『天使のくれた時間』に登場するフェラーリが名演技!? ニコラス・ケイジの「550マラネロ」の扱いに注目【映画の名車】
同じ「550マラネロ」がまったく違って見える不思議
銀幕に登場するクルマの中には、登場人物の人となりはもちろん、時としてその人物の人生観まで物語ってしまう“名優”がいる。今回は、そんな名優の1台を紹介しよう。
ジャッキー・チェンとクリス・タッカーが競演したアクションコメディ『ラッシュアワー』シリーズの大ヒットで、ハリウッドの次世代の旗手の地位を確立したブレッド・ラトナー監督が2000年に製作、翌2001年に公開した大人のためのヒューマンファンタジー作品『天使のくれた時間(原題:The Family Man)』に出演したフェラーリ「550マラネロ」である。
ウォール街で大手金融会社の社長として君臨する剛腕ビジネスマン、ニコラス・ケイジ演ずるジャック・キャンベルは、マンハッタンの超高級コンドミニアムのペントハウスに居を構え、渋いグレーのフェラーリ550マラネロを愛車とする成功者。しかしその引き換えに、クリスマス休暇も仕事に追われる孤独な男でもあった。
ある年のクリスマスイヴ、仕事帰りに立ち寄ったデリカテッセンで、ジャックは奇妙な黒人青年から、換金できない当たり宝くじ券を買い取るはめになる。その晩、彼は平素のように眠りにつくが、翌朝目覚めると見知らぬニュージャージー郊外の家に居た。そして隣で幸せそうな様子で眠っているのは、13年も前に出世と引き換えにするかたちで別れてしまったはずの恋人、ティア・レオーニ扮するケイトだった。
表に停めてあるクルマもフェラーリでなく地味なミニヴァン、ダッジ「キャラバン(クライスラー・ボイジャー)」に変わってしまっている。状況の読めないジャックは、大慌てでダッジに乗りニューヨークに取って返すが、マンハッタンのペントハウスからは門前払い。彼の会社では、部下のはずの男が社長の座に就いていた。
まさに狐につままれた思いのジャックは、このパラレルワールドにいる自分が、ボランティアで弁護士活動もおこなっている愛妻ケイトと、ふたりの可愛らしい子供たちとともに暮らす善き家庭人であることをようやく理解することになる。職業は、ケイトの父エドのカーショップでタイヤを担当するセールスマン。
もともとの自分とはかけ離れたもうひとりの自分に初めは戸惑っていたジャックだが、やがて自身の中で封印したはずのケイトへの愛が蘇っていたことに気づく。そして平凡だが幸福な生活の中で、忘れかけていた暖かい感情が芽生えてきた……。
●ストーリー前半と後半で異なる表情を見せる「550マラネロ」
この作品の冒頭で、ウォール街の成功者ジャックの駆る550マラネロは、まさに圧倒的ともいえる存在感を見せつける。手に触れるものすべてを黄金に変えてしまったという伝説のマイダス王のごとき成功者ジャックのフェラーリは、王者に相応しい風格と華やかさでスクリーンを輝かせている。
ところがストーリーがクライマックスに近づき、真に“大切なもの”を知ったジャックは、本来なら魅力的なはずの550マラネロに対して、まるでダッジ・キャラバンと変わらない、普通のクルマとして接してしまう。そして550マラネロそのものも、どこか寂しげなものに映ってしまっているのだ。
クルマ好きならば一度は見たことがあるに違いない『60セカンズ(2000年・米)』はもちろん、『ナショナル・トレジャー(2004年・米)』のラストシーンでもジャガー「XK120」とフェラーリ「360スパイダー」を出演させるなど、自身の主演作ではクルマに関する格段のこだわりを見せることの多いニコラス・ケイジ。
さらに、プライベートでも旧イラン国王がかつて所有していたランボルギーニ「P400SVJイオタ・レプリカ」を入手していた時期があることからも判るように、現代のハリウッドきっての自動車愛好家として知られる彼の意向が、どこまで『天使のくれた時間』の製作側に影響を及ぼしたかは不明だが、少なくともこの作品内におけるフェラーリ550マラネロの存在感と“演技力”は驚きと感動に値するものとなっているといって良いだろう。
クルマをよく知る演者と魅力溢れるクルマがクロスオーバーしたときには、単なる自動車の出演シーンを超えた素晴らしい感動が起こりうる。『天使のくれた時間』の550マラネロは、そんなクルマ好きの妄言を、真実と証明してくれる作品だと思うのだ。
●劇中車:フェラーリ550マラネロ
デイトナ以来途絶えていたV12気筒FRの2シーターモデルとして1996年にデビュー。フィオラノのテストコースでは「512M」よりも速いタイムを叩き出した。
『天使のくれた時間/Le Parfum d’Yvonne』
公開年:2000年
上映時間:125分
監督:ブレット・ラトナー
脚本:デヴィッド・ダイアモンド、デヴィッド・ウェイスマン
出演:ニコラス・ケイジ、ティア・レオーニ、ドン・チードル、ジェレミー・ピヴェン