「冷蔵庫とエアコンが展示されていない…」30年ぶりシャープのデザイン展で露わになった“次なる課題”とは【家電で読み解く新時代】
30数年ぶりに「デザイン」を表へ出したシャープ
「シャープとしては30数年ぶりぐらいに、こういう展示会をさせていただく運びとなりました」。8月17日のメディア内覧会で、ブランド戦略本部 総合デザインセンター所長の山水洋氏はそう切り出した。
会場でまず目に入るのは、洗濯機、テレビ、ドライヤー、トースター、掃除機という身近な家電と、その周囲に立つ人型のパネルだ。腰をかがめたり、横へ回り込んだり、製品の前に立つ位置を変える。いつもなら「製品を見る側」である来場者が、いつの間にか「デザイナーが見ていた位置」に誘導されていく。今回の展示が面白いのは、完成品の美しさより、その手前にある“ものの見方”を主役にしたことだ。
山水氏自身、以前はインハウスデザイナーについて「アノニマスで無名であるべき」「縁の下の力持ちでいい」という思いを持っていたという。ところが若手デザイナーから「もっと発信したい」という声が上がった。同じころ、2025年12月に総合デザインセンターがブランド戦略本部の中に入り、2026年6月にはSHARP DESIGNのWebサイトも刷新。「志と眼差しで、世界にシャープを届ける。」という新しいステートメントを掲げた。
つまり、この展覧会は単なるデザインPRではない。若手のボトムアップの熱量と、デザインをコーポレートブランド価値へ結びつけようとする組織側の意思が、ちょうど重なった場所に生まれた企画なのだ。起業家の視点で見れば、ブランドがロゴや広告の話から、製品をつくる人の行動へ降りてきた瞬間ともいえる。

「デザイン=外観」ではない。何を見るかから始まっている
では、シャープが今回あえて「まなざし」と呼んだものは何なのか。5つの製品を追っていくと、共通していたのは「形をどう整えるか」より先に、「どの位置から暮らしを見るか」を変えていることだった。
テレビでは、目指したのは“映像だけに没入できる状態”だ。大きなスピーカーを正面に見せず、内部に収めて音を反射させる。フレームも単純に黒く塗って消すのではなく、周囲の壁色を拾いやすいシルバー系とし、空間に同化させる。個別説明では「カメレオン効果」という言葉も出た。なくせない構造を無理に隠すのではなく、周囲の景色を借りて存在感を薄める。その結果、映像だけが一枚浮いているような感覚を狙う。
ドライヤーでは逆に、技術を“見せる”ことがデザインになる。前面の4つの吹き出し口と、円でも四角でもないスーパー楕円を基調にした造形。ハンドルにも方向性を持たせることで、手にしたとき正面が感覚的に分かる。形が機能を説明し、使い方を身体へ伝える。
トースターの出発点は、さらに個人的で情緒的だった。担当デザイナーが幼いころ、窓の向こうでチーズが好みの具合に溶けていくのを、わくわくしながら待っていた記憶。そこから「パンを焼く機械」ではなく、理想の焼き加減を一緒に探す“相棒”のような存在を目指した。窓は思わず覗き込みたくなる形にし、脚は少し外へ踏ん張る。子どもの高さまで目線を落とすと、道具が小さな生き物のように見えてくる。
掃除機では、掃除している瞬間より“掃除していない時間”を見る。家電量販店では正面から見る製品も、家では一日の大半を壁際で過ごす。だからステーションを含めて生活動線にスリムに収め、必要なときにさっと手に取れる姿から逆算する。外観だけではなく内部構造まで手を入れたという説明を聞くと、デザインが表面処理ではなく設計条件そのものに入り込んでいることが分かる。
洗濯機も同じだ。樹脂で形をつくるのではなく、鋼板を使うことで水平・垂直の面を端正に整え、光が当たったときに細いハイライトが走る。会場で近づいて見ると、黒い塊というより、家具の面に近い静かな存在感がある。ここでも「洗濯機単体」ではなく、洗面空間の壁や家具、光との関係がデザインの対象になっている。

「シャープらしさ」は“心地よいノイズ”になるのか
囲み取材で「シャープらしいデザインとは何か」という話になったとき、山水氏が口にしたのが「わずかな心地よい変化」「心地よいノイズ」という言葉だった。他社がストレートを投げるなら、シャープはほんの少し変化球を加える。まだ正式な定義ではなく、現在所属デザイナーと議論しながら言語化している途中だという。
この感覚は、いまの家電市場を考えるうえでも重要だ。吸引力、消費電力量、画質、容量。家電は長い間、数字で比較されてきた。しかし性能が成熟するほど、「なんとなく触りたくなる」「そこに置いておきたい」「毎日使うと少し気分がいい」といった、スペック表に書きにくい価値の比重は高まる。
企業側から見れば、その情緒的価値を顧客が認識できなければ、どれほど時間をかけてつくっても価格やブランドには転換されにくい。だからデザインの背景まで語ることは、単なる広報ではない。製品の中に埋もれていた価値を可視化し、「なぜこれを選ぶのか」という理由を増やす経営活動でもある。

だからこそ気になった。「冷蔵庫」と「エアコン」がない
ただ、会場を一周して筆者にはひとつ強い違和感が残った。冷蔵庫とエアコンが展示されていない。今回並んだ5製品が魅力的だからこそ、住空間の中で大きな面積を占め、簡単には隠せない大型家電の姿が気になったのだ。
「使う人の気持ちやふるまい、空間との関係性」まで考えるのであれば、冷蔵庫やエアコンこそ、デザインの難易度が高いカテゴリーではないだろうか。そこで囲み取材で、その理由を聞いた。シャープ側によると、今回はテーマを分かりやすく表現できること、比較的新しい製品であること、グッドデザイン賞などの外部評価も踏まえ、家電チームで議論して5点を選んだという。もちろん、展示されていない製品のデザインが劣るという意味ではない。
一方で、エアコンについて山水氏は、かつて空気清浄機とエアコンを融合した「Airest」のような尖った商品があったものの、昨今の省エネ要求などを考えると従来設計の延長では難しく、「ガラッと変えないといけない」局面にあるという趣旨の話をした。冷蔵庫についても、囲み後の会話では、ハンドルなど機能上必要な要素が正面に強く出ることで、空間との調和という意味では視覚的なノイズになり得るという話に及んだ。
ここは弱点というより、次に見るべき宿題だと思う。トースターで見せた情緒性、掃除機で見せた生活動線への溶け込み、テレビで見せた「消せないものを周囲になじませる」発想を、技術的制約の大きい冷蔵庫やエアコンにまで貫けるのか。そこまで製品という事実が積み上がったとき、初めて「シャープらしいデザイン」が企業全体の言葉になる。

次に家電を見るとき、「どこをデザインした?」ではなく「何を見た?」と聞きたい
山水氏は、「ファクトがないと言葉だけが先行してもよくない」と話していた。先に格好いい定義をつくるのではなく、製品を積み上げ、その後で「これがシャープらしい」と認識されるようにする。その順番にはとても納得できる。ブランドとは宣言ではなく、接点の積み重ねだからだ。
そして今回、筆者自身にも家電を見るための“ものさし”がひとつ増えた。次にデザイナーへ質問するとき、「なぜこの形にしたのですか?」の前に聞いてみたい。「この製品をつくるとき、最初に何を見ましたか?」と。
テレビならソファに座った視線、ドライヤーなら手の感覚、トースターなら子どもが覗き込む高さ、掃除機なら壁際に置かれている時間。視点を少しずらすだけで、いつもの家電に別の問題が立ち上がる。デザインとは、きれいな形を描くところから始まるのではない。何を見るかを決めた瞬間から、すでに始まっている。
VAGUEからのオススメ
前作大ヒットのスリクソンアイアンがさらに進化! 「ZXi」シリーズはアマチュアの武器になる【PR】
