【THE CONCEPT】ジウジアーロが描いたストレートなライン、マセラティ「ブーメラン」
コンセプトカー界におけるカリスマ
これほどセンセーショナルなマセラティ・ブーメランについて、当時のメディアは、マセラティからごく少数でも限定生産されるとの展望を書き立てたようだが、それは果たされることはなかった。
しかしその代わりに、1972年にイタルデザイン社が発表したコンセプト「ロータス・エスプリ」にはウェッジスタイルや平面ガラスなどのデザインエッセンスが投入され、それは1975年に正式デビューした生産型エスプリにも、ほぼそのままの生かされることになった。
のちに全世界の自動車デザインに多大な影響を与えたイタルデザイン・ジウジアーロの直線基調スタイル。かつては「折り紙細工」とも揶揄されることもあったが、現在ではシンプルな中に独特な機能美を湛えたグッドデザインとして高く評価されている。また、当時から既に過去のものと思われていた平面ガラスを用いるアイデアも、エスプリだけではなくフィアット・パンダでも採用されている。
マセラティ・ブーメラン自身の生産化こそ夢に終わったが、ジウジアーロのデザイン力を示すという重責は十分に果たされることになったのだ。
1972年ジュネーブ・ショーでのお披露目を終えたのち、マセラティ・ブーメランは1974年頃まで、パリ、ロンドン、バルセロナの各モーターショーを巡回することになった。もちろん、展示された各地で高い評価を受ける。
そしてバルセロナ・ショーのあともブーメランはスペインに残され、有名なリゾート地であるバレンシア州ベニドルムにてナイトクラブを経営するビジネスマンが入手した、との記録が残されている。この時代のカロッツェリアでは、次の作品の制作費を得るためにショーカーを売却するのは、決して珍しいことではなかったのだ。
そののち1980年代初頭に、イタリア国内のさるマセラティ愛好家の許に渡り、入念なレストレーションが施されたという。1990年にはパリ近郊ブローニュの森で行われた「バガテル・コンクール・デレガンス」に特別展示。約20年ぶりに衆目の前に姿を現している。
ちなみにそのコンクールに、審査員として臨席していたジョルジェット・ジウジアーロ本人によって、リアエンドのパネルにサインが書き入れられたとされている。また、イタリア・モデナ近郊の世界的マセラティ・コレクター、故ウンベルト・パニーニ氏のミュージアムに一時期レンタル展示されたこともあるようだ。
●オークションで高値で取引される存在に
そして、21世紀を迎えた2002年。当時のブーメランの所有者は、約2万ポンドの費用と、18ヵ月の時間を費やして、再び機関部と電装系を中心にレストアをおこなう。2003年初頭に修復が完了したブーメランは、2005年2月、仏パリの「レトロモビル」会場内で行われたクリスティーズ社のオークションに出品され、当時の邦貨換算にして約1億1000万円で落札された。
さらにそれから10年後となる、2015年9月5日。フランスで行われるコンクール・デレガンス「シャンティイ・アート&エレガンス」に際して併催されたボナムズ・オークションでは、実に330万ユーロ(約4億6000万円)という高値で落札されている。ジウジアーロがデザインしたブーメランが自動車史上に残るカリスマ的コンセプトカーであることを、自ら証明して見せたのである。
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