「マジで!?」70年前のメルセデス・ベンツが“80億円超え”で落札!? シルバーボディがカッコいい 当時最速の「歴史的レースカー」とは
流線型ボディのレースカー 4台作られたうちの1台
2025年1月に開催されたオークションで、1954年製メルセデス・ベンツ「W196R Stromlinienwagen(ストロムリニエンワーゲン)」が5115万5000ユーロ(日本円で約81億9520万円!)で落札され、話題となっています。
どんなクルマなのでしょうか。

第二次世界大戦後、復興したメルセデス・ベンツは、まずは戦前のデザインを踏襲した安価で効率的なモデルから生産を開始しましたが、徐々に豪華なモデルの制作に取り組みました。1951年には「300S」を発売し、高級スポーツカーの製造を再開しました。
メルセデス・ベンツのレースへの復帰は300SL「ガルウイング」とともに始まりました。ただしFIAは1952年と1953年、フォーミュラ1を中止していました。
1954年にFIAは新しいF1規則を定めたため、参加を希望するメーカーは1年以上かけてマシンを開発することができました。
メルセデス・ベンツではさまざまなエンジンをテスト、最終的に2494ccの直列8気筒エンジンに決定しました、こうして専用に開発された「M196」エンジンは、当初257馬力を発生していましたが、2シーズンかけて290馬力に向上しました。
そしてFIAの新規定では車体の構造にほとんど制限がなかったため、メルセデスは密閉式ホイールを備えた流線型の空力ボディは高速コースに、オープンホイールのグランプリボディはよりコーナーの多いサーキットに最適であると結論づけました。
流線型の密閉式ホイールボディは、1954年と1955年のレースシーズン中、オープンホイールのグランプリスタイルのボディと併用されました。今日、Stromlinienwagen(ストロムリニエンワーゲン、英語ではStreamliner=ストリームライナー)と呼ばれるモデルがこの流線型密閉式ホイールのボディです。
今回オークションに登場した、シャシナンバー00009/54のW196Rストロムリニエンワーゲンは、1955年1月にブエノスアイレスで開催されたフォーミュラ・リブレGPに初出走しました。
ファン・マヌエル・ファンジオ選手がステアリングを握ったこのマシンには、当時の文献によると「スポーツ59」と明記されており、明らかに3リッターの「M196」エンジンが搭載されていました。非F1イベントに参加したこのマシンの目的のひとつは、明らかに新開発のM196エンジンのテストで、このエンジンはまもなく発売される「300SLR」に搭載される予定のものでした。
その年の9月、モンツァ・サーキットで開催されたF1グランプリに、メルセデス・ベンツはほぼすべてのW196Rマシンをレースに送り込みました。出場した8台のうちの4台がメルセデスで、2台がオープンホイールのW196R、2台が流線型の密閉式ホイールボディでした。
伝説のF1ドライバー、スターリング・モス選手が乗り込んだシャシナンバー00009/54のW196Rは、このレースではリタイアとなりましたが、1954年と55年の2年間で、F1では12戦9勝、ほかのレースでも14戦11勝と驚異的な勝率を上げました。当時はコンストラクターズチャンピオンがなかった時代ですが、もし創設されていたらメルセデス・ベンツは間違いなくこのタイトルも獲得していたでしょう。
メルセデス・ベンツは1955年以降再びモータースポーツから撤退することを選択、W196Rは伝説として語り継がれました。
1955年末には10台のW196Rが走行可能な状態で残っていて、うち4台がストロムリニエンワーゲンでした。当初10台ともダイムラー・ベンツ博物館が保管していましたが、後に4台が世界中の有名博物館に寄贈されました。
シャシナンバー00009/54は、1964年に創設された「インディアナポリス・モータースピードウェイ博物館」に寄贈されました。以降およそ60年にわたって維持管理されました。
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こうした歴史的背景もあり、シャシナンバー00009/54のW196Rストロムリニエンワーゲンは高値で落札されました。
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