世界最高峰のソーラーカーレースで使用されたブリヂストンのタイヤ「エンライトン」の思想って? オーストラリア大使館でBWSC2025レセプションを開催
日本から参加した4チームはどう戦ったのか
BWSCは、オーストラリア北部の都市ダーウィンから南部のアデレードまでの約3000kmを、太陽光で走行するソーラーカーで駆け抜けるもので、1987年に初開催以降、2年に1度行われ、2021年大会はコロナ禍で中止になりましたが2023年に再開、2025年の今大会で17回目を迎えた歴史あるレースとなっています。

じつは2025年大会で、これまでと大きく変わったのは開催時期です。これまで10月開催だったのが、今回は8月開催に変更されました。
南半球にあるオーストラリアは、日本とは真逆の季節となり、8月は冬の時期にあたります。このため、日照時間が前回大会までよりもおよそ20%減少するという、ソーラーカーにとっては困難をともなうものとなりました。
赤道近くにあるスタート地点のダーウィンでは、昼間の気温は30度を超え、ソーラーカーの車内温度は50度を超えるという過酷な状況は前回大会と変わらなかったそうですが、南下するにつれ気温は下がり、ゴールのアデレードでは夜間の気温は摂氏2度ほどだったといいます。それだけでなく今回大会は、大雨や強風などの自然環境が、各チームを苦しめました。
今回で11回目の出場と、日本チームのなかで最多出場となる強豪「東海大学ソーラーカーチーム」のマシン「Tokai Challenger」は、今回はアジア勢トップの5位でゴール。パートナーズレセプションには、前回大会のマシンも展示されました。学生とともにチーム監督で東海大学学長でもある木村英樹教授や空力のスペシャリストでもある航空宇宙学科の福田紘大教授も参加、次回大会への豊富を熱く語っていただいたのが印象的でした。
2013年からBWSCに参加している古豪チームで、今回で6回目の出場となった「工学院大学ソーラーチーム」は、マシンの「CYGNUS(シグナス)」もレセプションで展示されていました。学生が設計・開発した手づくりのマシンで、途中さまざまなトラブルに見舞われましたが、無事13位でゴール。チームの結束を見せてくれました。
前回の出場に続き、2回目のBWSC出場となった「和歌山大学ソーラーカーチーム」は、新マシン「YATA」でチャレンジ。前1輪後2輪の流線型の美しいモノハル型スタイルのYATAは、日本神話に登場する「導きの神」であり、三本足の烏である八咫烏(やたがらす)から命名されています。
和歌山大学ソーラーカーチームはレース6日目の最終日、ゴールのアデレードまで200kmという地点で横風に煽られて路肩に飛ばされ、車両が大きく破損。天候が大雨だったということもあり、大会運営側から走行ストップを言い渡されてしまい、結果2831km地点でリタイア、という結果になりました。
今大会が初出場となる大阪工業大学チーム・レガリアは、「scewera(シウィラ)」で参戦。このマシン名はsolar car(ソーラーカー)の「sc」とnew era(新時代)の「ewera」を組み合わせた名前だといいます。
大阪工業大学チーム・レガリアのシウィラは、予選でのマシンの破損や、アデレードでのスタート時にバッテリートラブルでスタート時間が大幅に遅れるなど、さまざまなトラブルに見舞われました。チームリーダーの宮 大岳さんに話を聞くと、「無線の声が聞こえるけどこっちの声が届いていなかったり、トラブルがない時間がないくらい大変でした」とコメントが返ってきました。そんななか見事14位でゴール。初出場・初完走という偉業を達成しました。
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レセプションの最後には、ブリヂストンの代表執行役Global CEOの石橋秀一氏とともに、2026年1月1日付けで代表執行役Global CEOに就任する森田泰博氏、そしてブリヂストンの常務役員で、グローバルモータースポーツ管掌の今井 弘氏の囲み取材もおこなわれました。
森田氏は「モータースポーツは当社にとって原点であり、レースを“走る実験室”として技術革新を今後もさらに加速させます」とコメントしました。
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