「BMW M社の原点」となったレーシングプロトタイプとは? クラシックカー販売店に並んでいたBMW「3.0 CSL Werks」の歴史的価値が気になる
劇的な形で登場した「3.0 CSL」の“バットモービル”エアロ
この空力パッケージが歴史に刻まれることになったのが、1973年シーズンの出来事です。7月1日付で、FIAによる“バットモービル”キットのホモロゲーションが承認されましたが、そのタイミングが実にドラマチックでした。
6月30日におこなわれた「DRMマインツ フィンテン戦」の予選を、「E9/R1」はまだ“バットモービル”キットなしの姿で走行していました。ところが、深夜0時を過ぎて日付が7月1日になり、ホモロゲーションが承認されると同時に、ファクトリーエンジニアたちはすぐさま動き出します。
「E9/R1」は地元のBMWディーラーへ運び込まれ、スタッフ総出で徹夜の作業が開始されました。エアロパーツ一式の装着に加えて、エンジンも3.5リッター仕様へとアップグレード。この作業は明け方まで続き、完成したばかりのマシンのひとつはメカニックが公道を走らせてサーキットへ戻り、そのままスタート直前にすべり込んだ――そんなエピソードまで残されています。
その甲斐あってか、「E9/R1」は1973年シーズンに目覚ましい活躍を見せます。8月5日、F1「ドイツGP」のサポートレースとして開催された「ニュルブルクリンク戦」で初優勝。続く「カッセル・カルデン戦」、そして9月2日にノルトシュライフェで開催された「ADAC 500km アイフェルポカールレンネン」でも勝利を重ね、BMW Motorsport GmbHの名を一気に世に知らしめました。
1973年シーズン終了後、BMW Motorsport GmbHは翌年のIMSAチャンピオンシップに参戦するアメリカのレーシングチーム、ハーティッグ・チーム・リブラ(Hurtig Team Libra)に「E9/R1」と姉妹車(シャシー2275997)を売却します。

今回販売されていた「E9/R1」に付属する資料には、BMW Motorsport GmbHからハーティッグ・チーム・リブラ宛てに発行されたオリジナルの請求書が残されており、そこには9万9000ドイツマルクという当時の価格が記載されていました。
ハーティッグ・チーム・リブラは、1974年のIMSAシリーズで好成績を収めた後、シーズン終了とともに両マシンをメキシコシティのダニエル・ムニスへ売却。これを機に、2台はレースの第一線を退くことになります。
1980年代になると、「E9/R1」は著名なBMWコレクターであるリチャード・コンウェイのコレクションに加わり、再びスポットライトを浴びるまでしばし静かに保管されることになりました。
久々に公の場に姿を見せたのは、2021年の「グッドウッド・フェスティバル・オブ・スピード」です。このとき「E9/R1」は“バットモービル”エアロを取り外した姿でヒルクライムに登場し、往年のファンを歓喜させました。
さらに2025年8月、イギリス・ブレナム宮殿で開催された「サロン・プリヴェ・コンクール・デレガンス」では、“バットモービル”仕様に復元された姿でエントリー。「Most Iconic Car(最もアイコニックなカー)」賞を獲得し、その歴史的価値にふさわしい評価を受けています。
今回、ディラン・マイルズのショールームに並んでいた「E9/R1」が、最終的にいくらで落札されたのかは公表されていません。しかし、BMW M社の物語を語る上で欠かすことのできない“原点”ともいえる1台だけに、相当高額だったことは想像に難くありません。
新たなオーナーの元で大切に守られ、時折、歴史的イベントの場でその雄姿を見せてくれれば――。クルマ好きとしては、そんな未来を願わずにはいられません。
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