ホンダF1挑戦から60年 角田裕毅選手の運転でグッドウッドで蘇った F1初優勝マシン「RA272」って?
「お婆ちゃんとデートするみたいに、優しく扱ってあげてね」
そもそも、RA272はホンダが当時のF1で成功を収めることだけを考えて開発されたマシンです。

その夢は、1965年最終戦のメキシコGPで優勝することで果たされますが、当時の技術者たちは、このクルマが60年後にイギリスのヒルクライムコースを走ることになるなんて、夢にも思わなかったことでしょう。
だから、本当はエンジンを始動させるだけでも大変な苦労が伴うそうです。いえ、それは苦労というよりも運を味方につけなければ成し遂げられないくらい、難しいことだといいます。
事実、初日の走行ではスタート地点でエンジンがなかなかかからず、主催者判断で出走順を後回しにされる事態に追い込まれました。
このときも、直前には難なくエンジン始動に成功していたのですが、「いざ本番」というときになってエンジンがぐずり始め、メカニックの方々がスターターモーターの冷却に始まって外部バッテリーの交換、ついには押し掛けと、ありとあらゆる手を尽くしても、エンジンが動き出すことはありませんでした。
それで一旦、スタート地点から離れ、同じ手順を踏んでもう1度、始動を試みたところ、奇跡的にエンジンがかかり、主催者の許可を得てヒルクライムに挑むことができたのです。
私はその様子を間近で見つめていましたが、絶望的ともいえる状況に追い込まれても、焦ることもなければ諦めることもなく、冷静に、そして真剣に作業に取り組むメカニックたちの仕事振りには深く心を打たれました。
そんな思いは、観客の皆さんにも通じたのか、エンジンがかかった瞬間にはときならぬ拍手が起きたほど。
この日は、ホンダ以外にも名だたるF1チームがマシンを持ち込んでいましたが、エンジンがかかっただけで拍手が沸き起こったのは、私が知る限り、ホンダだけでした。1.5リッターV12エンジンの音色はそれほど美しかったともいえますし、メカニックたちの苦労がなんらかの形で観客にも伝わって感動を生み出したともいえるでしょう。
さんざん苦労して走行にこぎ着けた初日に比べると、角田選手がステアリングを握った2日目はなにもかもがスムーズに進行しました。
さすがに、スタート地点でのエンジン始動には少しだけ手間取りましたが、前日に比べればその症状ははるかに軽く、スタート順を少し遅らせてもらっただけで角田選手はヒルクライムに挑んでいきました。しかも、初めて操るRA272を、角田選手は労りつつもスムーズに走らせて私たちを驚かせたのです。

「スタート前に、宮城さんから『お婆ちゃんとデートするみたいに、優しく扱ってあげてね』とアドバイスいただいたのが、よかったみたいです」 走行後の角田選手は、私にそう話してくれました。「とにかくダイレクトな反応でしたが、気持ちよく走らせることができました。エンジン回転数を高めたときの振動も心地よくて、現代のクルマにはない感触を味わいました」
この日、角田選手は計2回、RA272を走らせる予定でしたが、2回目の走行前にレッドブル・レーシングからの依頼を受け、2022年モデルのF1マシンであるRB22を急遽ドライブすることになります。
角田選手のファンであれば、これを聞いて「お、ついにレッドブル昇格が決まったか!」と思いたくなるところですが、実際は、イベントの進行が遅れた関係で、当初RB22をドライブする予定だったセルジオ・ペレス選手が会場をあとにしてしまったため、窮地に追い込まれたレッドブルがホンダに依頼する形で角田選手のレッドブル搭乗が実現したのです。
こんな奇跡を起こしてしまうあたりも、F1ドライバーの角田選手ならではといえるかもしれません。
いっぽうで、空席となったRA272には宮城さんが乗り込み、こちらも無事に走行を終えました。しかも、前日とは打って変わってエンジンは順調にかかったのですから面白いものです。
「ここまで長い道のりでしたが、最後は気持ちよくRA272を走らせることができて、本当によかったです」と宮城さん。それは、メカニックの皆さんに対するねぎらいの言葉であったと同時に、60年前にホンダF1の挑戦を可能にした先人たちに贈られた言葉だったようにも私には思えました。
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