令和のいまでも存在する! ドイツの高速道路「アウトバーン」にはなぜ速度無制限の区間がある? 国家自体の成り立ちとも関係する理由
速度無制限区間はドイツ人の「反省と誇り」の象徴?
しかし、1939年にドイツによるポーランド侵攻をきっかけとして第二次世界大戦が開戦すると、ガソリンを節約するためにアウトバーン全線に80km/hを上限とする速度制限が設けられました。

その後、第二次世界大戦の終戦とともに東西に分断されたドイツですが、民主化を進める西ドイツでは、ヒトラーをトップとするナチス政権の遺物を徹底的に排除する方針が採られました。
その結果、80km/hという速度制限についても、過去の忌まわしき記憶のひとつとして、1952年に撤廃されることとなりました。
また、1950〜1960年代の西ドイツは「ヴィルトシャフトヴンダー(奇跡の経済)」と呼ばれる驚異的な経済成長を遂げましたが、それをけん引したのは自動車産業です。
たとえば、フォルクスワーゲン「ビートル」は、ドイツ自動車産業の技術力の高さを世界に知らしめた好例のひとつです。
一方、ドイツ自動車産業の実力を誰よりも高く評価していたのは、ほかならぬドイツの人々でした。
簡単に言えば、ドイツの高い技術力をもってすれば、法律による速度制限を設ける必要はないと考えられていたわけです。
もちろん、安全がより重視されるようになったことで、その後は必要に応じて速度制限が設けられるようになったことは言うまでもありません。
ただ、このような背景があることからもわかるとおり、アウトバーンにおける速度無制限区間は、ドイツの人々にとっては過去の反省、そして誇りを象徴したものでもあります。
※ ※ ※
速度無制限区間ばかりが注目されるアウトバーンですが、実際には半分程度に速度制限が設けられています。また、速度無制限区間であっても130km/hが「推奨速度」とされています。
ちなみに、「世界一過酷なレース」と呼ばれるマン島TTレースの舞台である英国王室属領のマン島の一部でも速度無制限区間が存在しています。
page
- 1
- 2
VAGUEからのオススメ
ポータブル電源が都心で過ごす夜を変える──Jackeryがかなえる“オフグリッド”なスポーツ観戦【PR】