最新の「アウトランダー」にも受け継がれる思想とテクノロジー! 旧車からコンセプトカーまで「現在の三菱車」をつくった名車が勢ぞろい
初代「デボネア」は気品あふれる高級セダン
クラシックカーを中心とした自動車文化を愉しむイベント「オートモビルカウンシル2025」において、三菱自動車は「時代を切り拓いてきた名車たち」と題して、4台のヘリテージカーと往年のコンセプトカー、そして、最新モデルである「アウトランダーPHEV」を展示しました。

会場で多く人の目を釘づけにしたのが、気品あふれる純白の高級セダン。1964年に発売された初代「デボネア」です。1960年代初頭、当時の三菱重工業がライバルと競える2000cc級モデルの投入を計画して誕生したフラッグシップセダンでした。
初代「デボネア」のデザインを担当したのは、米・ゼネラルモーターズ出身のデザイナー、ハンス・ブレッツナー氏。そのせいか、当時のアメリカ車の特徴を盛り込んだ、迫力と気品に満ちたスタイリングが持ち味でした。
モデルライフ後半に、心臓部は2.6リッターの大排気量エンジンに換装されましたが、ボディの大きさは5ナンバーサイズのまま。日本車事情への最適化がデザイン上でブレッツナー氏の苦しめたといいますが、その見事な手腕によって後世に語りつがれる名車が誕生しました。
販売面では成功とはいえなかった初代「デボネア」ですが、ブレッツナー氏のデザイン手法は、その後の三菱自動車のクルマづくりに大きく影響したとされています。
当時の最新技術として、初代「デボネア」は2リッターの直列6気筒エンジン、パワーウィンドウ、電動フロントシート、ボルグワーナー製3速AT、エアコンなどを備えており、高級車の中でも豪華な内容でした。
三菱自動車のフラッグシップカーとして、改良を加えながらも1986年まで22年間も生産が続けられた初代「デボネア」は、クルマ好きから「走るシーラカンス」と呼ばれました。
一方、オレンジのボディカラーがまぶしいクーペは、1970年に発売されたスペシャルティクーペ「ギャランGTO」の最上級グレード「MR」です。セダンの「コルトギャラン」をベースに開発され、当時、アメリカで高い人気を誇ったマッスルカーを想起させる力強くも美しいスタイリングが魅力でした。
単にスポーティさを追求するのではなく、キャビンの居住性をしっかり確保した実用性の高さも自慢のひとつ。コックピットデザインも、航空機のそれを模したラウンドタイプの計器盤が与えられました。
発売直後に追加された「MR」グレード最大の特徴は、当時の高性能車の証ともいえるDOHCエンジンを三菱車として初搭載したこと。最高出力は125馬力を誇りました。
因みに「GTO」とは“Gran Turismo Omologato”の頭文字からとられたもので、真のグランツーリスモであることを意味。グレード名である「MR」は、“Mitsubishi Racing”の頭文字であるなど、当時の三菱が展開する究極のスポーツカーでした。
シックなグリーンのボディカラーをまとったクーペは、「ギャランGTO」の後継車として誕生した「ギャランΛ(ラムダ)」。展示車は、1979年に追加されたグレード「2000スーパーツーリング」でした。
1976年に登場したセダン&ワゴンの「ギャランΣ(シグマ)」をベースとする高級スペシャルティカーで1976年にデビュー。Λは英語で豪華さを示すラグジュアリーにちなみ、ギリシャ語でアルファベットの“L”に相当する“ラムダ”のサブネームが与えられました。
当時のアメリカ車のスペシャルティクーペに強い影響を受けたとされるそのスタイルは、「ギャランGTO」のファストバッククーペから、オーソドックスなノッチバッククーペに改められましたが、日本車初の角形4灯ヘッドライト、ロング&スタントノーズ、サイドまで回り込んだラップアラウンドリアウィンドウなどを採用することで、独自の世界観を表現していました。
対するインテリアでは、1本スポークのステアリングホイールが特徴的でしたが、これはメーターの視認性を高める機能的デザインでもあり、計器類も6連メーターがおごられました。
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