ロボットで“清掃の常識”が変わる? 高圧洗浄機でおなじみケルヒャー新社長が語る「25%ロボット化」戦略の意図とは
清掃機器メーカーから「クリーニングソリューション企業」へ
ケルヒャーと聞けば、多くの人が黄色い高圧洗浄機を思い浮かべるだろう。家庭用の高圧洗浄機はもちろん、工場や建設現場、公共施設などで使われる業務用機器でも同社は世界トップクラスの存在感を持つ。
しかし今回の業務用製品戦略説明会で同社が打ち出したメッセージは、これまでのブランドイメージとは少し異なるものだった。
「清掃機器メーカーから、クリーニングソリューションカンパニーへ」
挽野社長はこう表現する。これは単なる言葉の置き換えではない。その背景には、清掃を取り巻く環境が大きく変わりつつあるという認識がある。
企業にとって清掃とは、長い間「コスト」として扱われてきた。できるだけ安く、できるだけ短時間で終わらせるべき作業という位置づけだ。だが近年、その前提が崩れ始めている。
例えば環境規制。企業はCO2排出量や水資源の使用量、生物多様性への影響など、さまざまな指標を開示することが求められるようになってきた。日本でもサステナビリティ基準委員会(SSBJ)が企業の環境情報開示基準を整備しつつある。
清掃という業務も例外ではない。どれだけの水を使い、どれだけの洗剤を使い、どれだけのエネルギーを消費しているのか。これらは企業のESG評価に影響を与える要素になりつつある。
ケルヒャーが言う「ソリューション」とは、こうした課題を包括的に解決する仕組みを指す。単に機械を売るのではなく、清掃業務全体を最適化するサービスを提供するという発想だ。
そのために同社は、機器だけでなくIoT、ロボティクス、洗浄剤、データ管理などを組み合わせた総合的な提案を進めている。

新社長が掲げた「25%ロボット化」という戦略
今回の説明会で特に注目すべきなのは、ロボティクスの位置づけだ。挽野社長は、これまでロボット業界でキャリアを積んできた人物である。家庭用ロボット市場は競争が激しいが、その経験は業務用清掃の未来を考えるうえで大きなヒントになっている。
同社が掲げた数値目標はかなり大胆だ。現在、ケルヒャーの業務用フロアケア事業における清掃ロボットの比率は約5%。これを2030年までに25%まで引き上げるという。つまり、5倍の拡大を目指す計算だ。
背景にあるのは、日本社会の構造的な人手不足である。ある調査によると、2030年には日本で約640万人の労働力が不足すると予測されている。物流、建設、医療、介護など多くの分野で人材不足が深刻化しているが、清掃業界も例外ではない。
ビル管理会社やホテル、商業施設などでは、清掃スタッフの確保が大きな課題になっている。特に深夜や早朝の作業は人材確保が難しく、現場の負担は年々増えている。
こうした状況の中で、清掃ロボットは単なる便利な機械ではなく、社会インフラを維持するための重要なツールになりつつある。実際、ケルヒャーのカーペット清掃ロボット「KIRA CV 50」は、すでに多くの施設で導入が進んでいる。
ビル管理会社の導入事例では、ロボットがカーペット清掃を行っている間にスタッフがトイレ清掃など別の作業を進めることで、作業効率が大幅に改善したという。
ロボットは人を完全に置き換えるわけではない。だが、人とロボットが役割分担することで、現場の生産性を大きく高めることができる。

「掃除はコスト」という常識を変える
今回の戦略で筆者が特に興味深いと感じたのは、清掃の位置づけを変えようとする考え方だ。
ケルヒャーは、清掃を「企業価値を高める投資」と位置づける。例えば節水技術。高圧洗浄機を使うことで、水道ホースによる洗浄に比べて20〜30%の水使用量削減が可能だという。
さらに同社の洗浄剤「RM 764N ノンリンスECO」は、通常水を大量に使うカーペット洗浄のすすぎ工程を必要としない。汚れをカプセル状に包み込み、乾燥後に結晶化させることで、掃除機で吸い取るだけで除去できる仕組みだ。
これにより、洗浄後の水洗い工程が不要になる。結果として水使用量だけでなく、作業時間も削減できる。
また、排水処理の観点でも工夫がある。床洗浄用洗浄剤「RM 69N マルチECO」は、ケルヒャー独自のASF技術により、排水中の油分を分離しやすくすることで、オイルセパレーターによる処理を効率化する。
つまり、洗浄という作業の前後まで含めて環境負荷を下げる設計になっている。こうした取り組みは、企業のESGレポートにも活用できる。清掃の効率化が、そのまま環境戦略につながるわけだ。

農業と産業現場という新しい市場
今回の説明会でケルヒャーが重点領域として挙げたのは、農業と産業分野である。一見すると清掃機器とは距離のある分野のように思える。だが実際には非常に相性が良い。
農業では、衛生管理が重要なテーマになっている。鳥インフルエンザなどの感染症対策では、畜舎や設備の洗浄が不可欠だ。ここで温水高圧洗浄機が役立つ。冷水よりも温水の方が洗浄能力は約50%高く、洗剤を使わずに汚れを落とすことができる。
さらに温水は除菌効果も持つ。60度以上の温水で多くの細菌を除去できるため、食品関連施設でも利用が広がっている。
また農業分野では、温水を使った除草技術も提案されている。70度以上の熱湯を雑草の成長点にかけることで、薬剤を使わずに枯らすことができる。環境負荷を抑えた農業への関心が高まる中で、こうした技術は今後さらに重要になる可能性がある。
ケルヒャーは農業清掃機器市場で現在約17%のシェアを持つが、2030年までに30%へ拡大する目標を掲げている。

清掃の未来は「人とロボットの共存」
今回の発表会で示された方向性は、単なる製品開発ではない。ロボット、IoT、環境技術を組み合わせることで、清掃という仕事そのものを変えていくという構想だ。
ロボットが広い床面を掃除し、人が細かい作業を行う。機器の稼働状況はIoTで管理され、最適な運用がデータで判断される。そこでは、清掃は単純作業ではなく、オペレーションとして管理される業務になる。
筆者は長年家電業界を取材してきたが、家庭用ロボット掃除機が登場したときにも同じ変化を感じた。掃除という作業が「自分でやるもの」から「システムで管理するもの」へ変わった瞬間だった。
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