家電は高機能になるほど使いにくい? “複雑さを隠す”コーヒーマシンが示す新しい答え【家電で読み解く新時代|Case.59】
バリスタから「バリスタらしさ」を消した理由
新製品発表会を取材していると、通常はまず製品を見る。サイズがどう変わったのか。新機能は何か。従来機と比べて何が進化したのか。家電記事を書く以上、当然のアプローチです。
しかし今回、「ネスカフェ ゴールドブレンド バリスタ kotone」を見ながら筆者が考えていたのは、むしろ逆のことでした。
なぜ、この製品にはこんなにも「家電らしさ」がないのだろうか。
その答えを与えてくれたのが、デザインを担当した深澤直人氏の話でした。
深澤氏はまず、従来の「ネスカフェ ゴールドブレンド バリスタ」には、製品とブランドを結びつけ、その存在を生活者に理解してもらう役割があったと振り返ります。コーヒーを家庭でワンタッチで淹れる機械という新しい価値を広める以上、形そのものが「これは何なのか」を説明する必要があった。
そしてこう続けました。
「もうそろそろそれが認知された。だったら、生活の中に入っていても、そんなに違和感がないものにした方がいいんじゃないか」
ここは今回のkotoneを理解するうえで、かなり重要なポイントだと思います。
2009年に登場したバリスタは、2025年末までに累計約680万台を出荷したといいます。ネスカフェの赤いアクセント、特徴的なフォルム、分かりやすい操作部。それらは単なる装飾ではなく、まだ存在しなかった「バリスタ」という商品カテゴリーを市場に定着させるためのコミュニケーション装置でもありました。
ところが、680万台まで普及すれば事情は変わります。
起業家としてブランドづくりにも関わっていると、ここには商品が成長する過程との共通性を感じます。市場導入期のブランドに必要なのは、まず発見され、理解され、記憶されることです。だからロゴも色もメッセージも強くなる。
しかし成熟したブランドが同じテンションで自己主張し続けると、今度はそれがノイズになりかねない。
強いブランドとは、ブランド記号を大量に貼り付けなければ成立しないものではありません。むしろ記号を削っても「それらしさ」が残るところまで到達して初めて、ブランドは成熟したともいえる。
kotoneのデザインは、新しいコーヒーメーカーの造形である以上に、バリスタというブランドが「目立たなければならない段階」を卒業したことを示しているように筆者には見えました。

「家電」というカテゴリーから一度離れてみる
そして深澤氏の話は、バリスタという一製品のデザイン論から、もっと大きな家電論へ進んでいきます。
家電には長い間、「家電らしい形」がありました。冷蔵庫、洗濯機、掃除機、電子レンジ、炊飯器。用途は違っていても、そこにはスイッチがあり、操作パネルがあり、機能を示す文字があり、機械であることを積極的に表現するデザインがありました。
それは決して悪いことではありません。高度成長期以降、新しい機能が次々と家庭へ入っていった時代には、製品が自ら用途を説明する必要があったからです。多機能化が競争力だった時代には、機能を「見せる」ことも価値でした。
だが今は、生活者と家電との関係が違います。家の中を見渡せば、すでに十分すぎるほど多くの電気製品に囲まれています。それどころか、スマートフォン、ディスプレイ、スピーカー、空気清浄機、ロボット掃除機と、従来は居場所が固定されていなかった機器まで生活空間へ入り込んでいる。
そこで深澤氏が語ったのが、この言葉です。
「我々の生活にすでに必要な、中心軸にあるものであるということで、家電というふうに捉えないでデザインしなきゃいけない」
筆者は、この言葉を単なる「インテリアになじむ家電」という話として処理したくありません。
もっと本質的なのは、「家電」というカテゴリーからデザインを始めること自体を疑っている点です。
コーヒーメーカーだから、この形。
家電だから、この操作パネル。
機械だから、この存在感。
そうした既存の型を一度外して、「人が暮らしている空間に、コーヒーを飲むための道具が必要だ」とゼロから捉え直す。そうすると出発点は、機械ではなく生活になります。
製品を中心に人の行動を考えるのではなく、人の行動の中に製品を置く。似ているようで、この二つはまったく違います。
その違いは、kotoneに盛り込まれた一つひとつの設計を見ると、かなり明確になります。たとえば静音性です。製品を中心に考えるなら「抽出音をどこまで小さくできるか」が課題になる。しかし人の行動から考えれば、問うべきなのは「その音が、どんな場所で、どんな時間を過ごしている人の耳に届くのか」です。

静音化は「性能向上」ではなく空間のデザインだった
この考え方でkotoneを見ると、シリーズ史上最高レベルという静音設計の意味も変わってきます。
通常、家電業界において静音化はスペック競争のひとつです。従来機より何%音を低減した、運転音が何dBになった、と数値で性能向上を説明する。しかし深澤氏は、音を機械の性能ではなく、置かれる「場所」との関係で捉えていました。
キッチンには料理の音があります。食材を切り、フライパンで焼き、ミキサーを回す。多少大きな音がしても、その行為と場所が一致しているため、必ずしも不快なノイズにはならない。
ところがコーヒーマシンがリビングへ移れば、同じ音でも意味が変わります。
「リビングの方で使うことを考えると、使っている時にノイズにならないということは、結構重要なファクターなんです」
この指摘は非常に本質的です。
家電スペシャリストとして長年製品を見てきましたが、家電の性能はスペックシートの中だけで成立するものではありません。
同じ音量でも、昼と早朝では違う。キッチンとリビングでは違う。一人暮らしと、眠っている子どもがいる家庭でも違う。
つまり静音性とは音そのものを小さくする技術ではなく、「生活の中で製品がどこまで存在を主張してよいか」を調整する技術ともいえる。
kotoneがシリーズ史上最もスリムな横幅約10.8cmになったことも、同じ文脈で理解できます。
小さいから優れているのではない。限られた生活空間を必要以上に占拠しないから意味がある。
静かな色、細いボディ、抑えられた抽出音。一つひとつをスペックとして切り離すのではなく、「暮らしへの介入量を減らす」という一つの思想で束ねると、深澤氏が目指したものが見えてきます。

高機能なのに、本体から機能を消していく
さらに興味深かったのが、操作についての考え方です。
家電は高機能になるほど、一般にはUIが複雑になります。機能が五つなら五つの選択肢を表示する。十個なら十個を表示する。それを物理ボタンから液晶へ移し、最近ではタッチパネルへ移してきました。
しかし、それは本当に進化なのでしょうか。深澤氏は、水を入れることやコーヒーを補充すること、メンテナンスなどについて、
「マニュアルを見て、いろいろ勉強しなくても分かるということ」
が重要だったと話します。
ここには、深澤氏が長く追求してきた、人とモノとの関係性が表れています。説明を増やして使えるようにするのではなく、説明がなくても使えてしまうところまで、モノの側を整理する。
今回kotoneでは、コーヒータンクを付け替えられる構造が新たに採用されています。日中は通常のコーヒー、夜はカフェインレスといった使い分けが容易になる一方、本体での基本操作はワンタッチというバリスタ本来の分かりやすさを残しています。
そして濃さや水量など、さらに細かなパーソナライズはスマートフォンアプリ側へ移した。この役割分担も、実はこれからの家電を考えるうえで重要だと思います。
IoT家電の初期には、「アプリで家電を操作できる」こと自体が価値として語られました。しかし現在、スマートフォンがもう一枚の操作パネルになるだけでは大した意味はありません。
むしろデジタルが引き受けるべきなのは、複雑さです。日常的に使う操作は本体側に残し、細かな設定や履歴、パーソナライズはデジタルへ逃がす。そうすればハードウェアは高機能化しながら、見た目と操作は逆に静かにできる。
これは「多機能なのにシンプル」という、一見矛盾した家電を成立させるための重要な設計思想になっていくはずです。

製品をデザインしたのではなく、「存在の仕方」をデザインした
深澤氏は、コーヒーメーカーの歴史についても触れていました。
ドリップ式のコーヒーメーカーには、誰もがイメージできる典型的な形が長く存在してきた。しかしコーヒーの味わいや飲み方、そして生活そのものが変われば、当然、そのための道具も更新されなければならない。
「コーヒーのライフスタイルがものすごく進化した中でのコーヒーマシンなので、やっぱり新しい風になっていかなきゃいけない」
この言葉を聞いて、筆者にはようやくkotoneのデザインが腑に落ちました。
先に製品の形があったのではない。
バリスタが680万台まで普及した。
ブランドを大きく主張しなくてもよくなった。
コーヒーマシンがキッチンだけのものではなくなった。
家で仕事をする時間が増え、一杯のコーヒーを飲む時間や意味も細分化された。
スマートフォンが複雑な操作を引き受けられるようになった。
静かさがスペックではなく、暮らしの質として求められるようになった。
そうした社会と生活の変化を一つずつ読み解いた最後に、結果としてkotoneの形がある。
だから今回の製品を「深澤直人らしいミニマルなデザイン」とだけ評してしまうと、おそらく最も重要な部分を見落とします。
削ったことが重要なのではありません。なぜ、削れる時代になったのか。そこにこそ今回のデザインの核心があります。
日本の家電は長く、「何ができるようになったか」を進化として競ってきました。しかし家電が十分に成熟し、日常の中へ入りきった現在、その次に求められるのは、機能の存在感を弱めながら、必要な時だけ確実に働くことなのかもしれません。
家電が家電であることを主張しなくなる。
使う人に操作を意識させなくなる。
動作音すら生活の背景へ退いていく。
それは家電が存在感を失うということではありません。むしろ逆です。
生活に本当に定着した道具ほど、自分が何者かを説明する必要がない。
深澤直人氏が「家電というふうに捉えない」と語った言葉は、新しいコーヒーメーカーのデザイン論であると同時に、成熟した家電が次にどこへ向かうのかを示す一つの答えにも聞こえました。
「ネスカフェ ゴールドブレンド バリスタ kotone」は、その思想を形にした“結果”なのだと思います。

【製品概要】
ネスカフェ ゴールドブレンド バリスタ kotone(コトネ)
価格:販売価格 税込2万2000円
発売時期:2026年10月1日
カラー:プレミアムブラック、プレミアムホワイト、クールグレー
タイプ:「ネスカフェ」専用コーヒーメーカー
本体サイズ:幅 約10.8cm×高さ 約35.0cm×奥行 約30.7cm
重量:2.9kg
水タンク容量:660ml
定格消費電力:1460W
ポンプ圧力:最大15気圧
使用環境温度:5~35℃
別売品:付け替え用「コーヒータンク」 税込3300円(プレミアムブラック、プレミアムホワイト、クールグレー)
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