なぜトヨタは“聖域”である「センチュリー」を大きく変えたのか? 豊田章男氏のひと言から始まった“新時代ショーファーカー”開発秘話
「センチュリー」は“名誉会長のクルマ”だった
1967年、トヨタグループの創業者である豊田佐吉氏の生誕100年を記念して誕生した「センチュリー」。以来、50年以上にわたって、日本を代表するショーファーカーとして歴史を重ねてきました。
しかし、その長い歴史と格式の高さゆえに、トヨタ社内でも「センチュリー」は“聖域”のような存在だったといいます。
豊田章男氏も、かつては「センチュリー」のことを「名誉会長である豊田章一郎氏のクルマ」と強く意識していたといいます。章一郎氏自身、初代「センチュリー」の主査を務めた中村健也氏とともに、当時の関東自動車で生産立ち上げに深く関わった歴史があり、強い思い入れを持っていたからです。
そのため章男氏には、自らが社長になってからも「軽々しく乗るクルマではない」「自分から口を挟むべきではない」という遠慮があったといいます。
実際、3代目となる「センチュリー(セダン)」の開発時、開発陣から意見を求められた章男氏は、「『センチュリー』は名誉会長のクルマなので、私は通訳はするが、自分から口は出さない」と答えていたほどでした。
その一方、世のエグゼクティブが移動空間に求めるものは大きく変わり始めていました。その変化を章男氏自身が実感するきっかけとなったのが、約20年間にわたって「アルファード」や「ヴェルファイア」を役員車や移動車として使ってきた経験です。
ミニバンは後席の頭上や足元のスペースが広く、オットマンに足を伸ばしてくつろげるだけでなく、移動中に仕事や打ち合わせをするにも適しています。

ユーザーの使われ方を調べると、「もう狭いクルマには戻りたくない」という声がある一方、別の課題も見えてきました。広く快適なミニバンであっても、正式な儀礼の場やフォーマルな場所へ出向く際には、格式や品格を考えてセダンなど別のクルマへ乗り換えるケースがあったのです。
ショーファーカーは、単に快適な移動手段であればいいというわけではありません。キャビンに座る人の品格や誇りを映し、その人が乗り降りするときの“所作”まで含めて引き立てる存在でなければならない……。そこで浮かび上がったのが、ひとつの問いでした。
「ミニバンの圧倒的なスペースと機能性を持ちながら、オフィシャルな場にも胸を張って乗りつけられる品格を兼ね備えた、新しい時代の最高峰ショーファーカーはつくれないか?」
その上で章男氏は、自分が乗ってもいいと思える新しい「センチュリー」を提案してほしい、と開発陣に伝えたといいます。
この言葉は、従来のセダンという枠を超えた新しい「センチュリー」の開発思想を象徴するものとなりました。
●SUVを目指したわけじゃない! 後席から逆算した新しい姿
新しい「センチュリー」が登場した際、その姿から「センチュリー」のSUV化と受け止められることは、開発陣も予想していました。
しかし開発陣は、「SUVをつくろうと企画したモデルではない」と強調します。SUVというカテゴリーを目指してあの形になったのではなく、あくまで後席に座るVIPの新しいニーズを突き詰めた結果として、現在のフォルムへと行き着いたからです。
実際、社内の商品化決定会議でも“SUV”という言葉は誰からも出ず、「センチュリーかどうか」が議論の軸だったといいます。
開発に際し、デザイナーが最初に取り組んだのは、歴代モデルが培ってきた“「センチュリー」ネス”、つまり“「センチュリー」らしさ”の抽出と再解釈でした。
そのひとつが、後席最優先のシルエットです。一般的なクルマでは、前席からリアへ流れるようなシルエットをつくります。しかし新しい「センチュリー」は、フロントピラーとリアピラーを結ぶルーフの頂点を後席乗員の頭上付近に設定。さらに、リアピラーを太く堂々とした形状とすることで、外から見た際に最も大切なVIPがどこに座っているのかが分かるプロポーションとしました。

もうひとつが、伝統的な面処理技法“几帳面”を用いた、張りつめた面構成です。ボディ側面には過剰なキャラクターラインを入れず、淀みのない大きな面と緊張感のある稜線を組み合わせています。
これは、トヨタの祖業である織機に使われる“杼(ひ=シャトル)”をモチーフとした、初代から続く造形思想を受け継ぐもの。派手さや威圧感ではなく、凛とした日本らしい品格を表現しています。
さらに、メッキによる装飾に頼りすぎていないのもポイントです。クロームを多用して華やかさを強調するのではなく、造形そのものの深みで高級感を表現。また、ボディ下部にはサテン調アルミの落ち着いた質感を使い、ウインドウまわりの額縁表現も現代的に整理しています。
一方で、伝統をそのまま残したわけではありません。代表的なのがフロントグリル。セダンと同じく日本建築の伝統技法“組子”から着想を得ながら、新たにアクリル素材を採用。アクリル越しに奥行きのある模様を見せることで、伝統的なモチーフを現代的に再解釈しています。
ヘッドライトやリアコンビネーションランプも、黒くシンプルなベースにL字/J字型の光を立体的に浮かび上がらせ、華美ではない静かな高級感をねらっています。
そしてフロントやホイール中央に配置される“鳳凰”のエンブレムも、新しいボディに合わせてつくり直されました。江戸彫金の流れをくむ匠が新しいボディに合わせて金型を仕上げ、ひとつの型を完成させるまでに約1か月半を費やしたといいます。
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