VAGUE(ヴァーグ)

“エモを感じる自転車を作る”――ミニベロのマイナスに向き合うタイレルが「Made in 讃岐」にこだわる理由とは【Behind the Product #30】

“Made in 讃岐”で理想を目指すエクストリームなやりかた

「透明でノイズを感じない」。それが、四国は香川県さぬき市に本拠地を置く、「Tyrell(タイレル)」が手がけるハイエンドの折り畳み式ミニベロ「FCX」に初めて乗ったときの感想でした。

 世界中のマスプロブランドが製造拠点をアジアに移す中、日本国内で企画や開発をはじめ、製造まで行うタイレルがこだわるモノづくりについて、プロダクトマネージャーの渋谷和久氏に話を聞きました。

「走る・曲がる・止まる」を徹底的に磨き上げ、乗り手とシンクロするハイエンドモデルの「FCX」。(価格は写真のシマノ105仕様の完成車で53万1377円、消費税込み)
「走る・曲がる・止まる」を徹底的に磨き上げ、乗り手とシンクロするハイエンドモデルの「FCX」。(価格は写真のシマノ105仕様の完成車で53万1377円、消費税込み)

VAGUE:ブランドの成り立ちから教えて下さい。

渋谷さん:東京で都市計画のコンサルタントをしていた代表の廣瀬将人が、「理想のミニベロを自分で作る」と、香川にUターンし自宅の納屋にこもって開発を始めたのが2003年のこと。翌年には試作1号機が完成し、喜んだ廣瀬は真夜中の田舎道をいつまでも走ったそうで、タイレルはその年に立ち上げた会社「アイブエモーション」のブランド名。映画『ブレードランナー』に登場するタイレル社がモチーフとなっています。

VAGUE:デザイン性と性能を高いレベルで融合させるだけでなく、自社の生産設備を国内に持つ自転車ブランドは稀な存在です。

渋谷さん:台湾の自転車のクオリティは一級品ですから、わざわざ高いコストがかかる日本国内で製造する意味はないかもしれません。わかっていても国内でモノづくりをするのは、「エモーショナルな自転車が作りたい」というのが理由なんです。

VAGUE:タイレルのプロダクトには3つのラインがあるそうですが、とくにハイエンドモデルの「FCX」の評判は高いです。

渋谷さん:「FCX」のようにすべての工程をこのファクトリーで行う「Made in 讃岐」、台湾の提携工場で製造した部品をここ讃岐で仕上げる「ファクトリーライン」、台湾で製造して箱詰めまで行っている「ベーシックライン」があります。

タイレルでプロダクトマネージャーを務める渋谷和久氏に話を聞いた
タイレルでプロダクトマネージャーを務める渋谷和久氏に話を聞いた

VAGUE:2021年に登場した「FCX」について詳しく教えてください。

渋谷さん:スピードだけではなく、自転車と対話する楽しさを追求した、20インチホイールのフォールディングタイプのミニベロです。フレームはクロームモリブデン、フォークはカーボンファイバー製。フレームだけでなくカーボンフォークもハンドメイドで、このファクトリー内でカーボン生地をレイアップ(積層)してから、オートクレーブと呼ばれる圧力窯で成型しています。

VAGUE:オートクレーブは、F-1のコックピットと同じドライカーボンと呼ばれる手法ですね。自社で手作りする自転車ブランドは初めて聞きました。OEMでは満足できなかった?

手作業でレイアップ(積層)さた後、オートクレーブの窯で成形されるFCXのカーボンフォーク。このフォークを開発するため、発表から発売まで4年の時間を要した
手作業でレイアップ(積層)さた後、オートクレーブの窯で成形されるFCXのカーボンフォーク。このフォークを開発するため、発表から発売まで4年の時間を要した

渋谷さん:理想に近いものは机上で考えた設計図を元に委託製造するOEMでも可能です。ただ、自分たちで実物を一つ作れば、「もう少しだけ良くできる」という課題が必ず見えてくる。わずかな改良を積み重ねることでしか辿り着けない高みがあるし、そうしなければ、すくなくとも送り手の僕たちが感動する自転車にはならないと思うんです。

VAGUE:狙い通りの自転車を作るため、海外の工場に何度も試作を依頼するとむしろコストがかかります。

渋谷さん:デザイナーに“いままでにない自転車を生み出したい”というビジョンがあるのと同様、生産効率を最優先するというロジックが工場にはありますよね。理想の実現のためには、多くのブランドが避けて通るエクストリームなやり方しかない。だから僕たちは、自分の自転車を「made in 讃岐」という形にするため、この自社工場を構えたんです。

VAGUE:「FCX」はギャップなどの段差の衝撃は柔らかく吸収しますが、ペダルを踏み込むとタイムラグなく気持ちよく加速する。とても不思議な乗り味です。

渋谷さん:自転車の性能を語るとき、フレームの堅さを表す“剛性”が注目されます。一般的に剛性の高いフレームは、加速性は高いけど乗り手に負担をかける。反対に剛性が低いと衝撃を吸収して疲れにくいものの、加速感には乏しいですよね。FCXでは衝撃吸収と反発力の絶妙なバランスや方向を見極めて剛性をコントロールしているんです。

お手ごろ「イブ」が目指す“安心感”という高性能

VAGUE:タイレルには「FCX」というハイエンドだけでなく、気軽にサイクリングが楽しめるモデルもラインアップしています。

渋谷さん:その代表が「IVE(イブ)」ですね。タイレルの自転車にはそれぞれのテーマにおけるエモーションを設定していますが、“乗り手に安心感を与えること”に全振りしています。

ベーシックラインに属するイブは、タイレル初の18インチ(355)とコンパクトなホイールを採用したフォールディングバイク(23万9800円、消費税込み)
ベーシックラインに属するイブは、タイレル初の18インチ(355)とコンパクトなホイールを採用したフォールディングバイク(23万9800円、消費税込み)

VAGUE:価格もハイエンドモデルの「FCX」の半分程度と比較的手ごろなので、タイレルの入門モデルと言えそうです。

渋谷さん:タイレルの考える高性能は「長距離を速く走る」というだけではありません。イブはたしかに価格は抑えていますが、それでも20万円を超える金額をいただきます。「値段の範囲内でがんばりました」という意味でのベーシックではなく、あくまで日常によりそうための高性能をこのモデルなりに追求した結果生まれた自転車なんです。

イブの折りたたみ方法は他のモデルと基本的に共通で、フレームやフォーク、ハンドルを折りたたみ、シートを下げるだけで完了。前後バランスも良いので運びやすいのも魅力
イブの折りたたみ方法は他のモデルと基本的に共通で、フレームやフォーク、ハンドルを折りたたみ、シートを下げるだけで完了。前後バランスも良いので運びやすいのも魅力

VAGUE:試乗してみると、その安心感に驚かされます。

渋谷さん:車輪が小さいだけでなく、車体に継ぎ目のあるフォールディングミニベロは、どうしても不安定になりがち。乗りやすさを大切にしたイブはそこに正面から向き合い、ホイールベースを長く、重心を低くするなど一生懸命に作り込むことで、走り出しから安定するよう設計しています。

VAGUE:凸凹道や長い下り坂でもあまり緊張しないで走れます

渋谷さん:サイクリングをしていると、ベテランでも緊張するような場面に出くわします。そんなとき自転車が乗り手をサポートして安心感を与えてくれれば、より長くリラックスしてサイクリングを楽しめますよね。たとえば片道約60kmのしまなみ海道なら、イブは一泊二日で十分楽しめるポテンシャルを持っているんです。

VAGUE:FCXもイブも、カタログスペックではなかなかその魅力が伝わりません。

渋谷さん:タイレルのプロダクトは、ブランドの哲学やコンセプトに共感してくれるディーラーで試乗してもらうことができます。試乗イベントには私も駆けつけることもあるので、気になるモデルがあればぜひ我々の目指す自転車を体験してほしいですね。

Gallery 【画像】それぞれの高性能を追求したタイレルを画像で見る(18枚)
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