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オークションに登場 ワケありアウディ「クワトロ」の正体とは? なぜ車高が高い? “パリダカ”参戦マシンの中身は「レンジローバー」だった!?

プライベーターが手がけた“パリダカ”用クロスオーバー

 先日、フランスのAGUTTESというオークションサイトに、奇妙なクルマが出品されていました。それは背の高いアウディ「クワトロ」で、プライベーターが仕立てたマシンとのこと。出品リストには、『アウディ「クワトロ」デ・パオリ』と記されていますが、どうやら調べてみると、その正体は『アウディ「クワトロ」レンジローバーV8』という方が正しいようです。

フランコ・デ・パオリ氏に“パリダカ”に参戦するために製作したアウディ「クワトロ」を模したマシン(C)Aguttes
フランコ・デ・パオリ氏に“パリダカ”に参戦するために製作したアウディ「クワトロ」を模したマシン(C)Aguttes

 この風変わりなアウディ「クワトロ」を手がけたのは、イタリアのビジネスマンであるフランコ・デ・パオリ氏。1979年のある日、偶然、アフリカに滞在していたデ・パオリ氏は、“パリダカ(パリ-ダカールラリー)”に遭遇します。

 当時、まだメーカーによる参戦もなく、超過酷なアマチュアレースだった“パリダカ”。デ・パリオ氏はこのラリーを目撃し、「私も絶対に参戦しなければならない」と心に決めたそうです。デ・パリオ氏は、1980年にパリダカに初挑戦。その後、23回も参戦した、いわばレジェンドなのです。

 デ・パリオ氏によると、かつての“パリダカ”は参戦するマシンの選択肢がほとんどなかった、とのこと。「アメリカ車は重すぎて砂漠で不利、日本車は過酷なレースに耐えられない」という理由から、彼はV8エンジンを搭載する「レンジローバー」を選択したそうです。当時の「レンジローバー」は、レースで使えるさまざまなパーツが流通していた、この手のレースへのノウハウがメーカーに蓄積されていた、コスト面でリーズナブルだった、と、3拍子そろっていたそうです。

 デ・パリオ氏は、1982年の“パリダカ”で総合18位に入賞。「完走するだけで優勝」といわれるほど過酷なラリーで、プライベーターによる18位入賞は目を見張る成績といえるでしょう。

 さらにデ・パオリ氏、1981年に自身の会社を売却したことで、「もっと“パリダカ”に専念できるようになった」といいます。ミラノ近郊にあるブチャナスコにオフロードレーシングカー専用の工房・パーソナルカーセンターを設立し、“パリダカ”専用マシンを仕立てる計画を進めたのです。

 デ・パオリ氏が初めて手がけたマシンが“パリダカ”にお目見えしたのは、1983年のこと。それは、「レンジローバー」のシャシーを使い、ローバー「3500SD1」のボディを被せたものでした。今でいう“クロスオーバーカー”を、彼はこの頃に提案していたことになります。

 そんな低重心の『ローバー「レンジローバー」V8プロト』は、砂漠の上でも180km/hで走ることができ、“パリダカ”のみならずラリー・デ・ファラオン、アトラス、チュニジアなどにも参戦しました。

 そして1985年、デ・パオリ氏自前のクロスオーバー第2弾が、今回オークションに出品された『アウディ「クワトロ」レンジローバーV8』なのです。

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