【独占インタビュー】寺尾玄の苦悩から生まれた魂の「The Clock」。バルミューダは“家電メーカーからの脱却”を計れるか?【家電で読み解く新時代|Case.39】
為替ショックと米国進出の挫折——経営者の苦悩から始まった「The Clock」開発
トースターや扇風機など、生活家電の世界に「体験価値」という概念を持ち込み、日本の家電市場に独自の存在感を築いてきたバルミューダ。
その創業者であり代表取締役の寺尾玄氏が、久しぶりに自らプロダクト開発の中心に立ち、ゼロから構想したのが「The Clock」である。
しかしこの「The Clock」誕生の背景には、単なる新製品以上の物語がある。上場企業の経営者として背負うプレッシャー、急激な円安、海外展開の挫折、そして眠れない夜の時間——。それらすべてを経て、寺尾氏は「時間との向き合い方」を問い直す道具を作ろうとしたという。
それもあり、インタビュー冒頭、「The Clock」の話ではなく、経営者としての話から始まった。
「為替ですごく泣かされていて。原価が1.5倍とか1.6倍になってしまって、商品企画が成立しにくくなった」
バルミューダは日本市場を中心としたプレミアム家電ブランドとして知られているが、製造は主に海外に依存している。ここ数年の急激な円安は、そのビジネスモデルに大きな影響を与えているという。
「以前なら3万円で成立した企画が、今は4万5000円になる。そうすると“それ売れるの?”という話になってしまう」
さらに寺尾氏は、昨年計画していた米国市場への進出についても語った。実はバルミューダは、アメリカ市場への本格参入を視野に入れ、販売体制や物流、マーケティングなどの準備を進めていた。しかしその矢先、歴史的な円安、トランプ政権による追加関税の影響が直撃することになる。
「すでに多くの投資が進んでいたため、結果としてかなりの損害を出した」と寺尾氏は淡々と語る。しかしこの経験が、ある意味でバルミューダの戦略を見直す契機にもなった。

「全人類が使う道具」を作る——生活家電メーカーからの脱却
生活家電は文化や生活習慣に強く依存するカテゴリーだ。トースターは日本や韓国では大ヒットしても、中国では食文化が異なり、同じようには行かない。加湿器は東南アジアではほとんど必要とされない存在。
「生活家電って、実はローカライズの塊だから。グローバルでの商売の難しさを痛感している」
この現実が、バルミューダという会社の次の方向性を考えるきっかけになった。寺尾氏は現在の会社の状況を、こう表現する。
「生活家電メーカーから脱皮しようとしている」
では次に何を作るのか。寺尾氏が考えたのは、「全人類が使う道具」だった。
「まず分母があって、その中にバルミューダらしい体験価値が入っているものを作らないといけない」
その結果たどり着いたのが、時計というカテゴリーだった。時計は文化や生活習慣に左右されない。世界中の多くの人が使う道具である。しかし寺尾氏が作ろうとしたのは、単なる時計ではない。
「1日を良くするための道具を作りたくて」
朝はやさしく起こす。昼は集中を助ける。夜はリラックスを促す。そして自然に眠りへと導く。つまりこの「The Clock」は、時間を「管理する道具」ではなく、時間を「整える道具」として設計されている。
その思想の背景には、寺尾氏自身の経験がある。
「実はこれ、最初は自分が眠るために作ったんですよ」

経営者の眠れない夜から生まれた「時間との向き合い方」
経営者という立場は、外から見る以上に重い。会社の未来、社員の生活、株主の期待。そのすべてを背負う。
「大人になると眠りにつけないんですよ(笑)。立場上、いろいろ考えてしまう」
夜、静かな部屋で横になる。しかし頭の中は止まらない。この感覚は、多くの経営者が共有するものだろう。筆者も起業家として会社を経営する立場にある。過去には投資を受けていたこともある。
もちろん寺尾氏の背負う上場規模と比べ、責任は比べるべくもないほど小さい。それでも夜中に天井を見ながら思考が止まらない時間を過ごした経験は何度もある。だからこそ、このプロダクトの話は単なる家電開発のストーリーではなく、「時間との向き合い方」を問い直す道具のように感じられた。
寺尾氏が今回の「The Clock」について語る中で、印象的だった言葉がある。
「スマートフォンってすごくソーシャルな道具なんですよ。情報の玄関というか」
便利な一方で、情報が絶えず流れ込んでくる。それは休息の時間とは言い難い。
「アラームをこの『The Clock』にしてから、スマホを寝室にも持ち込まなくなったんです」
それだけで、空間の質が大きく変わったという。夜、「The Clock」の「Relax Time」モードを使うことで、寝室に行く前のチルな時間、ウイスキーを片手にそれまではiPadが相棒だったが、自然と読書をして過ごすようになったという。
「通信機器がない空間って、ものすごく気が楽なんですよ」
現代の生活は常にオンラインでつながっている。通知、ニュース、SNS。それらは便利だが、同時に私たちの時間を分断している。この「The Clock」は、そうしたデジタル環境から少し距離を置くためのインターフェースとして設計されている。

光と音、そしてアルミ削り出し——プロダクトとしての「The Clock」
その思想は、具体的なプロダクト設計にもはっきりと表れている。今回の「The Clock」は、従来の目覚まし時計とは大きく異なる設計思想で作られている。時間を表示する道具であると同時に、人の生活リズムそのものを整えるインターフェースとして考えられているのだ。
「朝起きるためだけの道具にはしたくなかったんです。1日を通して使える“時間の道具”にしたかった」
朝のアラームは、いきなり大きな音で起こすのではなく、光と音を組み合わせて徐々に覚醒へ導く仕組みになっている。
「設定時間の3分前からあらかじめ設定した自然音などが静かに鳴り始め、少しずつ意識が起きるような感覚で定刻にアラーム音が鳴るようにしました。空間に広がるサウンドによって、体が自然と朝を認識していくように調整しました」
さらにこの「The Clock」は日中の時間にも役割を持つ。集中するための「Timer」機能や、先に触れた「Relax Time」モードなど、時間の過ごし方を整える複数のモードが用意されている。
操作は本体上部に配置されたクリックホイールで行う。回す、押すというシンプルな操作で直感的に機能を切り替えられる。
「触っていて気持ちいい操作感に仕上げたかった」
多くのデジタル製品がタッチパネル化する中で、この「The Clock」はあえて物理操作の気持ちよさを重視している。
今回の「The Clock」で目を引くのが、アルミ削り出しのボディが生み出す質感だ。触れた瞬間にわかる精度の高さは、一般的な時計の筐体としては明らかにオーバースペックとも言える。
その背景には、寺尾氏が近年取り組んできた別のプロジェクトがある。Appleの元チーフデザインオフィサーとして知られるジョニー・アイブ氏との「Sailing Lantern」の開発だ。
「プロジェクトを通して紹介してもらったサプライヤーに、今回『The Clock』の製造をお願いしたんです」
世界のトップクリエイターと同じテーブルでプロダクトを作る経験。寺尾氏は彼らを支えてきた世界トップレベルのサプライヤーとも数多く出会い、そこで築かれた技術的なつながり。それが今回の「The Clock」にも生きている。

家電は「売って終わり」ではない——サービス時代のバルミューダ
もうひとつ興味深いのは、今回の「The Clock」がアプリと連携する設計になっている点だ。
「家電だけではなく、サービスという軸も作りたいと思っているんです」
家電業界は今、「ハードからサービスへ」という大きな転換期にある。AppleはiPhoneというハードウェアを軸に、App StoreやApple Musicといったサービス収益を拡大してきた。
家電はもはや「売って終わり」のビジネスではない。体験を継続的に提供するビジネスへと変わりつつある。今回の「The Clock」は、将来的なサブスクリプション型のサービスのためのインターフェースとして設計されている可能性がある。
これまで家電は、便利さを追求するものだった。速く、強く、効率よく。しかし成熟した社会では、その価値は変わりつつある。今求められているのは、生活の「質」を高める道具だ。

ゆっくり起きる朝。集中できる昼。落ち着いた夜。
今回の「The Clock」は、その方向性を象徴するプロダクトと言えるかもしれない。もしこの挑戦が成功すれば、バルミューダは単なる生活家電メーカーではなく、「時間の体験」をデザインするブランドへ進化する可能性がある。
その未来を刻む針は、今、静かに動き始めたところだ。
製品概要
The Clock(ザ・クロック)
価格:5万9400円(税込)
サイズ:W75×D36.5×H105mm
主素材:アルミ削り出し
重量:259g
機能:Light Hour/Alarm/Timer/Relax Time
接続:専用アプリ「BALMUDA Connect」
発売:2026年4月中旬
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