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67年前に酷評された「ダットサン」がオークションに登場! 「アメリカに初めて上陸した日本車」の価値がついに認められた理由とは?

日本車が北米を席巻する際の糧となった偉大なる“失敗作”

 現在の日本では、国産メーカーの牙城を脅かすような中国車の本格進出はまだ見られていません。しかし、歴史を振り返れば、1958年にアメリカへ初上陸した(後に日産となる)ダットサンの210型「1000」も、同様にアメリカ車ブランドの牙城を崩すまでにはいきませんでした。

 そんな歴史的な1台であるダットサン「1000」が、先ごろアメリカのオンラインオークションサイト・Bring A Trailerに登場。3万5000ドル(約517万円)という価格で落札され話題を集めました。

ダットサン「1000」の210型は1957年に登場。日産が北米市場に進出する際の足がかりとなった
ダットサン「1000」の210型は1957年に登場。日産が北米市場に進出する際の足がかりとなった

 1970年代に、「240Z」や510型「ブルーバード」といった名車で世界を席巻するまで、ダットサンブランドのアメリカ挑戦は決して華々しいものではありませんでした。

 というのも、アメリカの地に初めて上陸した210型「1000」は、見た目も性能も当時のアメリカ車とは対極的な存在だったからです。

 全幅をたっぷり取り、低い全高を組み合わせたスタイリングを持つモデルが全盛だった当時のアメ車と比べると、全長3860mm、全幅1466mm、全高1536mm、ホイールベース2220mmというダットサン「1000」は異様に背が高く、幅が狭い印象を与えました。それはまるで巨大化した軽自動車のようなたたずまいであり、トランク部分も後づけしたかのような印象を与えてしまったようです。

 またパワートレインは、イギリスのオースチン「A50」用をベースとする988cc直列4気筒OHVエンジンで、最高出力は34ps、最大トルクは65Nmを発生。当時のクライスラー車は300psも珍しくなかったことから、彼の地の人々には非力に映ったことでしょう。

 1958年の『ロード&トラック』誌に掲載されたテスト結果は、0-60mph加速46秒、最高速66mph(ダットサンの公称値は75mph)というもの。それに対する同誌の評価は容赦がないもので、「成功するクルマはライバルより優れた性能、燃費、魅力のいずれかを持つべきですが、ダットサンはそのすべてが不足しています」と辛辣なコメントで結ばれています。当時のアメリカにおける日本車の立ち位置を物語るものといえるでしょう。

 しかし、アメリカ初上陸を果たした「1000」での経験は、決してムダではありませんでした。ダットサンはこの経験を糧に改良を重ね、わずか10年後には510型「ブルーバード」が“手ごろな価格のBMW”として熱狂的な支持を獲得。「240Z」に至っては、アメリカのスポーツカー市場を根底から変える存在となったのです。

 今日のアメリカにおける日本車の地位は、小さな開拓者であった「1000」の失敗の上に築かれたもの、といっても過言ではありません。

Next歴史的価値が評価された貴重な1台
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