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なぜ今、スマートホームには「家電のスマホ操作」より“考えなくても家が整う仕組み”が必要なのか? 三菱地所のHOMETACT設立発表会で見えた“家のOS”の現在地

スマートホームが日本で広がらない本当の理由

 スマートホームは長い間、「ちょっと未来っぽい便利機能」として語られてきた。音声で照明が点く。外出先からエアコンを操作できる。玄関の鍵をアプリで開けられる。確かにどれも便利だ。だが、多くの生活者がどこかで距離を置いてきたのもまた事実だろう。

 理由は単純である。便利そうには見えるが、導入後の暮らしが本当にラクになる姿が見えにくかったからだ。筆者は長年、国内外の家電メーカーや展示会を取材してきたが、IoTの多くは「便利になる」はずが、実際にはアプリが増え、操作が1ステップ増えただけに見えるものも少なくない。

 機器を買い足し、アプリを入れ、Wi-Fi設定をし、連携に失敗し、動いたと思ったら別の機器がうまくつながらない。生活者が欲しいのは“設定の仕事”ではない。“段取りが減ること”である。

 この課題は、実は世界の標準化団体も正面から認識している。スマートホーム標準「Matter」を推進するConnectivity Standards Allianceは、一貫して相互運用性、イージーセットアップ、信頼性、セキュリティを前面に打ち出してきた。

 Matter 1.5ではカメラ、クロージャー、土壌センサーに加え、エネルギー管理機能まで拡張され、スマートホームは単なるON/OFF制御から、住宅全体の管理基盤へと歩を進めている。

 つまり市場はすでに、「何台つながるか」ではなく「家としてどう機能するか」を競うフェーズに入っている。

三菱地所グループが新会社「HOMETACT」の設立を発表。スマートホームを単なる便利機能ではなく、不動産価値を高める基盤として再定義する姿勢が打ち出された
三菱地所グループが新会社「HOMETACT」の設立を発表。スマートホームを単なる便利機能ではなく、不動産価値を高める基盤として再定義する姿勢が打ち出された

 Googleも2025年に公開したHome APIsで、アプリ開発者に対し6億超のデバイス、Googleのハブ群、Matter基盤、さらに自動化エンジンまで開放すると明言した。

 Amazon AlexaもMatter対応機器については、従来のような個別スキル頼みではなく、直接つながる体験へ舵を切っている。業界は“囲い込み”から“共通基盤の上での体験競争”へと明らかに動いている。

 しかし、日本ではここにもうひとつ壁がある。家電の問題ではなく、住宅の問題だ。誰が住設機器やデバイスを導入するのか。誰が入退去時のアカウントを切り替えるのか。トラブル時、誰が責任を持つのか。

 賃貸、分譲、管理会社、施工会社、設備会社、メーカー。住まいはもともと関係者が多い。だから日本のスマートホームは、技術的に“つながる”だけでは前に進みにくかった。

 言い換えれば、日本で必要だったのは「スマートな家電」ではない。「スマートホームを住宅設備として成立させる仕組み」だったのである。

Googleが発表した「Home APIs」のニュースリリース 。6億台を超えるデバイスやMatter基盤を開発者に開放し、業界全体が「囲い込み」から「共通基盤上での体験競争」へとシフトしている潮流を示している
Googleが発表した「Home APIs」のニュースリリース 。6億台を超えるデバイスやMatter基盤を開発者に開放し、業界全体が「囲い込み」から「共通基盤上での体験競争」へとシフトしている潮流を示している

発表会の現場で見えたHOMETACTの狙い

 その意味で、今回のHOMETACT設立発表会は単なる会社設立ニュースではなかった。会場で繰り返し語られていたのは、「便利なスマートホーム」ではなく、「資産価値を上げるスマートホーム」という言葉だった。

 三菱地所 住宅業務企画部長の鈴木智久氏は冒頭、日本のスマートホーム市場について、米国が2026年時点で約8.6兆円規模なのに対し、日本は約1.8兆円規模にとどまると説明したうえで、国内市場の大半はロボット掃除機やスマートスピーカー対応機器などハード寄りの領域であり、ソフトウェアサービスの存在感はまだ小さいと指摘した。

 そしてHOMETACTの独自性を「複数機器を1つのアプリで使える、真にオープンなプラットフォーム」と表現した。これは、日本市場の弱点が“家電が足りないこと”ではなく、“家としてまとまっていないこと”だという認識の表れだろう。

 続いて登壇したHOMETACT共同代表CEOの松本太一氏は、分社化の目的として専門人材の採用、共同代表制による意思決定の迅速化、外部アライアンスの加速を挙げた。

 ここで重要なのは、HOMETACTが三菱地所の住宅事業グループにおけるノンアセット成長戦略の一翼を担う事業として位置付けられていることだ。

日米のスマートホーム市場規模の比較と予測 。2026年時点で米国の約8.6兆円に対し日本は約1.8兆円にとどまるが、今後はソフトウェアサービスによる市場拡大が期待されている
日米のスマートホーム市場規模の比較と予測 。2026年時点で米国の約8.6兆円に対し日本は約1.8兆円にとどまるが、今後はソフトウェアサービスによる市場拡大が期待されている

 つまりこれは“実験的な新規事業”ではない。不動産業の次の利益源を見据えた本気の布石である。三菱地所の公式発表でも、新会社は2021年11月開始のHOMETACT事業を承継し、不動産価値向上と新たな価値創出を担う事業会社と位置付けられている。

 だが、この発表会で最も印象に残ったのは、HOMETACT 共同代表COOの橘嘉宏氏の言葉だった。

「企業の垣根を越えて、家電や機器をつなぐことで暮らしやすさを高める住みごこちDXインフラです」

「物件のソフトとハード、両面で更新し続けることで、不動産の経年劣化を経年進化に変えていきます」

 この発言は実に示唆的だ。多くのスマートホームが「何ができるか」を語るのに対し、HOMETACTは「不動産の価値をどう更新するか」を語っていたからである。

 橘氏はさらに、「これまでの施策はマイナスをゼロに戻す守りの設備投資だった。HOMETACTはその先、攻めの体験投資を目指す」とも語った。

 ここに、この事業の本質がある。スマートホームを家電の延長としてではなく、不動産の商品価値や運営効率を押し上げる基盤として捉える。その視点は、いかにもデベロッパー発のスマートホームらしい。だが同時に、日本市場で本当に必要だった視点でもある。

不動産の価値に関する「逆転の発想」を示したスライド 。従来の「守り」の設備投資から、テクノロジーによる「攻め」の体験投資へと転換することで、経年劣化を経年進化に変え、資産価値を向上させる狙いを解説している
不動産の価値に関する「逆転の発想」を示したスライド 。従来の「守り」の設備投資から、テクノロジーによる「攻め」の体験投資へと転換することで、経年劣化を経年進化に変え、資産価値を向上させる狙いを解説している

デモで分かったのは「未来感」ではなく「運用設計」だった

 発表後のデモ体験では、この思想がさらに明確になった。会場となった体験空間には、エアコン、照明、スマートロック、インターホン、顔認証、ロールスクリーン、Wi-fiオーディオ(スピーカー)、エネルギー管理までがコンパクトに集約されていた。

 だが、派手な演出以上に興味深かったのは、説明の軸が終始「不動産としてどう運用できるか」に置かれていたことだ。デモ担当者はこう説明した。

「我々はメーカー機能を持っていません。だからこそ、各社の機器をつなぎ合わせて、住宅設備として成立させるインテグレーターなんです」

 このひと言は重い。スマートホームというと、ついAmazonやGoogleのようなBtoCの世界観で見てしまう。だが、賃貸や分譲住宅の現場では、個人が好き勝手に機器を買ってきてつなげば済む話ではない。

 退去した人のアクセス権限をどうするのか。トラブル時の窓口は誰か。設備として保証はどうなるのか。HOMETACTが差別化しようとしているのは、まさにこの“運用責任の空白”を埋める部分だ。

 実際、デモではスマートロックの遠隔解錠だけでなく、IPインターホンのスマホ応答、顔認証による共用部解錠、外出先からのエアコン制御、そして「おはよう」「いってきます」「リラックス」「おやすみ」といったシーン機能が次々に披露された。

「おはよう」で照明が点灯し、ロールスクリーンが開き、空調が整う。「いってきます」でロボット掃除機が動き出し、照明やエアコンがすべて消える。「ただいま」で照明などが点灯すると同時に、お風呂のお湯張りが準備される。

発表会後のデモでは、HOMETACTが各社の機器を束ねる“インテグレーター”として機能することを強調。家電の個別制御ではなく、住宅設備として成立させることに主眼を置く
発表会後のデモでは、HOMETACTが各社の機器を束ねる“インテグレーター”として機能することを強調。家電の個別制御ではなく、住宅設備として成立させることに主眼を置く

 重要なのは、個別の機器操作よりも“生活の状態”を一括で作ることに価値が置かれていた点だ。これは忙しいパワーカップルやファミリー子育て世帯などの多くのビジネスパーソンには響くはずだ。

 未来っぽい機能そのものに驚く世代ではない。むしろ仕事も家庭も忙しく、「いかに思考コストを減らせるか」に敏感な世代である。朝の数分、帰宅後のひと手間、寝る前の確認。それらが静かに削減されることの価値は、派手なスペック以上に大きい。

 さらに興味深かったのは、エアコン接続においてECHONET Liteと赤外線リモコンの両方を使い分けていた点だ。IoT対応家電だけでなく、既存設備にも対応するための現実解である。

 これもまた、日本市場の現実に沿っている。新築だけを見れば綺麗な設計はできる。しかし住宅市場のボリュームゾーンは既存住宅だ。そこに橋を架けられるかどうかが、普及の分かれ目になる。

「おはよう」「いってきます」「ただいま」などのシーン設定により、照明、空調、ロールスクリーン、ロボット掃除機などが一括で連動。個別操作よりも“生活の状態”を作る発想が印象的だった
「おはよう」「いってきます」「ただいま」などのシーン設定により、照明、空調、ロールスクリーン、ロボット掃除機などが一括で連動。個別操作よりも“生活の状態”を作る発想が印象的だった

Matter時代に本当に問われるのは「つながること」ではない

 いまスマートホームに必要なのは、もはや「つながること」そのものではない。つながった先で、家がどれだけ自然に回るかだ。

 Matterの登場は確かに大きい。異なるブランド間の接続をシンプルにし、ローカル制御を広げ、クラウド依存の脆さを減らす方向は正しい。

 GoogleはMatterによるローカル制御で、オフライン時も含めて信頼性・プライバシー・低遅延を高める方向を示している。クラウド依存がサービス停止や連携不全のリスクを生むことは、過去のスマートホーム市場が何度も見せてきた弱点でもある。

 だが、生活者が求めているのは規格名ではない。「帰宅した瞬間、家が自然に迎えてくれること」「電気代や防犯が、いちいち気にしなくても最適化されること」「家族が入れ替わっても、入退去があっても、管理が破綻しないこと」である。

 だから、スマートホームの競争軸も変わる。これから強くなるのは、単品の人気ガジェットではなく、生活シーンを組み直せるプラットフォームだ。しかも、日本ではそこに“不動産運用として成立するか”という条件が必ず付く。

 HOMETACTが面白いのは、まさにその二重の条件を満たそうとしている点にある。「住む人には、考えなくても整う暮らしを」「建てる人には、資産価値の強さを」「管理する人には、運用のしやすさを」

 会場で何度も語られた「三方よし」は、単なるスローガンではない。スマートホームを住宅設備として普及させるための、極めて実務的な条件整理なのだ。

エネルギー管理や自動化まで含めたスマートホームの将来像も紹介。たくさんの接続対応機器も並べられていたが、求められているのは個別に機器が“つながること”ではなく、家全体が自然に回ることだと実感させた
エネルギー管理や自動化まで含めたスマートホームの将来像も紹介。たくさんの接続対応機器も並べられていたが、求められているのは個別に機器が“つながること”ではなく、家全体が自然に回ることだと実感させた

スマートホームの本当の価値は“家の段取りを減らすこと”にある

 結局のところ、スマートホームの価値は「スマホで操作できます」にとどまる限り、まだ弱い。

 筆者も家電メーカーにこれまで数多く伝えつづけてきているが、人はアプリやリモコンがひとつ増えることを望んでいるのではない。

 家の段取りが1ステップ、2ステップ減ることを望んでいるのだ。照明がつくことではない。帰宅の気分が変わることだ。エアコンが遠隔操作できることではない。帰宅した瞬間の不快が消えることだ。鍵がアプリで開くことではない。暮らしの緊張がひとつ減ることだ。

 そして、その積み重ねが、これからの不動産価値にも直結していく。

 立地や築年数だけで家が選ばれる時代は、少しずつ終わりつつある。どれだけストレスなく、快適で、安心で、管理しやすいか。住まいもまた、使い勝手の時代に入った。

「住む人」「建てる人」「管理する人」の三方よしを掲げるHOMETACT。スマートホームをガジェットの延長ではなく、不動産運用の基盤として捉える姿勢が伝わってきた
「住む人」「建てる人」「管理する人」の三方よしを掲げるHOMETACT。スマートホームをガジェットの延長ではなく、不動産運用の基盤として捉える姿勢が伝わってきた

 今回の発表会を見て、筆者はスマートホームの主戦場が変わったと感じた。家電のスマホ操作を競う時代から、家そのものを“静かに整える基盤”を競う時代へ。未来感を売る時代から、生活の摩擦を減らす時代へ。

 そしてその先で、不動産が「古くなる資産」から「更新され続ける資産」へ変わる可能性が見えてきた。

 スマートホームは、ようやくガジェット好きだけの玩具ではなくなり始めている。次に問われるのは、いかに多機能かではない。いかに考えずに済むかだ。その答えを最も早く掴んだ企業が、次の住まいのスタンダードを作るのだと思う。

Gallery 【画像】スマートホームの本当の価値を写真で見る(27枚)
「カチッ」と日常をオフに。至福の時を刻む、マインドフルネス
滝田勝紀
滝田勝紀
VAGUE家電統括プロデューサー
モノ雑誌の編集に15年以上携わり『デジモノステーション』編集長を歴任。現在は家電スペシャリストとして、国内外の最新テクノロジーを長年取材。All About家電ガイドやMakuakeエバンジェリスト、楽天ROOM公式インフルエンサー(フォロワー56万人超)など幅広く活動する。海外取材経験も豊富で、欧州家電メーカー本社や世界最大級の見本市「IFA」への造詣も深い。また、Z世代向けメディア運営やPR会社経営の傍ら、インテリアスタイリスト窪川勝哉氏とのユニット「𝒾𝓃𝒞𝒶𝒹𝑒𝓃𝓏𝒶」で家電開発も手掛ける。機能とデザインの両面から、心地よい暮らしのあり方を提唱している。

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