AIに証券口座をつないで大丈夫? ChatGPTが“自分の資産”を知る時代へ――でも売買は任せない、マネックス証券の取り組み
松本大氏とソニーから始まった「投資の民主化」
株式や投資信託の売買を取り次ぐ証券会社。そのなかで、インターネットを通じた取引を軸に成長してきたのがマネックス証券だ。出発点は1999年。米金融大手ゴールドマン・サックスで共同経営者を務めた松本大氏が、ソニーとの共同出資でマネックスを設立した。
掲げてきたのは「投資の民主化」。テクノロジーを使い、一部の専門家だけでなく、個人にも投資の機会を広げようという考え方だ。社名も「MONEY」のYを一文字前のXへ進めたもの。未来のお金との付き合い方をつくるという志が、名前にも込められている。
ただし、顧客の資産と個人情報を扱う金融では、新しい技術だからとすぐに導入できるわけではない。今回の開発でも、開発を牽引した若き担当者が、情報セキュリティ部門などと、仕組みや責任範囲について丁寧に確認を重ねたという。
前例を待たずに新しいサービスを出すことと、安全性を確保すること。その両立に取り組んだのが、2026年8月19日に発表された「MONEX MCP Server」だ。OpenAIの審査・承認を経たChatGPTプラグイン対応のMCPサーバーとして、主要証券会社初(※)となった。

証券会社のメニューを探さず、自分の言葉で質問する
話を聞いたのは、マネックス証券 システム開発三部 シニアマネジャー/マネックス・ラボ長の氏原天河氏。サービスの概要を尋ねると、「ChatGPTを通じて、自分の証券口座について教えてもらえる」と簡潔に説明してくれた。
MCPは、AIと外部サービスをつなぐ共通規格。USBのような「共通の接続口」と考えると分かりやすく、ChatGPTから証券口座などの情報や機能を呼び出せるようにする仕組みだ。今回のサービスでは、それを証券口座との橋渡しに利用。ChatGPTやClaudeから、口座内の情報を会話形式で確認できる。
たとえば「今、何の投資信託を持っている?」「今月の入出金は?」と尋ねる。すると保有商品や履歴をもとに回答が返ってくる。利用者が残高や取引履歴のページをそれぞれ探し、数字を手作業でAIへ渡す必要がなくなるわけだ。
氏原氏によれば、従来のWebサイトは、利用者の属性や使い方を想定して画面を設計するため、すべての人の希望を拾い切ることが難しかったという。
「初心者向けのサービスとか、上級者向けのツールとか、住み分けがあると思うんですけど、対話型で一人ひとりに最適化できるようになると、その使い分けがいらなくなってくる」
難しければ「もっと簡単に」、詳しく知りたければ「数字も見せて」と続けられる。家電でも、便利な機能があっても操作が難しければ使われない。今回の仕組みは、機能を増やすだけでなく、すでにある機能を使いこなすハードルを下げるものといえる。
「一般論を答えるAI」に、自分の資産という前提が加わる
デモで印象的だったのは、単なる残高確認にとどまらないことだ。自分の資産の組み合わせ、いわゆるポートフォリオについて尋ねると、資産分析サービス「MONEX VISION」の機能を呼び出し、その情報をもとに説明してくれる。
「100万円を追加するならどうしたらいい?」といった問いも、その一例。現在の資産構成を踏まえ、追加購入や配分の組み替えによってバランスがどう変わるかをシミュレーションできる。過去の資産推移を見る「MONEX VIEW」とも連携している。
氏原氏は、従来の分析サービスには、使いこなしている人がいる一方、難しいと感じる人もいるという課題があったと説明する。対話という入口を設けることで、専門的な画面操作に慣れていない人にも利用を広げる狙いだ。
ここは、単に口座の数字をAIへ渡すだけではない、マネックスならではの強みだろう。蓄積してきた資産データや分析機能を、生成AIの説明力と組み合わせられるのだ。
口座情報を知らないAIに「米国株を買うのはどう?」と聞いても、自分がすでにどれほど持っているかは伝わらない。連携によって、その前提を共有できる。ただし、把握できるのは連携先から取得できる範囲であり、他社の資産や家計まで自動的に分かるわけではない。
取材では、保有銘柄と外部ニュースを照らし合わせる使い方も紹介された。口座情報を提供するマネックスと、情報を調べて文章にするAI。それぞれの役割を組み合わせることで、「数字を見る」から「自分に関係する情報を理解する」へと用途が広がる。

非エンジニアのラボ長が動かした、新しい金融サービス
では、なぜマネックスはこの一歩を踏み出せたのか。氏原氏はもともとエンジニアではなく、入社後は新しいITサービスの企画やデザインなどに携わってきた人物だ。
本格的にAIへ取り組み始めたのは、育児休業から復帰した2025年夏ごろ。社内業務の効率化だけでなく、顧客向けのサービスにもAIを生かせないかと考え、開発環境へClaude Codeなどを導入。その過程で、AIとさまざまなサービスをつなぐMCPに着目した。
「この規格が浸透していくんだろうなと思ったので、いろいろなサービスから共通で利用してもらえる仕組みを作った方がいいだろうと」
支えになったのが、マネックス・ラボという組織だ。基幹システム全体を変更するのではなく、その周辺で新しいサービスを小さく試せる。氏原氏は、この環境があったことは大きいと振り返る。
情報セキュリティやコンプライアンスの担当者も、企画を突き返すのではなく、一緒に実現方法を考えてくれたという。新技術への理解に加え、社内で説明し、合意を得る工程が欠かせなかったのだ。
氏原氏には「証券会社で最初に出したい」という思いもあった。サービスを用意した後、OpenAIの審査・承認を待つ間は、他社が先に発表しないか気が気でなかったそうだ。「5月ぐらいからヒヤヒヤしていました」と笑う言葉からも、先行することへの意識がうかがえる。
起業家の視点で見ると、注目したいのは開発の速さだけではない。小さく試す部署と、リスクを確認する部署が協力できたこと。金融の慎重さを捨てずに前へ進む体制が、今回のサービスを支えていた。

できることを増やしても、AIに売買は任せない
便利になるほど気になるのが、「AIが勝手に株を買ったりしないのか」という点だ。現時点のMONEX MCP Serverは情報参照やシミュレーションのためのもので、実際の売買は行わない。
氏原氏は、売買までつなぐことは技術的には可能でも、提供する責任は大きく変わると説明する。発注時には本人の確認が必要であり、AIが意図と異なる動きをして、その確認をすり抜ける可能性を残したままでは実装できないという判断だ。
まずは取得できる情報を充実させ、取引については規格や確認の仕組みが成熟してから検討する。この線引きは、機能不足というより、顧客の資産を扱うサービスとしての設計思想と受け止められる。
もちろん、売買をしなければすべて安心というわけでもない。AIの説明には誤りが入り得るため、判断に使う数字や根拠の確認は必要だ。マネックスも本サービスを情報提供と位置づけ、投資助言や将来の成果を保証するものではないと明記している。接続には利用者自身のログインが必要で、AI側の設定から解除できる。
AIサービスへ渡る情報の範囲や利用条件を確認したうえで、必要な連携を選ぶ姿勢も欠かせない。

自社アプリへ呼ぶより、普段使うAIへ出ていく
今回、最も戦略的に興味深かったのは、サービスの入口をマネックスのサイト内だけに置かなかったことだ。氏原氏によると、自社内のAIサービス開発と、外部のAIにつなぐMCPの取り組みを並行して進めてきた。
MCPという共通規格を選んだことにも意味がある。特定のAIだけに専用の接続を作るのではなく、対応するAIへ機能を届ける道を用意できる。個別の実装や確認は必要だが、接続先を広げやすい設計と捉えられる。
証券会社へ利用者を呼び込むだけでなく、利用者が日常的に使うAIへ証券会社の機能を届ける。背景には、顧客との接点そのものが変わるという見立てがある。
「ChatGPTに行ったら、どんなサービスでもMCPでつないで使えるとなったら、個別のアプリを開くよりChatGPTを開いた方が楽だよね、という世界になる可能性はあると思っています」
これは将来像であり、現時点ですべての金融機関と接続できるわけではない。ただ、証券会社が競う軸が、アプリの使いやすさだけでなく、AIへどんなデータや機能を提供できるかへ広がる可能性を示している。
氏原氏は、普段からAIを使うものの、投資にはあまり縁のなかった層にも期待を寄せていた。新しい金融アプリの操作を覚えるのではなく、使い慣れた場所からお金について尋ねられることは、投資への距離を縮めるきっかけになりそうだ。
投資できる環境があっても、数字の読み方が分からなければ使いこなせない。MONEX MCP Serverが取り組むのは、その「理解」の壁だ。答えを任せきるためではなく、分からないことを自分の言葉で聞き、判断材料を整理するためにAIを使う。今回の取材では、マネックスが掲げてきた「投資の民主化」の次の形が見えてきた。
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