ランボルギーニからの書簡によって、この車両の優れたオリジナル仕様が確認されています。
購入後まもなく、車両は再塗装され、ホワイトのボディにリアスポイラーと同色ホイールを装着した姿の写真が記録として残されています。その後クラーク氏は英国へ移住し、1990年にこのカウンタックを正式に輸入、北ウェールズの自宅で登録しました。1993年頃にはベルギーへ輸出されたと考えられています。
2005年には現在のオーナーがこの車両を取得し、イタリアへ戻されました。当時の走行距離は約3万2500kmで、その後10年間で約3000kmが追加されています。
この期間中のメンテナンスはトリノのアルファ・モトーリが担当していました。2016年には洪水による被害を受けたことをきっかけに、オリジナル仕様へのフルレストアが決定されます。
作業の監修はランボルギーニ・ポロストリコが担当し、実際のレストアは当時の公式パートナーであったミラノのカイアルティが手がけました。2022年に作業が完了した後、本車はランボルギーニの歴史を祝う公式イベント「ポロストリコ60ジーロ」にも参加しています。
その後はレストア直後の状態を保ちながら大切に保管され、これまで同様にアルファ・モトーリによる定期整備が続けられており、2026年4月にもオイル類の交換および点検が実施されています。

5000Sはわずか321台のみが生産された希少なモデルであり、洗練されたスタイリングと高い性能から、多くの愛好家にとって最も魅力的なカウンタックのひとつとされています。特にウェーバーキャブレターを備えたヨーロッパ仕様車は高く評価されており、その中でも唯一のオーロ・サハラ仕上げの5000Sは、現在の市場において際立った存在です。
そんな1983年式ランボルギーニ「カウンタック5000S」、落札予想価格は85万ユーロから95万ユーロ(1ユーロ=187円換算で、日本円で約1億5890万円から1億7760万円)とされています。
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