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“家電に見えない家電”が増えている? 日立「MUTRAL」から見えたデザインの新潮流とは

「グリルをなくす」ことは、機能を減らすことではなかった

 IHクッキングヒーターと聞けば、天板に3口の加熱ゾーンがあり、その下には魚焼きグリルがある。長年、日本のビルトインIHではそれがごく当たり前の姿だった。

 ところが日立が2026年11月初旬に発売する「MUTRAL」ZA10Tシリーズは、その“当たり前”を外した。3口IHを備えながら、グリルは搭載しない。マットブラックとシルバーの2色を用意し、トッププレート幅は60cm。日立は従来のグリル付きIHをやめるのではなく、ライフスタイルや調理スタイルに応じた新たな選択肢としてグリルレスを加える。

 発表会で示された開発背景のひとつが、魚焼きグリルの使用状況の変化だ。日立の調査では「魚焼きグリルを使ったことがない、ほとんど使わない」という人がこの10年で増え、2026年には18%に達したという。一方、焼き物に使う調理器具として最も多かったのはフライパンだった。

 つまり魚を食べなくなったわけではない。魚を焼くために“専用の箱”を必要としない人が増えているのだ。

 これは筆者自身の生活にも当てはまる。調理家電を日常的に試していると、オーブンレンジ、エアフライヤー、フライパンなど、「焼く」ための選択肢は以前より圧倒的に増えた。家電は長く「できることを増やす」ことで進化してきたが、選択肢が増えた結果、逆にひとつの製品がすべての機能を抱える必要性は薄れている。

グリルや大きな排気口、目立つ表示を極力排した「MUTRAL」。キッチンの中で家電として主張するのではなく、カウンターやインテリアの一部のように空間へ溶け込むデザインを目指している。
グリルや大きな排気口、目立つ表示を極力排した「MUTRAL」。キッチンの中で家電として主張するのではなく、カウンターやインテリアの一部のように空間へ溶け込むデザインを目指している。

「使わない機能」から生まれた、新しいIHの選択肢

 興味深いのは、MUTRALの開発が単純なコストダウンや機能削減から始まったわけではないことだ。

 デザインを担当した北嶋氏によれば、2023年にグリルカメラなどを搭載したグリル重視の上位モデルを投入した後、使用データを見ると、高機能なグリルを備えた製品を購入しているのにグリルを使っていないユーザーがいたという。そこから「グリルを必要としない人のためのIH」という発想が約3年前に始まった。

 これは事業づくりの視点からも面白い。成熟市場では、すべてを載せた“全部入り”を高性能化し続けるだけでは顧客の違いを拾いきれない。使わない機能を見つけ、その「非使用」を欠点ではなく、新しい市場の入口として捉え直す。MUTRALは、そんなセグメンテーションから生まれた商品にも見える。

発表会会場に展示されたMUTRALのマットブラックとシルバー。グリルを持たないためキッチン前面の意匠を連続させやすく、トッププレートも周囲の素材となじむように仕上げられている。
発表会会場に展示されたMUTRALのマットブラックとシルバー。グリルを持たないためキッチン前面の意匠を連続させやすく、トッププレートも周囲の素材となじむように仕上げられている。

デザイナーが疑った「家電としての当たり前」

 ただし、今回のMUTRALを単に「グリルのないIH」と捉えると、本質を見誤る。

 発表会で最も印象に残ったのは、北嶋氏の「家電のデザインとしての当たり前が、もう出来上がっている」という言葉だった。そして、その当たり前を一度疑ったという。

 従来のIHを正面から見るとグリル扉や操作部が見え、上から見ると大きな排気口や注意書き、火力を示す文字が並ぶ。北嶋氏は、それらがキッチンに置かれた瞬間に「家電の世界」へ引き戻し、インテリアを壊す要素になっていると感じたという。

 そこでMUTRALでは、家電を“格好よく見せる”のではなく、家電らしさを生む記号そのものを減らしていった。

日立グローバルライフソリューションズ ホームソリューション事業部 プロダクトマーケティング本部 商品企画部 デザイングループでMUTRALのデザインを担当した北嶋 正氏
日立グローバルライフソリューションズ ホームソリューション事業部 プロダクトマーケティング本部 商品企画部 デザイングループでMUTRALのデザインを担当した北嶋 正氏

見た目を整えるために、内部構造まで変えた

 象徴的なのが、トッププレート後方の「エアラインパネル」だ。通常のIHには内部のインバーター基板などを冷却した空気を排出するための排気口が必要になる。ところが今回は、その穴を上面に見せたくないというデザイン側の要求から、約12mmの厚さのパネル内に排気経路を設け、後方の細いスリットから斜め上へ空気を逃がす構造を新たに設計した。しかも対面キッチンの向こう側にいる家族へ風が直接当たりにくいよう、吹き出す方向まで調整している。

 これは見た目だけの処理ではない。デザインの要求によって、内部構造そのものを変えている点に意味がある。

 さらに、表面に並んでいた注意書きの多くはエアラインパネルの下へ移動。操作部も「弱火」「中火」「強火」「スタート」といった日本語表記を極力減らし、ピクトグラム中心とした。薄形フレームをトッププレートとなじませ、IH特有の細かなドット印刷まで、必要な機能を維持しながら視覚的に目立ちにくいパターンへ改めたという。フラットなトッププレートや薄形フレームは、清掃性にも寄与する。

エアラインパネルのカットモデル。約12mmの厚みの中に排気経路を設け、内部の冷却風を後方の細いスリットへ導く。見た目を整えるために、外装だけでなく内部の空気の通り道まで設計し直した。
エアラインパネルのカットモデル。約12mmの厚みの中に排気経路を設け、内部の冷却風を後方の細いスリットへ導く。見た目を整えるために、外装だけでなく内部の空気の通り道まで設計し直した。

「消すデザイン」と「伝える操作性」を両立する

 普通のユーザーなら気にも留めない細部まで消していく。その積み重ねによって、IHをキッチンに置かれた“機械”ではなく、カウンターや家具に近い存在へ寄せようとしている。

 しかも、何でも隠せばよいと考えているわけではない。使っていないときは静かに存在感を消し、調理を始めればフルドット液晶に大きな文字やイラストを表示する。日立が長年採用してきたワンタッチ火力操作も継承した。実際に触れると、最初はピクトグラムに一瞬戸惑う場面もあったが、情報を消すことと操作性を犠牲にすることは別だという線引きは明確だ。

エアラインパネルは取り外して洗える構造。表面に出す注意書きを必要最小限にし、多くをパネルの下へ移すことで、通常時のトッププレートをすっきり見せながらメンテナンス性も確保している。
エアラインパネルは取り外して洗える構造。表面に出す注意書きを必要最小限にし、多くをパネルの下へ移すことで、通常時のトッププレートをすっきり見せながらメンテナンス性も確保している。

魚焼きグリルを消しても「魚を焼く体験」は消さない

 機能面でも、“なくして終わり”にはしていない。

 MUTRALは左右IHに、フライパンや鍋を設定温度に保つ「適温調理」を搭載し、新たに魚焼きレシピを追加した。発表会では鮭をフライパンに載せ、180℃に設定して焼く実演が行われた。設定した温度をIH側が維持するため、手動で火加減を調整するより焦げ付きなどを抑えやすい。

 適温調理ではフライパンや鍋の温度を自動でキープし、途中で温度を変更したり、残り時間のタイマーを設定したりすることもできる。魚料理をグリルからフライパンへ移しても、IH側の制御で調理を支えるという考え方だ。

 ここにMUTRALの思想がよく表れている。

 グリルというハードウェアを残すのではなく、ユーザーが本当に必要としている「魚を失敗しにくく焼く」という目的をIH側の温度制御へ移したのである。

 製品開発では、長年搭載してきた機能そのものを守ることが目的化してしまうことがある。しかし生活者が欲しいのはグリルという箱ではなく、その先にある結果だ。目的と手段を切り離せば、別の実装方法が見えてくる。

操作部は「弱火」「中火」「強火」などの日本語表記を抑え、ピクトグラムを中心に構成。使っていないときの情報量を減らし、必要なときだけ操作の手掛かりが見える方向へ整理されている。
操作部は「弱火」「中火」「強火」などの日本語表記を抑え、ピクトグラムを中心に構成。使っていないときの情報量を減らし、必要なときだけ操作の手掛かりが見える方向へ整理されている。

「デザイン家電」の次は、“家電に見えない家電”なのか

 今回の取材中、筆者の頭に浮かんだのが、少し前に取材した「ネスカフェ ゴールドブレンド バリスタ kotone」だった。

 プロダクトデザイナーの深澤直人氏が手がけた新モデルで、ネスレ自身も「日常に溶け込むデザイン」を掲げ、必要な要素をシンプルに構成した、静かで成熟した佇まいを特徴としている。抽出音まで静音化するなど、視覚だけでなく体験そのものを暮らしの背景へ溶け込ませようとしている点も興味深い。

 その取材で深澤氏が語っていた趣旨も印象的だった。製品カテゴリーがまだ十分に認知されていない段階では、「これはコーヒーメーカーだ」と分かる造形やブランドの存在感にも意味がある。しかし、それが暮らしに定着した後は、むしろ自己主張を弱め、空間へ溶け込ませる段階へ進めるのではないか、という考え方だ。

調理時にはフルドット液晶にメニューや設定温度を大きく表示する。写真は左IHで「揚げ物」「180℃」を選んだ状態。外観の情報量を減らす一方、操作するときの分かりやすさは残すというMUTRALの考え方が表れている。
調理時にはフルドット液晶にメニューや設定温度を大きく表示する。写真は左IHで「揚げ物」「180℃」を選んだ状態。外観の情報量を減らす一方、操作するときの分かりやすさは残すというMUTRALの考え方が表れている。

家電は“主役”から“暮らしの背景”へ――MUTRALが映すデザインの新潮流

 そこで今回、北嶋氏に「最近の家電は、家電らしさをどこまで消せるかという方向へ進んでいるように感じる」と率直に尋ねてみた。

 返ってきた話は象徴的だった。MUTRALでも約3年前の初期構想から、従来IHで当たり前だった段差、文字、ドット、排気口などを一つずつ疑い、設計部門と検証を重ねてきたという。最初からすべてが実現できたわけではなく、マットなトッププレートを含め、開発期間中の技術進化によって可能になった部分もある。

 もちろん、深澤氏と日立がまったく同じデザイン思想を掲げていると断定するつもりはない。ただ、ほぼ同じ時期に異なるメーカーの製品を取材し、共通して「暮らしに溶け込む」という考え方が中心に置かれていたことは偶然とは思えなかった。

 振り返れば、かつての「デザイン家電」は、無機質だった家電を美しいプロダクトへ変えることに価値があった。色やフォルム、素材を工夫し、「置いておきたい家電」をつくる。それ自体が市場を切り開いた。

 ところが今、その先で起きているのは、家電そのものが主役の座を降りる動きなのかもしれない。

 コーヒーメーカーは棚やカウンターの風景になり、IHはキッチンや建築の一部へ近づく。スマートホームが進めば、操作部さえ常に見えている必要はなくなるだろう。必要なときだけ機能が立ち上がり、使わないときは生活の背景へ戻っていく。

フライパンで焼き上げた鮭。MUTRALはグリルという専用ハードウェアをなくす一方、魚を焼くという目的は「適温調理」とレシピ提案で支える。機能を削るだけではない点がポイントになる。
フライパンで焼き上げた鮭。MUTRALはグリルという専用ハードウェアをなくす一方、魚を焼くという目的は「適温調理」とレシピ提案で支える。機能を削るだけではない点がポイントになる。

“足す”から“選ぶ”へ――MUTRALが示す成熟家電の次の価値

「NEUTRAL=空間も暮らしもバランスよく整える」と「MUTE=日常にそっととけこむ」を掛け合わせた「MUTRAL」という名称は、そんな時代の家電をよく象徴している。

 そしてもうひとつ重要なのは、日立がグリル付きを廃止しないことだ。グリルを日常的に使う人にはグリル付きモデルを残し、必要としない人にはMUTRALを用意する。

 これは「新しいものが古いものを置き換える」という単純な進化ではない。暮らしが多様化したからこそ、メーカー側もひとつの正解を押しつけず、複数の選択肢を用意する必要がある。

 高機能化が行き着いた成熟市場では、“何を足したか”よりも、“何を残し、何を消したか”に企業の思想が表れる。

 家電を美しく見せる時代から、家電であることさえ意識させない時代へ。

 MUTRALは、グリルレスIHという新製品であると同時に、日本の家電デザインが向かいつつある次の地点を示す一台なのだと思う。

左右のIHと中央IHを使った調理イメージ。魚をフライパンで焼くほか、煮込みや保温などを組み合わせることで、グリルを前提としない日常の調理スタイルを提案している。
左右のIHと中央IHを使った調理イメージ。魚をフライパンで焼くほか、煮込みや保温などを組み合わせることで、グリルを前提としない日常の調理スタイルを提案している。

【製品概要】
日立 グリルレスIHクッキングヒーター「MUTRAL(ミュートラル)」ZA10Tシリーズ

価格:HT-ZA10KTF(マットブラック)積算見積価格 税込31万9000円/HT-ZA10STF(シルバー)積算見積価格 税込30万8000円
※事業者向けの積算見積価格で、一般消費者向けの小売販売価格ではありません。
発売時期:2026年11月初旬
カラー:マットブラック(K)/シルバー(S)
タイプ:ビルトイン型グリルレスIHクッキングヒーター/3口IH/鉄・ステンレス対応
型式:HT-ZA10KTF(マットブラック)/HT-ZA10STF(シルバー)
トッププレート幅:60cm
IH火力:左右 最大3.2kW/中央 最大1.6kW
総消費電力:5.7kW
※複数のIHを同時使用する場合は、総消費電力が5.7kWを超えないよう自動的に火力を制御
電源:単相200V

Gallery 【画像】おいしそう!日立のグリルで作った料理を画像で見る(14枚)
プロだけじゃない アマチュアこそ試したいスリクソンの新アイアン
滝田勝紀
滝田勝紀
VAGUE家電統括プロデューサー
モノ雑誌の編集に15年以上携わり『デジモノステーション』編集長を歴任。現在は家電スペシャリストとして、国内外の最新テクノロジーを長年取材。All About家電ガイドやMakuakeエバンジェリスト、楽天ROOM公式インフルエンサー(フォロワー56万人超)など幅広く活動する。海外取材経験も豊富で、欧州家電メーカー本社や世界最大級の見本市「IFA」への造詣も深い。また、Z世代向けメディア運営やPR会社経営の傍ら、インテリアスタイリスト窪川勝哉氏とのユニット「𝒾𝓃𝒞𝒶𝒹𝑒𝓃𝓏𝒶」で家電開発も手掛ける。機能とデザインの両面から、心地よい暮らしのあり方を提唱している。

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