わずか139台が生産された後に倒産 “悲運のスーパーカー”をオークションで発見 走行距離8200キロのビッカビカの「青いブガッティ」とは
落札予想は3億円超え!?
2025年10月にベルギーで開催されるブロードアロー・オークションに、1992年製ブガッティ「EB110 GT」が出品される予定です。
どんなクルマなのでしょうか。

1987年、実業家ロマーノ・アルティオーリ氏は、名門ブガッティを現代に復活させるという大胆な夢を掲げ、ブガッティ・アウトモビリS.p.A.を創設しました。
新たな拠点に選ばれたのは、スーパーカー文化の中心地モデナ近郊カンポガリアーノ。ここに大理石の床を備えた「ファッブリカ・ブルー(青い工場)」と呼ばれる広大な施設を建設し、デザインスタジオやエンジンテスト施設、試験コース、ショールームまで完備するという徹底ぶりでした。彼はランボルギーニ「ミウラ」や「カウンタック」を手がけたエンジニア、パオロ・スタンツァーニを招聘し、エットーレ・ブガッティの名にふさわしい新世代スーパーカーの開発に挑みました。
初期の開発では「FL12」と呼ばれるコンセプトが進められ、軽量アルミハニカム構造のシャシに3.5リッターV12・60バルブエンジンを搭載。F1マシンを思わせる設計で、4基のターボチャージャーによって圧倒的な出力と応答性を目指しました。
駆動方式はセンタードライブシャフトを介したフルタイム四輪駆動。理想を詰め込んだ構成でしたが、開発の進展とともに現実的な改良が求められ、スタンツァーニは退任。フェラーリ「F40」の生みの親、ニコラ・マテラッツィ氏が後任として就任します。
マテラッツィ氏は軽量化と剛性強化を図り、アルミ構造をカーボンファイバー製モノコックに置き換えました。この技術は「マクラーレンF1」に先駆けるもので、わずか125kgの重量で高いボディ剛性を実現。
改良されたV12エンジンは最高出力560馬力を8000回転で発揮し、4つのターボによってターボラグを最小化。駆動力配分は前27:後73とされ、ハンドリングの自然さを重視しました。
外観デザインはマルチェロ・ガンディーニ氏が担当。初期案は鋭いウェッジシェイプとシザーズドアを持つ攻撃的な姿でしたが、アルティオーリはブガッティらしい優雅さと伝統の「ホースシューグリル」を求め、建築家ジャンパオロ・ベネディーニが最終デザインをまとめました。
風洞実験を経て完成したフォルムは、空力と美を融合させたものとなり、Bピラーの「EB110」発光ロゴや可動式リアウイングなど、機能美あふれるディテールが与えられました。
1991年9月14日、エットーレ・ブガッティ生誕110周年を記念して「EB110 GT」がパリ郊外グランダルシュで発表されました。
70台のクラシック・ブガッティを馬蹄形に並べた壮麗な式典ののち、夜はヴェルサイユ宮殿で1700人のゲストを迎えた舞踏会が催され、翌朝には車両がモルスハイムのシャトー・サンジャンへと運ばれました。ブガッティの復活を告げる象徴的なイベントでした。
EB110は登場当時から高い評価を受け、カーボン構造と四輪駆動、4ターボV12による驚異的な安定性と快適性が称賛されました。元F1王者フィル・ヒルはテスト走行で343km/hを記録し、「200マイルを超えても普通の道路のように安定している」と語りました。
しかし、1990年代初頭の不況と過大な投資が重なり、ブガッティ・アウトモビリは1995年に倒産。生産されたEB110はわずか139台(うちGT仕様は約85台)にとどまりました。
※ ※ ※
その中の一台、シャシナンバー39053は1992年製の左ハンドル仕様で、ブルー・ブガッティの外装にライトグレーの内装を組み合わせた美しい個体です。
新車時にドバイで登録されたのち、英国でも「30 DCD」のナンバーで知られ、1998年のBBC番組にも登場しました。
現在の走行距離は8200kmあまりで、外装・内装ともに極めて良好な状態を保っています。2024年のレトロモビルにも出展され、その存在感を示しました。
フォルクスワーゲンによるブガッティ再建後、「ヴェイロン」、「シロン」、そして「リマック」との提携による次世代へと続く今、EB110はその礎を築いたクルマといえます。
先進素材、4ターボ、四輪駆動という技術の組み合わせは、現代ブガッティのDNAそのものです。EB110は、伝説の名を21世紀に繋いだ革新の象徴として、今なお輝きを放ち続けています。
落札予想価格は150万ユーロから180万ユーロ(1ユーロ177円換算で日本円で約2億6600万円から3億1930万円)とされています。
VAGUEからのオススメ
ポータブル電源が都心で過ごす夜を変える──Jackeryがかなえる“オフグリッド”なスポーツ観戦【PR】