腕時計のカシオ「エディフィス」とホンダ――両者の歴史が生む必然のパートナーシップと“これからの未来”とは
偶然とは思えない両社の“共通点”
Honda(本田技研工業)CASIO(カシオ計算機)は、どちらも“世界を席巻した伝説的な日本企業”だ。
その歴史と企業文化と製品を振り返ってみると、実は共通点が驚くほど多い。以前からそう考えていた。
そして2026年3月に発表され、発売前から絶大な人気の「HondaF1初優勝60周年を記念モデル『エディフィス SOSPENSIONE ECB-2300HR-1AJR』」。その誕生の背景を取材する機会を得た。
取材を踏まえて改めて考えてみると、このモデルの登場は必然だったと思うし、またこのモデルに込められた企画・開発者の情熱に感銘を受けずにはいられない。読者の皆さんにもぜひこの背景を知ってほしいと思う。
まず本コラボが必然だという根拠、ホンダとカシオの両社の企業文化と製品の共通点とは何だろうか。
それは「第二次世界大戦の敗戦直後にカリスマ的なエンジニアが町工場から創業した会社であること」や「既存の常識や枠組みにとらわれず、独自の技術に徹底的にこだわり『まだ誰も作っていない製品を作る』という開拓者精神」だ。
Hondaは、1946年に本田宗一郎が静岡県浜松市で、戦時中の軍用無線機用発電機エンジンを自転車用に改造・販売したことから始まり、その2年後の1948年に「本田技研工業」として法人化された会社だ。
エンジンやオートバイ、自動車に対して並外れた情熱と誰の言葉にも縛られない反骨精神の持ち主だった宗一郎は、その町工場をまたたく間に世界的な二輪車メーカー、さらに世界的な自動車メーカーへと導いて行った。二輪GPへの挑戦もF1への挑戦も、宗一郎でなければあり得ない、身の程知らずのとんでもない挑戦だった。

一方、カシオ計算機は1946年に天才技術者・樫尾忠雄を中心とする四兄弟の手で東京・三鷹市で産声を上げた、やはり町工場が出発点の会社だった。
さまざまな製品を開発・発明したが、特に有名な最初の発明品はタバコを根本まで吸える「指輪パイプ」。
そして樫尾四兄弟は歯車式が主流だった計算機の電動化を考え、1957年にリレー式回路を使って世界初の小型純電子式計算機「14-A」を開発、計算機の歴史に革命を起こし、世界的な計算機メーカーへと成長させた。

そして彼ら創業者の並外れた情熱と開拓者精神はその後も受け継がれ、70年以上を経た今も発展を続けている。
ホンダでは独自のエンジン技術に基づく二輪GPマシンやF1マシンによるレース参戦による輝かしい勝利や低公害車「シビック」などの画期的な自動車、そして航空機「ホンダジェット」に、カシオでは独自のデジタル技術に基づく世界初のパーソナル電卓「カシオミニ」やクォーツ式デジタル時計「カシオトロン」、“落としても壊れない”という画期的なコンセプトから生まれた「G-SHOCK(ジーショック)」へとつながった。
きっかけはカシオの「F1」オフィシャル・パートナー
そして両社のコラボレーションのきっかけが、他ならぬF1だった。カシオは2008年、ヨーロッパ市場で「EDIFICE(エディフィス)」ブランドのプロモーションのためにレッドブル・レーシングのF1ドライバーを務めていたデビッド・クルサードとパートナー契約を結んだ。
正確に言えば、ここからカシオとF1との関係が始まったのである。だが彼はこの年でF1ドライバーを引退した。
しかし、エディフィスはF1の世界観を念頭に企画・製品化したレーシングクロノグラフだ。
そこでカシオはまず、翌2009年に姉妹チームの「スクーデリア・トロ・ロッソ」から「レッドブル・レーシング」に昇格する若手ドライバー、セバスチャン・ベッテルとのパートナー契約を考えたという。
そして最終的にカシオは大きな決断に踏み切る。ドライバーとのパートナー契約よりもはるかに大きなスポンサード契約、つまり「レッドブル・レーシング」チームのオフィシャル・パートナーになるという大きな決断をしたのだ。

そしてこの決断は大きな成果につながった。カシオがチームのオフィシャル・パートナーとなった初年度の2009年シーズンから、レッドブル・レーシングは一気にF1のトップチームへと登り詰めていく。
2009年シーズン、ベッテルは第3戦中国GPでチームに初優勝をもたらし年間ドライバーズランキング第2位に。
そして翌2010年、セバスチャン・ベッテルと同チームは、ドライバーでもチームでもダブルタイトル、つまり初のF1ワールドチャンピオンとなった。
そして続く2011年、2012年、2013年もレッドブル・レーシングは、チーム&ドライバーのチャンピオンに輝いた。何とダブルで4年連続ワールドチャンピオンという大偉業を達成したのだ。
2009年シーズンから2015年シーズンまでのこの7年間は、レッドブル・レーシングはもちろんのこと、カシオの「エディフィス」にとっても大きな飛躍の年になった。チームとのパートナーシップ契約の広告効果は絶大で、ヨーロッパ市場での「エディフィス」コレクションの売上は爆増したという。
ただ、名実ともにF1のチャンピオンチームとなったレッドブル・レーシングとの契約金も高騰するのは当然のこと。2015年の年末、同チームからカシオに提示された2016年の契約金も、これまでとは別格の金額になったという。
ここでカシオは再び大きな決断をする。2016年シーズンからレッドブル・レーシングに代わってそのセカンドチーム「スクーデリア・トロ・ロッソ F1チーム」とオフィシャル・パートナー契約を結ぶことにしたのだ。
F1のパートナーシップ契約は、どんなチームであっても世間の一般常識から考えるととてつもなく高額なもの。
しかも人気チームの場合はパートナーになりたいという企業、つまりライバルは多い。また企業によっては広告効果の計算が難しいこともあり、せっかくパートナーになっても長く続かないことも珍しくない。
だがカシオのエディフィス・チームはF1とのパートナーシップがブランドにとっていかに大切かをよく理解していた。また何よりもF1が大好きだった。
「レッドブル・レーシングからスクーデリア・トロ・ロッソへ」というパートナーチェンジ。これがこの後、ホンダとの出会いにつながることになる。
2026年春に発売された「HondaF1初優勝60周年を記念モデル『エディフィス SOSPENSIONE ECB-2300HR-1AJR』」に象徴される、モータースポーツファン、ホンダファンにとって絶対に見逃せない一連のコラボレーションモデルの誕生へとつながったのである。
2018年〜現在も続くパートナーシップ
スクーデリア・トロ・ロッソとのパートナーシップ契約締結から3年後の2018年、カシオとホンダが出会う瞬間がついにやってきた。
ホンダのレース部門であるホンダ・レーシングが、スクーデリア・トロ・ロッソF1チームへのエンジン供給をスタート。同チーム代表のフランス・トスト氏の紹介・提案もあり、カシオ×ホンダレーシングのパートナーシップ、コラボレーションがついにスタートしたのだ。
カシオの「エディフィス」チームの面々は、当時のホンダのモータースポーツ部長と共に、栃木県さくら市の「栃木県さくら市の「HRD Sakura(現在のHRC SAKURA)」を訪れるなどしてコラボモデルのための“勉強”を開始した。
そして誕生したのが、2018年10月12日から発売された、「Honda Racing」と“EDIFICE”の初コラボレーションモデル、「エディフィス EQS-800HR」だ。

翌2019年には、秋の鈴鹿で開催された日本GPにフォーカスした11万円と6万2000円の2種類のコラボレーションモデル(どちらも消費税別)をサーキットで先行販売。このとき、なんと11万円高額モデルから即完売になったという。
スクーデリア・トロ・ロッソF1とカシオのオフィシャル・パートナー関係は、最終的に6年間、2021年まで続いた。そして、それ以降はカシオとホンダ・レーシングを中心にしたパートナーシップ、コラボモデルの企画・製品化に移行して現在に至っている。
2021年5月には、1961年に2輪グランプリで日本人初優勝を遂げた高橋国光氏のマシン「RC162」とのコラボモデル「EQW-A2000HR-1AJR」を、また2023年11月にはホンダ車のスポーツモデルの最高峰「TYPE R」とコラボした「Honda TYPE R Edition EDIFICE WINDFLOW ECB-2200HTR-1AJR」発売。

どちらもモータースポーツ好き、特にホンダのファンにとっては見逃せない、ホンダとカシオのパートナーシップから生まれた魅力的なスペシャルモデルだ。
またカシオは、HRCが一緒にレースをしている日本のレース界のレジェンドのひとり高橋国光氏が設立たした「TEAM KUNIMITSU(チーム・クニミツ)」とのSUPER GT GT500クラスでのレース活動のオフィシャル・パートナーを務めている。

つまりチーム・クニミツを介する形でも、カシオとホンダの親密な関係は続いている。
60年前の歴史に残る偉業。その事実と精神を未来へ
こうした歴史を踏まえて冒頭で紹介した新作、今から60年前にホンダが1965年10月メキシコGPで参戦わずか2年目、11戦目のレースでF1初優勝を遂げたことを記念するモデル、優勝マシン「RA272」をモチーフにしたアニバーサリーウォッチ「HondaF1初優勝60周年を記念モデル『エディフィスSOSPENSIONE ECB-2300HR-1AJR』」がついに登場したのだ。

圧巻なのはそのディテール。まずは時計のカラーリング。
優勝マシン「RA272」に塗装されていた「チャンピオンシップホワイト」と呼ばれる伝統のカラーを今回、同じ塗料を使って初めてベゼルにあしらった。
しかも、下地塗装を徹底して行ってしっかり定着させた後、仕上げの最外装塗装(トップコート)を施すことで、RA272と同じ色合いや光沢感を徹底的に追求したのだ。
この記事を書くに当たって筆者はカシオの企画・開発スタッフ、さらにホンダの広報担当の方と一緒に、栃木県の芳賀郡茂木町にある「モビリティリゾートもてぎ」内にある、ホンダの“夢と挑戦の物語”を体験できる博物館「Honda Collection Hall(ホンダ コレクション ホール)」を取材し、RA272とこの時計を実際に並べてみた。
そして、そのこだわりがいかに徹底したものかを実感した。「まさかここまで!」と驚いた。

この時計には、このベゼルのカラーリング以外にもRA272のモチーフが徹底的に織り込まれている。
「白地に赤」の日の丸マシンカラーを、ダイヤル外周をレッドに彩ることで反映。
さらに文字盤9時位置のインダイヤルをコックピットの中心にあるタキメーターをモチーフにする、ストラップに横置きV型12気筒1.5リッターエンジンの図面を刻印するなど、RA272につながる意匠で当時のレーシングスピリットを今に伝える工夫がなされている。
さらにベゼルのミニッツスケールの「60」の数字だけをチャンピオンカラーのゴールドに。
ストラップに付けられた金属製の遊環をやはりゴールドカラーとし、優勝を意味する月桂樹の冠とカーナンバー11、当時の中村良夫チーム監督がジュリアス・シーザーに習って本社に打電した有名な勝利宣言「Veni, Vidi, Vici.(ラテン語で『来た、見た、勝った』という意味)」を刻印。
さらにディテールへのこだわりは続く。勝利に向かって走るRA272の姿とチェッカーフラッグ、そして60の数字で構成される、F1初優勝60周年を記念したHondaオリジナルデザインのアニバーサリーロゴをカーボン製のブラックの裏蓋にレーザー刻印。
またストラップの裏側にエンジンの設計図をプリントし、また製品をスペシャルボックスに収めるなど、あらゆる角度から、世界のモータースポーツ史に輝く偉業のこれ以上はないメモリアルアイテムに仕上がっている。
このモデルは、2009年に始まるカシオ×ホンダのコラボレーションの集大成、最大の成果のひとつなのだ。
ただし、発売から3カ月が経過してすでにカシオの公式オンラインサイトでは完売になっている。
ここまで記事を読んでくださった方の中には「もう購入不可能なモデルの魅力をここまで紹介してどうするんだ!」とお怒りの方もいらっしゃるかもしれない。
VAGUEからのオススメ
ポータブル電源が都心で過ごす夜を変える──Jackeryがかなえる“オフグリッド”なスポーツ観戦【PR】
