VAGUE(ヴァーグ)

「普通の人が、普通にいい音を聴けていない」――2990円ヘッドホンから見えたニトリ家電“安いだけ”のその先

大型家電をそろえたニトリ、その次に何をするのでしょうか

 2026年秋冬のニトリ新商品展示会には、家具、インテリア用品、生活雑貨など約420アイテムが並びました。ニトリ全体では今年の秋冬だけで約7000アイテムの開発を計画しており、年間では1万点以上の商品を開発しているといいます。

 その会場を家電スペシャリストとして歩いていて、今回とりわけ目に留まったのが当然家電でした。冷蔵庫、洗濯機、掃除機、調理家電に加え、ヘッドホン、スピーカー、サウンドバー、モバイルバッテリー、充電器、ワイヤレスチャージャーまで、デジタルガジェットの厚みが明らかに増しています。

 会場で家電商品部ゼネラルマネージャーの奥田哲也氏に聞くと、ニトリ家電が一つの節目を迎えていることが見えてきました。

 「これまでは、大型家電をしっかりやっていこうという段階でした。ただ、だいぶ知見もたまって、ラインアップもそろってきた。ここから本当にお客様に『さあ、選んでください』と提案できるところまで来たと思っています」

 単に「家具店にも家電があります」という段階から、家電を暮らしの選択肢として本格的に提示する段階へ進もうとしているのです。今回の展示は、その転換を象徴しているように感じました。

会場に設けられた「life+ audio」の展示。ヘッドホンやイヤホン、スピーカーなどがまとまって並び、大型家電中心だったニトリ家電が日常のデジタル領域へ広がっていることを象徴しています。
会場に設けられた「life+ audio」の展示。ヘッドホンやイヤホン、スピーカーなどがまとまって並び、大型家電中心だったニトリ家電が日常のデジタル領域へ広がっていることを象徴しています。

「品ぞろえ」から「提案」へ、家電事業のフェーズが変わりました

 ニトリはここ数年、冷蔵庫や洗濯機、テレビなど大型家電のカテゴリーを急速に拡大してきました。しかし、商品数が増えるだけでは事業の柱にはなりません。サイズや価格、機能の選択肢が整った次に必要なのは、「その家電で、どんな暮らしをつくるのか」という提案です。

 奥田氏は次のように話します。

 「ラインアップがそろってくると、次にやらなければいけないのは、ニーズが大きいのに、これまで十分にできていなかったところです」

 大型家電で培った商品開発の知見を、生活の周辺領域へ広げていく。その代表が、今回一気に存在感を増したオーディオやデジタルガジェットです。カテゴリーを増やすこと自体よりも、暮らしの中で提案できる領域を広げることに狙いがあると考えられます。

質疑応答で家電戦略を説明する、ニトリの家電商品部ゼネラルマネージャー・奥田哲也氏。大型家電で蓄積した知見を土台に、オーディオなど新しい領域へ提案を広げる考えを語りました。
質疑応答で家電戦略を説明する、ニトリの家電商品部ゼネラルマネージャー・奥田哲也氏。大型家電で蓄積した知見を土台に、オーディオなど新しい領域へ提案を広げる考えを語りました。

「普通の人が、普通にいい音を聴けていない」という問題意識

 今回、筆者がもっとも面白いと感じたのがオーディオです。会場には2990円、5990円、9990円と価格帯の異なるワイヤレスヘッドホンが並び、スピーカーやサウンドバーまで用意されていました。

 なぜ、いまニトリがオーディオなのでしょうか。公式の質疑応答で奥田氏は、市場を次のように見ていると説明しました。

 「オーディオは、大きく二つに分かれてしまっていると感じています。すごく高くて高音質なものと、安価で音質もそれなりのもの。スマートフォンで簡単に音楽を聴けるようになった一方で、普通の人が毎日の暮らしの中で、普通にいい音を聴ける環境が意外とないんです」

 ピュアオーディオには数十万円、数百万円という世界がある一方、数千円のイヤホンやスピーカーも大量に存在します。その間にいる「マニアではないけれど、毎日の音を少し良くしたい」という層には、確かにまだ提案の余地があります。

 「低価格でも、ちゃんといい音が聴ける。毎日本当に気軽にいい音が聴ける道具を作りたい。それで今回、新しいラインを立ち上げました」

「life+ audio」として展開するワイヤレスヘッドホン。2990円、5990円、9990円と複数の価格帯をそろえ、専門的なオーディオを身近な生活用品として選びやすくする狙いが見て取れます。
「life+ audio」として展開するワイヤレスヘッドホン。2990円、5990円、9990円と複数の価格帯をそろえ、専門的なオーディオを身近な生活用品として選びやすくする狙いが見て取れます。

エンジニアが加わり、「この価格でも、この音」を狙います

 奥田氏が強調したのは、低価格の商品をただ並べるのではなく、音そのものを作り込めるようになってきたことでした。

 「以前もオーディオを一部やっていましたが、どうしても値段なりの音にしかならなかった。でも、エンジニアが入ってきてくれて、音を作れるようになってきたんです。『この価格でも、この音が鳴るんだ』というところまで来たので、思い切ってやろうと」

 これはニトリ家電を見るうえで大きな変化です。価格競争力だけではなく、自社側に商品を評価し、チューニングし、価値を作り込む能力を蓄えようとしているからです。

 筆者もヘッドホンを試聴しました。もちろん高級オーディオと同じ尺度で比べる製品ではありません。しかし「この価格なら音質は二の次」という作りでもなく、装着感を含め、日常で気軽に音楽を楽しむための道具として興味深い仕上がりでした。

 「マニアのものではなくて、みんなのものにしていこうと思うと、こうなるんですよね」

 この奥田氏の言葉が、今回のオーディオ展開を端的に表しています。

オーディオ展示のサウンドバーとスピーカー。奥田氏は、エンジニアが開発に加わり「この価格でも、この音」と感じられる商品づくりができるようになったことが、本格展開の背景にあると説明しています。
オーディオ展示のサウンドバーとスピーカー。奥田氏は、エンジニアが開発に加わり「この価格でも、この音」と感じられる商品づくりができるようになったことが、本格展開の背景にあると説明しています。

大型家電は「常識を変える」から「日本のスタンダード」へ

 では、これまで強化してきた大型家電はどうなるのでしょうか。こちらも次のフェーズへ入ろうとしています。

 奥田氏との会話で象徴的だったのが冷蔵庫についての話でした。幅を狭くすれば日本の住宅には置きやすくなりますが、容量を確保しようとすると奥行きが深くなり、庫内奥の食品を取り出しにくくなります。背の低い人には最上段が見えにくく、手が届きにくいという問題もあります。

 「幅を狭くしても、奥行きが深くなれば使いにくい。実際に使う人のことを考えると、一番上に手が届かないということもあります。棚の使い方を変えれば、レイアウトもいろいろできますし、鍋を入れたいというニーズもある。そういうところまで考えて作っていきたい」

 容量や寸法といったカタログスペックだけではなく、日本の家庭に置いたときの身体動作まで設計に取り込もうとしている点に、現在のニトリ家電らしさがあります。

サイズや扉構成の異なる冷蔵庫を展示。設置しやすさだけでなく、奥行きや庫内の見やすさ、食品の取り出しやすさまで含めて、日本の住環境と使い方に合わせた設計が検討されています。
サイズや扉構成の異なる冷蔵庫を展示。設置しやすさだけでなく、奥行きや庫内の見やすさ、食品の取り出しやすさまで含めて、日本の住環境と使い方に合わせた設計が検討されています。

「これが日本のスタンダード」と胸を張れる家電を目指します

 奥田氏からは、さらに興味深い言葉が出ました。

 「去年までは『常識を変える家電を作ろう』と言っていたんです。でも、いよいよそこだけじゃないよね、と。『これが日本のスタンダードです』と胸を張って出せるものを作っていきたいんです」

 新規参入時には、既存メーカーと違う機能や価格で市場へ切り込むことが重要です。しかし一定の規模まで商品群が育てば、奇抜さだけでは事業の柱にはなりません。

 普通に使いやすく、価格にも納得でき、多くの人が迷わず選べること。その積み重ねこそ「スタンダード」を作ります。大型家電のラインアップがそろってきたからこそ、ニトリは価格だけではない“標準の作り方”を意識し始めているのでしょう。

冷蔵庫の庫内を実際の使用姿勢で確認する展示。最上段への手の届き方や、奥に入れた食品の見え方など、数値だけでは分からない使い勝手を生活者の動作から見直す姿勢が表れています。
冷蔵庫の庫内を実際の使用姿勢で確認する展示。最上段への手の届き方や、奥に入れた食品の見え方など、数値だけでは分からない使い勝手を生活者の動作から見直す姿勢が表れています。

コードレス掃除機は、日常の小さなストレスを潰していきます

 その姿勢はコードレスクリーナーにも表れています。今回の新モデルでは、サイクロン式と紙パック式をともに1万9900円に設定し、価格差ではなくゴミ捨て方式の好みで選びやすくしました。

 さらに最高13万5000回転の高速モーターを採用する一方、開発陣が重視したのが「髪の毛がブラシへ絡む」という日常的な不満です。回転ブラシの一部をゴムブレードへ変更し、ヘッド内部には細かなリブを配置。掃除を続けることで絡みついた毛をほぐし、吸い込みやすくする構造としました。

 担当者は「絡まない」とは言わず、あくまで「絡みにくい」と説明していました。ブラシ端部などにはまだ毛が入り込む場合があり、「ここは今後の課題」と率直に話していた点も印象的でした。

コードレスクリーナーのヘッド内部。回転ブラシの一部にゴムブレードを用い、内部のリブと組み合わせることで、掃除中に絡んだ髪の毛をほぐして吸い込みやすくする工夫が盛り込まれています。
コードレスクリーナーのヘッド内部。回転ブラシの一部にゴムブレードを用い、内部のリブと組み合わせることで、掃除中に絡んだ髪の毛をほぐして吸い込みやすくする工夫が盛り込まれています。

派手な新機能より、「毎日ラクになる」を積み上げます

 実演では、意図的に回転ブラシへ絡ませた毛が、掃除を続けるうちに減っていく様子を確認できました。そもそも実使用では毛束をそのまま吸い込んでしまうことも多く、開発担当者がデモのために「あえて絡ませる」ことに苦労していたほどです。

 筆者は、こうした地味に見える改良を評価したいと思います。家電の進化はAIやセンサーのような派手な技術だけではありません。掃除の後にブラシから髪の毛を切り取る回数が減る、といった小さなストレスの解消も、毎日使う家電では大きな価値になります。

 スペック競争から生活者の不満解消へ。ここにも「スタンダード」を作ろうとする姿勢が表れています。

新しいコードレスクリーナーを床面で実演している様子。派手な機能を競うのではなく、吸引力やブラシのメンテナンス性など、日常で繰り返し感じる負担を減らす改良が重ねられています。
新しいコードレスクリーナーを床面で実演している様子。派手な機能を競うのではなく、吸引力やブラシのメンテナンス性など、日常で繰り返し感じる負担を減らす改良が重ねられています。

オーディオも充電器も照明も、暮らしの中でつながります

 今回の展示では、オーディオに加えてモバイルバッテリー、充電器、ワイヤレスチャージャーなども厚みを増していました。さらに照明も、単体の商品群としてではなく、家具やインテリアと一緒に見せる方向へ進んでいます。

 奥田氏は、オーディオのカラーについても、AV機器らしい黒一色ではなく、家具やインテリアになじむ中間色を意識していると説明しました。

 「マニアのものではなく、みんなのものにするなら、色もこうなるよね、ということです」

 照明についても考え方は同じです。

 「せっかく生活空間をコーディネートできるのであれば、その中に照明がある方が、お客様も自分の家をイメージしやすい。商品を横に並べているだけとは、提案の仕方が変わってくると思っています」

 テレビ、音、充電、照明までが家具のある空間に溶け込む。ここに、専業家電メーカーとは異なるニトリならではの可能性があります。

充電器やワイヤレスチャージャーなどのデジタルガジェットもラインアップを拡充。家電を単体で考えるのではなく、スマートフォンを置く場所や充電する行為まで含めて生活空間を組み立てようとしています。
充電器やワイヤレスチャージャーなどのデジタルガジェットもラインアップを拡充。家電を単体で考えるのではなく、スマートフォンを置く場所や充電する行為まで含めて生活空間を組み立てようとしています。

「なぜニトリで家電を買うのか」への答えが見え始めました

 今回の展示会で似鳥昭雄会長が強調したのが「コーディネート」です。家具やファブリックから家電まで、カテゴリーを超えて色、素材、スタイルをつなぎ、「コーディネートをみんなのものにする」という方向を示しました。

 新しいカテゴリーへ参入するだけなら難しくありません。難しいのは、増えた事業を一つの企業として意味のある形につなげることです。ニトリの場合、その共通言語が「コーディネート」なのでしょう。

 もちろん家電市場には、何十年も技術を積み重ねてきた国内外のメーカーや、音だけを追求してきた専門ブランドがあります。だからこそ、これから問われるのは商品数ではなく、「なぜ、この家電をニトリで買うのか」という理由です。

 その答えの輪郭は今回、少し見えてきました。家具、インテリア、照明、家電、オーディオ、デジタルガジェットまでを「自分はどう暮らしたいのか」という一つの視点で選べるようにすることです。

会場に並んだドラム式洗濯乾燥機。大型家電は容量や価格の選択肢を広げながらラインアップを整備しており、ニトリ家電が「そろえる段階」から「選んでもらう段階」へ進む土台になっています。
会場に並んだドラム式洗濯乾燥機。大型家電は容量や価格の選択肢を広げながらラインアップを整備しており、ニトリ家電が「そろえる段階」から「選んでもらう段階」へ進む土台になっています。

 ニトリの家電は今、「品ぞろえを増やす家電」から「暮らしをつくる家電」へ移ろうとしています。半年ごとに取材していると、その変化の速さを実感します。「ニトリ家電とは何か」という問いへの答えが、ようやく商品群として見え始めました。次の半年でその輪郭がどこまで鮮明になるのか、引き続き追いかけていきたいと思います。

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滝田勝紀
滝田勝紀
VAGUE家電統括プロデューサー
モノ雑誌の編集に15年以上携わり『デジモノステーション』編集長を歴任。現在は家電スペシャリストとして、国内外の最新テクノロジーを長年取材。All About家電ガイドやMakuakeエバンジェリスト、楽天ROOM公式インフルエンサー(フォロワー56万人超)など幅広く活動する。海外取材経験も豊富で、欧州家電メーカー本社や世界最大級の見本市「IFA」への造詣も深い。また、Z世代向けメディア運営やPR会社経営の傍ら、インテリアスタイリスト窪川勝哉氏とのユニット「𝒾𝓃𝒞𝒶𝒹𝑒𝓃𝓏𝒶」で家電開発も手掛ける。機能とデザインの両面から、心地よい暮らしのあり方を提唱している。

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