やっぱスーパーカー世代のヒーローは「ミウラ」だよね! 半世紀以上前に登場した「黄色いランボ」がオークション登場 どこから見ても美しい“後期型”の価値とは
走行距離は3万8500kmの極上個体
まもなくオンライン開催されるブロードアローオークションに、1971年式ランボルギーニ「ミウラP400S」が出品される予定です。
どんなクルマなのでしょうか。
ミウラP400Sは、初代ミウラを発展させた熟成モデルとして1969年に登場しました。
外観では、フロントウインドウやヘッドライト周囲のトリムが従来のマットブラックから明るいメタル仕上げへと変更され、より洗練された印象を与えています。
エンジン出力も350馬力から370馬力へと向上し、室内にはパワーウインドウが標準装備されるなど、スイッチ類の配置変更や助手席グラブハンドルの改良によって快適性も高められました。生産期間中も改良は続けられ、エアコンがオプション設定されたほか、1970年4月以降はベンチレーテッドディスクブレーキも選択可能となっています。
今回オークションに出品される個体は、1971年2月9日に完成したミウラP400Sで、総生産338台のうちの1台にあたります。
新車時はロッソ・コルサのボディにネロレザーのインテリアという組み合わせで、後期型ならではのVディスクブレーキと、希少なファクトリーエアコンを備えていました。イタリア・サンタアガタで完成後、スペインのディーラーであるヴェラ・ムリーリョに出荷され、1971年2月26日に登録されています。
その後、強い日差しの影響でロッソ・コルサの塗装が大きく退色したため、オーナーは気候に適した淡いイエローへと再塗装することを決断しました。
本車はスペイン初のミウラとされ、シャシ番号4809は「TF69175」のナンバーで登録されていたことが知られています。

当時の写真資料も豊富に残されており、初代オーナーがステアリングを握る姿や、1972年に南テネリフェの観光複合施設「プラヤ・デ・ラス・アメリカス」の広告に登場したことも確認されています。その後はマヌエル・ハシント・ボルヘス・ベルサ氏の手に渡り、1980年に走行距離約2万5000kmの状態でスイスへ輸出されるまで、スペインに留まりました。
1988年にスイスで2人目のオーナーが取得した後、1993年には公道走行から退き、10年以上にわたり保管されていました。
2006年から2011年にかけては大規模なレストアが実施され、その内容は写真や請求書によって詳細に記録されています。
メカニカルな作業はグラーバー・スポルトガラージAGが担当し、オリジナルのドライブトレイン(シリアルナンバー30600)のフルリビルドに加え、最終型ミウラSVのみに採用されたスプリットサンプ方式への改良も施されました。
この改良により、エンジンとトランスアクスルで異なるオイルを使用できるようになり、ハードなコーナリング時の油圧低下を防ぐと同時に、信頼性が大きく向上しています。サスペンション、ブレーキ、電装系、計器類の再生や完全組み立てまで含めた機関系レストアの総額は、付加価値税込みで23万5000スイスフランを超えています。
外観については、本車が長い期間まとってきた特徴的なジアッロ・ミウラのボディカラーが選択され、インテリアは新車時と同様のネロレザーで丁寧に仕上げられました。
さらに2025年9月には再びグラーバー・スポルトガラージに入庫し、2万スイスフラン以上に及ぶ追加整備が実施されています。現在の走行距離はカタログ作成時点で3万8500kmで、これは実走行と考えられており、レストア後の走行距離は2000km強にとどまっています。
この1971年式ランボルギーニ「ミウラP400S」、落札予想価格は160万ユーロから180万ユーロ(1ユーロ=181.9円換算で、日本円で約2億9100万円から3億2741万円)とされています。
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