最初のランボはフェラーリを超えたスペックで挑発! 「400GT」の落札価格は5000万円で高止まりか?
ポロ・ストリコ発足後、右肩上がりで値が上がったファーストランボ
1963年のトリノ・ショーでデビューを飾った、ランボルギーニのファースト・プロトタイプ「350GTV」に続いて、同年に発表されたランボルギーニ初のプロダクションモデルとなったのがよりGTらしいキャラクターを持つようになった「350GT」だった。
水滴型の流麗なキャビンや、より扱いやすさを増した3.5リッター仕様のV型12気筒エンジン。そしてホイールベースも350GTVからさらに延長され、サスペンションには前後ともにダブルウイッシュボーンが与えられるなど、その完成度や実際の走りは創始者であるフェルッチオ・ランボルギーニを十分に満足させるものだった。

●フェラーリをかなり意識した「400GT 2+2」
だがその生産開始に前後して、フェルッチオは早くもこの350GTの改良をエンジニアリング・チームへと指示している。これは直接のライバルであるフェラーリが、3.3リッターへと排気量を拡大したV型12気筒エンジンを搭載し、独立懸架サスペンションをも採用した「275GTB」を発表したことを理由とする、ランボルギーニの執念ともいえる対応策だった。
ランボルギーニのエンジニアは、V型12気筒エンジンを4リッターへと拡大。それによって275GTBの280psを大幅に上回る320psの最高出力を実現したのだ。
ちなみにこのモデルには「400GT 2+2」の車名が与えられるが、当初はエンジンのみが4リッター仕様とされるなど過渡的なモデルも存在した。
リアにプラス2シートが装備され、それに伴ってルーフのデザインがわずかにモディファイ。ヘッドランプも350GTの2灯式から4灯式へとなった完成形が披露されたのは、1966年のジュネーブ・ショーでのことだった。
最高速は250km/h。生産は順風満帆に進むと思われたが、350GTのアルミニウム製からスチール製へと変わったボディの製作を担当していたカロッツェリア・トゥーリングが1967年に解散。400GT 2+2の生産も250台をもって終了することになる(350GTの4リッター仕様は除く)。
わずか2年ほどの生産期間で247台をデリバリーしたという実績は、創立直後のランボルギーニとしては、まずは満足できる数字だったに違いない。その生産が継続すればさらに大きな台数を記録することも可能だったはずなのだが、フェルッチオはそのプランを選択しなかったのだ。
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