「AI自体は掃除できない」高圧洗浄機でおなじみケルヒャー新社長が語る “掃除の会社”から“社会を整える会社”へ変われるのか
ケルヒャーは「高圧洗浄機の会社」だけではない
ケルヒャーと聞けば、多くの人は黄色い高圧洗浄機を思い浮かべるだろう。実際、日本市場ではその認知が圧倒的に強い。
しかし挽野氏は、就任後に見えた同社の姿についてこう語る。
「入社前は私自身も高圧洗浄機の会社というイメージを持っていました。ただ、入ってみるとそれだけではない。家庭用だけでなく、業務用のお客様にも深く浸透している。90年以上の歴史があり、製品ポートフォリオも非常に幅広い。お客様の数やチャネルの厚みも、入る前と後では印象がまったく違いました」(挽野氏)
挽野氏が目指すのは、清掃機器を売る会社ではなく、「トータルクリーニング・ソリューション・カンパニー」だ。

この言葉はやや堅く聞こえるが、要するに“掃除にまつわる困りごとを丸ごと解決する会社”という意味である。
日本では家庭用高圧洗浄機のイメージが強いケルヒャーだが、グローバルで見れば、工場、物流施設、食品工場、商業施設、農畜産、公共インフラまでカバーする業務用清掃機器の巨大ブランドでもある。
つまり同社は、「高圧洗浄機の会社」から「清掃を通じてお客様の課題解決を目指すソリューション・カンパニーへ、日本市場での見え方を変えようとしているのだ。

「掃除は絶対になくならない」という強い事業前提
今回のインタビューで最も印象的だったのは、挽野氏のこの言葉だ。
「AIやIoTは掃除できません。家でも倉庫でも食品工場でも、鉄を加工する工場でも、必ず掃除は必要です。私たちはお客様の環境をきれいにする。これは絶対になくならない、時代がどれだけ進んでも変わらない、人間の営みの原点(ベース)となる領域です」(挽野氏)

AIが文章を書き、画像を作り、データを分析する時代になった。それでも、床に落ちた泥、工場の油汚れ、食品工場の衛生管理、物流倉庫の粉じんは、AIだけでは消えない。
汚れは物理世界にある。だから清掃も、物理世界の仕事として残り続ける。
そして今、その清掃を担う人が足りなくなっている。ここに、ケルヒャーの大きな商機がある。
物流倉庫、ホテル、食品工場、オフィスビル、商業施設。日本中の現場で、人手不足はすでに深刻な経営課題だ。清掃も例外ではない。
だからこそ、ケルヒャーが狙う“清掃革命”は、単なる便利家電の進化ではない。社会インフラをどう維持するかという話でもある。

ロボットは仕事を奪うのではなく、仕事を変える
挽野氏は、ロボットを「目的」として語らない。
「私たちはロボット屋ではありません。清掃課題の先にある解決策を提供するクリーリングソリューション・カンパニーです」(挽野氏)
家庭用ロボット掃除機の世界を見てきた人物だからこそ、この言葉には説得力がある。
家庭用ロボットは、家事を減らすための機械だった。一方で業務用ロボットは、現場のオペレーションそのものを変える機械になる。
「ロボットは省力化の手段になります。ただ、『ロボットに任せて本当にきれいになるのか』という不安もある。そこをどう解消していくか。そしてロボットを導入することで、人間が別の仕事をできるようになる。そこがクリーニングソリューションの先にある価値だと思っています」(挽野氏)

つまり、ロボットは人の仕事を奪うためのものではない。人がより価値の高い仕事へ移るための道具なのだ。
広い床面はロボットが担い、人は細部の仕上げや品質管理へ回る。清掃の仕事は、単純作業からオペレーション管理へ変わっていく可能性がある。
これはiRobot時代の家庭用ロボット掃除機とは、似ているようで大きく違う。
家庭用は「家事を減らす」ことが目的だった。業務用では、「現場全体をどう回すか」が問われる。だからこそ、耐久性、稼働時間、給排水、メンテナンス、導入後の運用支援まで含めた提案が必要になる。
ケルヒャーが強いのは、単にロボットを持っているからではない。清掃そのものを長年見続けてきた会社だからこそ、ロボットを“現場の解決策”として組み込めるところにある。
AIは目的ではない。清掃課題を解くための道具だ
AIについても、挽野氏の見方は冷静だ。
「AIは目的ではありません。私たちにとって主軸はクリーニングソリューションです。それを進めるにあたって、AIをどうツールとして使うかだと思っています」(挽野氏)
今、多くのメーカーがAIを語る。しかし、AIを搭載していること自体は、もはや価値ではない。重要なのは、それによって何が解決できるかだ。
ケルヒャーの場合、AIは清掃ルートの最適化、機器の稼働管理、フリートマネジメント、労働力不足の解決に使われる。

挽野氏はドイツ本社で、欧州企業らしい思想も感じたという。
「ヨーロッパは、テクノロジーと人間性をどう共存させるかという意識が非常に高い。アメリカや中国がイノベーションをものすごいスピードで展開するのに対して、ヨーロッパは技術をどう人間のために使うかを重視していると思います」(挽野氏)
AIやロボットを、効率化だけでなく“人間のための技術”として使う。ここにケルヒャーらしさがある。
ドイツ企業らしい堅実さ、と言ってもいいかもしれない。派手なAIデモで話題を作るのではなく、現場で本当に使える形に落とし込む。清掃という物理世界の仕事では、その姿勢こそが強みになる。
“大掃除のケルヒャー”から“日常のケルヒャー”へ
業務用だけでなく、家庭用にも変化の兆しがある。象徴的なのが、ハンディタイプの高圧洗浄機だ。
「ハンディエアは、まさにきっかけを作った製品です。今まで高圧洗浄機は面倒くさいと思っていた人が、ペットボトルの水で使えるならやってみようと思える。アウトドアや公園など、外出先でささっと汚れを落として、汚れを家に持ち帰らない。そういう使用シーンが広がりました」(挽野氏)

従来の高圧洗浄機は、“よし、使うぞ”と気合を入れる道具だった。だが、ハンディモデルはその心理的ハードルを下げた。
挽野氏は、次は家の中にチャンスがあると見る。
「次は家の中です。スチームクリーナーなどを通じて、家庭内におけるトータルクリーニングソリューションへ一歩進めたいと考えています」(挽野氏)

外の汚れを落とすケルヒャーから、家の中の清潔まで支えるケルヒャーへ。ここにも大きな余地がある。
これは日本市場において、かなり重要なテーマだと思う。
日本では、掃除を“ちゃんと自分でやること”に価値を置く感覚がまだ根強い。ロボット掃除機や食洗機も、導入初期には「本当に任せていいのか」という心理的な壁があった。
しかし一度便利さが実感されると、生活は一気に変わる。
ハンディタイプの高圧洗浄機が作ったのは、まさにその“使ってみよう”という最初のきっかけだった。
掃除を“社会を整える仕事”に変えられるか
最後に、挽野氏は今後のケルヒャー ジャパンについてこう語った。
「私が目指すのはトータルクリーニング・ソリューション・カンパニーです。私たちは清掃機器の会社ですが、清掃機器をお客様に使っていただくだけではありません。その清掃課題の先にある解決策を提供する会社を目指しています」(挽野氏)

掃除は、汚れを落とすだけの作業ではない。
食品工場の衛生を守る。物流倉庫の安全を支える。ホテルや商業施設の体験価値を保つ。人が働く環境を整える。
AIは掃除できない。だが、AIやロボットは掃除を変えることができる。
掃除は絶対になくならない。だからこそ、そこにはまだ大きな進化の余地がある。
ケルヒャーは“掃除の会社”から、“社会を整える会社”へ変われるのか。挽野氏の挑戦は、まだ始まったばかりだ。
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