「私たちがソニーの“理想工場”を引き継ぐ」――BRAVIA×TCL合弁の日にVAIO社長が明かした決意とは【家電で読み解く新時代|Case.32】
ソニーの成長エンジンと連動する合理的な一手
ソニーのFY24の数字を改めて眺めると、BRAVIAを含むET&Sセグメントは売上がやや縮小しながらも、コストコントロールによって利益を維持している。
一方で、ゲームや音楽、イメージセンサーといった「コンテンツと半導体」の領域がソニー全体の成長エンジンになっている。
この構造を踏まえると、テレビ事業を自前で抱え続けるよりも、TCLと組んで規模の経済を活かしつつ、「ゲーム・映画・音楽・イメージング」と連動した“映像体験プラットフォーム”としてBRAVIAを再設計していく方が、ソニー全体としても合理的だと言える。
BRAVIAのロゴが付いたテレビでPlayStationを遊び、ソニー・ピクチャーズの映画やアニメを観て、ソニー・ミュージックの音楽を楽しみ、さらにはソニーのカメラで撮った写真や動画を大画面で表示する──そうした“ソニー横断の体験”を、世界中のリビングにどう届けていくか。その勝負を本気でやるための現実解が、今回の合弁だと筆者は見ている。

それでも「ソニーの魂」はどこへ行くのか?
BRAVIAのニュースをめぐって議論が起きる一方で、筆者の頭にずっとひっかかっていた問いがある。それは「ソニーという企業は、どの地点で“ものづくり”から距離を置き始めたのか」ということだ。
もちろん、ソニーは今もセンサーやレンズといったハードウェアのコア技術では世界の最前線にいる。ただ同時に、グループ全体の向かう先はコンテンツやIP、サービス、ソリューションへと大きく舵を切っている。
それ自体は決して悪いことではない。しかし、かつてソニーを“自由闊達な技術者集団”として象徴していた文化は、今どこに息づいているのだろうか。
こう考えたとき、自然と頭に浮かんだのが、同じソニーの系譜にありながら今はまったく違う環境にいるVAIOの存在だった。
奇しくもBRAVIAのニュースが出た翌日、筆者は長野・安曇野でVAIOを率いる糸岡健社長に会う機会があった。せっかくなので、ストレートに聞こうとしたところ、自らメディアの前で語りだした。
「ソニー本社の1階には、かつて“理想工場”と呼ばれた時代の理念が展示されています。私は偶然、昨年の1月に訪問する機会がありまして、何気なく目に留まったので写真に収めました。
改めて読み返すと、『真面目ナル技術者ノ技能ヲ、最高度ニ発揮セシムベキ自由闊達ニシテ愉快ナル理想工場ノ建設』という有名なフレーズが掲げられているんですね」

“自由闊達”。この言葉は、ソニーの文化を語る上で何度も登場するキーワードだ。創業期のソニーは、技術者がエネルギーをぶつけ合いながら自由に製品を生み出す「工房」のような熱を持っていた。糸岡氏は、その展示に足を止めたときの感覚を淡々と語り始めた。
「この文章の中でも“自由闊達”という言葉は、かつてソニーの文化を象徴する要素として取り上げられてきました。しかし今日のニュースで、まさにソニーのテレビ事業がTCLと提携するという報道を拝見し、VAIOの独立と重ねて考えました。
私が昨年1月に展示を目にした際にも、“果たして今のソニーは理想工場と呼べるのだろうか”と振り返るきっかけになったのは事実です」
ここには批判というより、少しの寂しさと、それでもなお前に進もうとする企業への理解が混じっているように感じた。ソニーは今、世界で戦うための別の道を選んでいる。
工場を持つ会社から、IPとコンテンツとソリューションを束ねる会社へ。テレビ事業の合弁も、その延長線上にある。しかし糸岡氏の話はそこから、思わぬ方向へ転じていく。

“世界のソニー”と“工房のソニー”は同時に存在してよい
「その上で、私たちVAIOは“理想工場”という言葉を、自分たちの現場にもう一度取り戻したいと考えています。安曇野に工場を持ち、ものづくりに関わる全ての人が同じ場所で働き、品質に対して責任と誇りを持つ。その状態こそが本来の“理想工場”ではないか、と。
つまり、ソニーがかつて目指したものづくりのDNAを、いまVAIOが引き継ぐのだという強い決意でもあります」
この言葉を聞いた瞬間、筆者はBRAVIAの話が一段階広い文脈に繋がった気がした。ソニーは“大企業としての最適解”を選び、世界の通信・映像・音楽・映画・ゲームのIP企業へと進化している。一方でVAIOは、“工場を持つ企業”として、設計から組み立て、品質保証までを地続きで行う「顔の見えるものづくり」を続けている。
その対比はこうだ。BRAVIAは、TCLの巨大な筋肉を借りて世界に打って出る。VAIOは、安曇野の工場を基点に、思想を保ったまま製品を仕上げていく。
前者は「グローバル化という現実」に対する最適解。後者は「思想ある工場」という文化の継承。どちらもソニーから生まれたブランドが辿った正当な未来であり、どちらか一方だけが正しいわけではない。
むしろ両者が併存しているという事実こそ、今回のBRAVIA合弁を読み解くための重要なヒントになると筆者は思う。巨大な企業がグローバルサプライチェーンに適応するのは自然なことだし、その一方で“原点”を抱え続ける小さな現場が存在することも、業界にとっては健全だ。
ソニーが“世界のソニー”になったなら、VAIOは“工房としてのソニー”を受け継いだ。その両方があって初めて、日本の家電文化は“多様な出口”を持ち得るのだろう。
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