AIは勝手に賢くならない――人の顔や姿を15万枚撮り、雨粒一滴と戦ったパナソニック「ドアホン開発」の裏側
AI顔認証と玄関前の見守りを、一台のドアホンへ
今回取り上げるのは、パナソニックが9年ぶりにフルモデルチェンジしたテレビドアホン「VL-X70シリーズ」です。
AI顔認証や玄関前の人物検知を備えた最新モデルの開発現場を訪ねると、集まったのはAI担当だけではありませんでした。
映像、ハードウェア、機構、仕様、品質保証、製造など、取材に姿を見せた関係者は20人以上。一台のAIドアホンは、多くの人の仕事を重ねて完成していました。

AIの取材に来たはずが、会議室に20人以上が集まっていた
福岡事業所の会議室に入った瞬間、少し驚いた。
長いテーブルを囲むように、AI、映像処理、ハードウェア、機構、仕様、品質保証の担当者が次々と入ってくる。製造や評価の担当者も加わり、20人を優に超えた。

AIのアルゴリズムだけでは、製品にならない
「VL-X70シリーズ」は、登録した家族を見分けて自動応対する「AI顔認証」と、玄関前への立ち入りやうろつきを検知・記録する「AI自宅前防犯」を搭載。スマートフォンや電気錠とも連携する。
筆者はAI担当者を中心に話を聞くつもりだった。だが、AIだけでは説明できないという。
「AIのアルゴリズムだけでは製品になりません。AIに適した映像、それを動かすハードウェア、屋外で使える構造、製造時の調整、品質確認まで必要です」(ハード設計/外山氏)

AIを載せるために、ドアホンそのものを作り直す
AI家電というと、完成品へ新しいプログラムを加える姿を想像しがちだ。
しかし今回、AIを載せるためにドアホンそのものを入口から作り直していた。

「AIを追加する」のではなく、カメラから作り直した
従来の玄関子機では、映像処理まで済ませたカメラモジュールを採用するのが一般的だった。人がモニターで来訪者を確認するだけなら、それでも大きな問題はない。
だが、AIが顔や人物の特徴を読み取るとなると事情が変わる。
加工や圧縮で輪郭や顔の特徴が曖昧になれば、認識精度へ影響する。そこで今回は、イメージセンサーの生データを、映像処理とAI演算を担う中枢半導体「SoC」へ直接入力する構成に改めた。
「完成済みのカメラモジュールを使わず、センサーのデータから自分たちで映像を作り込みました。その方がAIを成立させる自由度を持てます」(ハード設計/市川氏)
一方、それまで部品メーカーが担っていた画質調整、レンズ組み立て、フォーカス合わせ、製造検査まで自分たちで引き受けることになる。

処理能力だけを追えない、玄関子機の制約
しかも、限られた玄関子機にSoCや回路を収めなければならない。処理能力を上げれば発熱や消費電力、サイズ、価格へ跳ね返る。

AI搭載で変わった、映像と基板と工場の作り方
「高性能なデバイスを使う方法もありますが、ドアホンにはサイズ、消費電力、価格の制約があります。その中で必要な性能を成立させました」(ハード設計/吉地氏)

半年間、玄関子機を外へ持ち出して撮り続けた15万枚
顔認証や人物検知には、学習用の画像が必要になる。開発チームが集めたのは約15万枚。そのうち約10万枚を学習や評価に使った。
ただし、インターネット上の画像では代用できない。
玄関のカメラは壁に固定され、来訪者が正面に立つとは限らない。子どもは画面下部、背の高い人は上部へ寄り、帽子やマスク、傘、荷物も認識条件を変える。
さらに玄関子機は屋外にある。晴れ、曇り、雨、朝、夜、順光、逆光、日陰。季節でも条件が変わるため、開発者は試作機を実際に外へ持ち出した。
「製品に搭載するカメラで撮る必要がありました。基板やパソコンと一緒に試作機を運び、条件を変えながら撮影しました」(ソフト設計/杉山氏)

晴れの日も雨の日も、玄関の条件を集め続ける
撮影は約半年。100人を超える社員に加え、子どもから70代の方までがモデルとして協力し、顔の向きや服装、眼鏡、帽子、マスク、サングラスなどを変えて撮った。
晴れれば外へ出て、雨が降れば雨の日の画像を集める。AIエンジニアも、パソコンの前にいるだけではなかった。
玄関子機を抱えて撮影に出る姿は、AI開発という言葉から連想するスマートな風景とはかなり違う。しかも、撮影は入口にすぎない。

撮った画像へ、人間が一枚ずつ「正解」を付けていく
15万枚の画像は、撮っただけではAIの教材にならない。人や顔の位置を指定し、学習に使える画像かを人が判断して正解情報を付ける。これが「アノテーション」だ。

約10万枚の正解データは、人が基準をそろえる
人物を枠で囲み、「ここに人がいる」とAIへ教える。背景の植物や家具まで人物の特徴として覚えないよう、ぶれや写り方も一枚ずつ確認する。
「人の後ろにある物まで特徴として覚えることがあります。使える画像を選び、正解データを作っていきます」(ソフト設計/後藤氏)
対象は約10万枚。枠の位置や人物の欠け、帽子や傘をどこまで含めるか。判断基準をそろえなければ、学習にもばらつきが生まれる。

人が教えた正解を、顔認証の精度へつなげる
AIが勝手に賢くなったのではない。人が撮り、選び、正解を教える仕事が、顔認証と人物検知の精度へ変わった。

広く映そうとすると、人の顔が曲がってしまう
玄関前を広く見るため、玄関子機は水平約170度の広角映像に対応する。
ただし、広く映すほど画面端の人物は大きく歪む。

人に自然な映像と、AIにわかる映像は違う
人なら歪んだ映像でも人物と分かるが、AIには中央と端の人物が異なる形として入力される。特に子どもや背の高い人は、歪みの強い上下端に顔が寄りやすい。
映像担当は人物が自然に見えるよう補正するが、補正を強めればAIが見ていた特徴まで変わる可能性がある。
「人に自然な映像と、AIが認識しやすい映像は、必ずしも同じではありません」(ハード設計/市川氏)

補正と評価を往復し、画面端の顔も見分ける
映像担当が補正し、AI担当が精度を確認する。その往復を重ね、両方が成立する地点を探った。

夜の映像は、明るくするほど難しくなる
暗い玄関を明るく映すには、光を取り込む時間を延ばしたり、信号を増幅したりする方法がある。
しかし、シャッター時間を延ばせば人物がぶれ、増幅すればノイズが増える。ノイズを消しすぎれば顔の輪郭も失われ、人には見やすくてもAIが認識できなくなる。
「明るくするだけではありません。ぶれ、ノイズ、見やすさ、AIの認識性能を同時に調整しました」(ハード設計/吉地氏)
映像処理を変えれば、AIの評価もやり直しになる。
明るさや色をわずかに変更するたび、顔認証と人物検知への影響を確認した。

暗い玄関でも、モニターには登録名が現れた
肉眼では人物の表情が分かりにくくても、モニターには登録名が表示された。その結果の裏で、シャッター速度、ノイズ処理、映像、AIを何度も調整している。

AIの精度を支えたのは、レンズ上の小さな庇だった
玄関子機のレンズ上部には、小さな庇がある。ありふれた雨よけに見えるが、顔認証の性能を支える重要な形だった。
広角レンズに付いた一滴の雨粒は、映像上では大きく見え、顔を覆えば認識精度を落とす。
「この庇がなければ、今回の顔認証は成立しなかったかもしれません」(ハード設計/市川氏)

長すぎれば映像に入り、短すぎれば雨を防げない。外観も崩さないぎりぎりの長さを、試作を重ねて探った。
付け根の小さな段差も、上から流れる水を左右へ逃がすためのものだ。最新AIを支えていたのは、ミリ単位で詰めた庇だった。

「顔を認証できる」だけでは、商品にならない
顔を認識できても、それだけでは生活者の価値にならない。仕様担当者はこう振り返る。
「AIを活用すること自体ではなく、お客様の安心につながる体験をどう実現するかを重視しました」(仕様チーム/分山氏)

認識した相手に応じて、応答する内容を変える
大切なのは、認識したあとに何をするかだ。名前を表示するだけでは、安心や防犯にはつながらない。
相手によってメッセージ応答を出し分ける機能では、登録した家族には自作録音を流し、未登録の相手には用件の確認を促すなど、相手に応じて応答内容を自由に設定できる。
人検知機能では、敷地内への侵入者と、自宅周辺をうろついている人を分けて検知・記録する。

敏感すぎても使われない。防犯機能の線引き
一方、検知を敏感にしすぎれば通行人まで反応し、通知が増えれば使われなくなる。設定が複雑でも同じだ。
商品企画や営業の理想、AIやハードで実現できること、利用者が求めること。その間を仕様担当者がつないだ。
「AIはあくまで手段。顔認証や人検知により、お客様の安心・安全をどのように実現できるかを考えました」(仕様チーム/分山氏)
顔を見分ける技術を、家族の安心や防犯へ翻訳するのも人の仕事だった。

品質保証は、開発者が考えたくない条件まで考える
品質保証は、完成品を最後に確認するだけではない。初めてのAI機能だからこそ、開発の早い段階から加わった。
道路沿いの家や人通りの多い場所、理想的な高さに設置できない玄関。帽子、傘、逆光、雨、暗所。開発者の想定から外れたときにどう動くかを洗い出す。
「本当に買ってよかった、安心できると感じられる商品か。その立場で確認しています」(品質保証/湯野氏)
開発者が機能を成立させようと前へ進む一方、品質保証は利用者側から弱点を探す。

マネキンを人物と見ても、その後の動きで判断する
マネキンは最初こそ人物として検知されるが、動かない状態が続けば対象から外れる。

AI時代になっても、プロダクトを作るのは人間だった
筆者はAI開発の泥臭い裏側を知りたくて福岡事業所を訪れた。約15万枚の撮影、約10万枚のデータ整備、正解付け、認識精度の調整。想像通り、地道な仕事が積み重ねられていた。
だが、それだけではない。AIが認識できる映像を作る人、回路を設計する人、庇をミリ単位で詰める人、技術を生活の価値へ変える人、品質を問い、量産と耐久性を支える人がいる。
取材に姿を見せただけでも20人を超え、実際にはその何倍もの人が一台に関わっている。
AIを暮らしで使えるプロダクトへ仕上げるには、生活環境を想像し、物理的な課題を解き、最後まで責任を持つ人間の仕事が欠かせない。
雨の日にも顔を認識し、夜の玄関前を映し、長年正しく働く。その自然さの裏側を、利用者が意識することはほとんどない。
「そこまでやるのか」という設計や検証は、使う人に苦労を感じさせないためにある。
AI時代の先進的なドアホンの中に見えたのは、それを暮らしの当たり前へ変える、多くの人間たちの仕事だった。

【製品概要】
パナソニック ワイヤレスモニター付テレビドアホン「外でもドアホン」VL-X70シリーズ
品番:VL-X70AHS/VL-X70AHF
価格:オープン価格(工事費別)
発売日:2026年6月18日
タイプ:ワイヤレスモニター付テレビドアホン(3-7タイプ)
セット内容:7型モニター親機、2.7型ワイヤレスモニター子機、カメラ玄関子機
主な機能:AI顔認証、登録者名の読み上げ、自動応答メッセージ、AI自宅前防犯、スマートフォン連携
顔情報登録数:最大30件
録画件数:本体最大250件/microSDカード使用時最大1万件
※AI自宅前防犯の録画には別売microSDカードが必要。
カメラ:約200万画素/最低被写体照度0.5ルクス
モニター親機:約135×192×29mm、約650g
ワイヤレスモニター子機:約170×52.5×25.5mm、約180g
玄関子機:VL-X70AHS 約170×119×26.4mm、約390g/VL-X70AHF 約131×99×26.5mm、約195g
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