同じお米でも、炊飯器で“甘み”は変わる!? 象印×東京農大が20年かけて突き止めた「おいしいごはん」の正体
「おいしい」は、そもそも数字にできるのか
家電の世界では、とかくスペックが評価軸になりがちです。炊飯器なら消費電力、圧力、IHヒーターの数、内釜の素材や厚さ。もちろん、どれも技術を知るうえで重要な情報です。しかし、1500Wだからおいしい、圧力が高いからおいしい、と数字だけを見て味を判断することはできません。
それでも筆者は、スペックやエビデンスは大切だと考えています。エビデンスこそが正義ではない。けれど「なんとなくおいしくなった」だけでは、なぜ進化したのかを説明できないし、次の製品でそのおいしさを再現することも難しくなります。

官能評価一辺倒だった開発に“ブレない物差し”を
「東京農業大学さんと研究を始める前は、炊飯器の開発はほぼ官能テスト一辺倒で判断していた時代でした。意見の相違が出たときに、どの方向へ向かえばいいのか分からなくなることもあった。何とか数字で定量化できないか、と第三者の研究機関を探していました」(象印マホービン/宇都宮氏)
複数の開発者が実際にごはんを食べ、硬さや粘り、甘みを判断する。もちろん、現在でも官能評価は重要です。しかし人間が判断する以上、評価する人によって意見が分かれることもある。年齢や嗜好、さらには体調によっても感じ方は変わります。

「冷めたごはん」ではなく、「温かいごはん」を測る
たとえば食感です。ごはんのおいしさを語る際、「硬さ」「粘り」「弾力」は非常に大きな要素になります。物性測定器を使えば数値化できますが、共同研究を始めた20年ほど前は、安定した測定値を得るため、冷ました米飯を測るのが一般的でした。ところが、炊飯器で炊いたごはんを私たちが最もよく評価するのは、炊きたての温かい状態です。
象印マホービン側は「実際に食べる温度で測りたい」と東京農大側へ求めました。辻井教授は、その難しさをこう説明します。
「最初に文献を調べても、温かい状態で安定して測っているデータがなかったんです。測定器のメーカーに相談しても『冷めてからの方が安定しますよ』と言われた。それでも、実際に食べる状態に近い温度で測れなければ意味がないので、研究室で試行錯誤しました」(東京農大/辻井氏)
その測定条件を確立するまでには約3年を要したといいます。これによって、官能評価で感じた食感の違いを、温かい状態の物性値として比較できるようになりました。宇都宮氏も「安定した物性値が取れるようになったことで、開発に思い切って力を入れられるようになった」と話します。

ごはんの“ほのかな甘み”は、どこから来るのか
もうひとつ大きな研究テーマになったのが「甘み」です。ごはんの味を表現するとき、多くの人が思い浮かべるのは、口に含んだときに感じるほのかな甘みでしょう。
「ごはんの味は何かと聞かれたら、“ほのかな甘さ”という官能表現が出てくると思います。では、その甘みの原因は何なのか。そこを炊飯器の違いで評価する研究は、当時ほとんどありませんでした」と辻井教授。
その甘みに関係する指標のひとつが「還元糖量」です。炊飯中に米のでんぷんへ酵素が作用し、ブドウ糖や麦芽糖など、甘みに関わる成分が生成されます。さらに圧力をかけることで酵素作用が活発になり、還元糖が増えることも共同研究から分かってきました。

なぜ「ごはん全体」ではなく、米粒の“表面”を測るのか
同じお米を使っていても、炊飯器を変えると官能評価では「こちらの方が甘い」と明確な違いを感じる。ところが、ごはん全体をすりつぶして還元糖量を測定しても、その違いをうまく説明できないことがありました。
宇都宮氏は「炊飯器の違いで、官能テストでは必ず甘みの感じ方が変わる。それなのに、なぜデータでは説明できないのかという疑問がずっとあった」と振り返ります。そこで辻井教授らが着目したのが、米粒の「表面」でした。
人間はごはんを口に入れた瞬間、まず米粒表面の味成分に接します。ならば、ごはん全体に含まれる糖ではなく、表面付近に存在する糖の量が、最初に感じる甘みに大きく関係しているのではないか。
米飯表面の還元糖量を測ってみると、官能試験で感じていた甘みの違いと近い傾向が確認できたといいます。宇都宮氏は「数値を見ると衝撃が走りました。官能テストとほぼ一致していた。『こういうことだったのか』と実感できた研究成果でした」と語りました。

“約20%向上”という数字を、どう読むべきか
「炎舞炊き」の進化に伴って、米飯表面の還元糖量について約20%の向上を示す比較も紹介されました。ただし、この数字は注意して見る必要があります。
お米は工業製品ではなく農産物です。毎年、天候や作柄によって状態が違います。そのため、単純に「2017年の還元糖量を100としたら、2026年は120」という絶対的な時系列比較をしているわけではありません。
筆者が基準となるお米について尋ねると、辻井教授は、同じ銘柄でも毎年の気候によって出来が変わるため、その年の米が評価に使える状態かを確認していると説明しました。新米の状態が評価に適さなければ、低温保存していた前年の米を使うこともあるといいます。
つまり重要なのは、同じ米、同じ条件で旧機種と新機種を比較すること。炊飯器以外の変数をできるだけ排除したうえで、その年の新旧モデル間にどの程度の差が生じたかを見ているのです。

甘みを増やすほど、今度は弾力が失われる
では、還元糖量を増やし続ければ、究極においしいごはんが完成するのでしょうか。答えは、そう単純ではありません。
宇都宮氏によれば、甘みを増やす方法自体は長年の研究でかなり分かってきています。酵素が働きやすい温度帯を長く取る。炊飯時間を延ばす。圧力をかける。強い火力を加える。
「甘みを増やすこと自体はできるんです。ただ、甘みを出した後に弾力が低下して、ごはんが柔らかくなってしまう。ここがトレードオフの関係になっていて、両立させるのが非常に難しい」と宇都宮氏。
さらに「甘みを伸ばしながら弾力をキープしていくことが、今の炊飯性能で最も重要な要素だと思っています」と続けます。単純な“甘さの最大化”ではなく、甘みと弾力を同時に成立させることが、現在の開発目標になっているのです。

「甘み×弾力×官能評価」で、おいしさの確度を上げる
おいしさは、一つの数字では表現できません。還元糖量が多ければいいわけではなく、硬ければいいわけでも、粘りが強ければいいわけでもない。甘みを十分に引き出しながら、一粒一粒を噛んだときの弾力や粒感を残す。そのバランスこそが、現在の炊飯器開発における重要なテーマになっています。
筆者は、「甘み×弾力で“おいしい”と判断できる具体的な数値はあるのか」と質問しました。宇都宮氏らの回答は、絶対的な基準値は公表していないというもの。お米自体の出来も変わるし、人の好みも変わるからです。
個別取材でも宇都宮氏は、数字だけで「おいしい」を決めるのではなく、官能評価を非常に重視していると強調しました。「10人、20人が食べて、ほぼ全員がこちらの方がおいしいという差が出れば、かなり確信できます。一方で、人の好みは年齢によっても変わる。だからこそ、物性値のような客観的なデータが“ブレない軸”になる」という考え方です。
同条件で新旧製品を比較し、還元糖量や物性値がどう変化したかを見る。そして最後は、実際に人が食べて確かめる。「還元糖量×物性値×官能評価」の3つを重ね合わせることで、「おいしくなった」という判断の確度を上げています。

なぜ象印マホービンは「極め羽釜」を捨てられたのか?
そんな“ブレない物差し”の存在が、象印マホービンの大きな技術転換を支えた場面があります。かつて同社の高級炊飯器を象徴していた「極め羽釜」です。
南部鉄器を使い、昔ながらの羽釜形状を現代のIH炊飯器に持ち込んだ製品で、筆者自身も当時、岩手の製造現場まで取材しました。それだけに、象印マホービンがあれほど強い商品アイコンとなっていた羽釜形状から離れ、2018年に「炎舞炊き」へ転換したときには、かなり驚いた記憶があります。
筆者が「極め羽釜を捨てても、おいしさをさらに上げられる自信があったのか」と尋ねると、宇都宮氏は、極め羽釜には釜径を大きくして対流を生み出せるメリットがある一方、本体が大きくなり、内釜が重くなること、さらに1升炊きへ展開しにくいという弱点があったと明かしました。
そこで象印マホービンは、釜の形だけで対流を生み出すのではなく、IHヒーターを分割し、限られた電力を局所的に集中させ、それを切り替えながら加熱することで複雑な対流を起こす「炎舞炊き」へ進みます。
「極め羽釜の時は均一加熱を重視していました。でも、IHコイルを分割して集中加熱し、ローテーションさせることで火力を上げられた。試作したごはんを食べたとき、極め羽釜と比べても段違いにおいしかった。『これはいける』と思いました」と宇都宮氏。
一方、辻井教授は「僕は衝撃的でした。内釜戦争の中で一歩抜きん出た存在だと思っていたので、『これを捨ててどうするんだ』と思ったのが正直なところです」と当時を振り返ります。ただ、新方式で炊いたごはんの数値には明確な違いが現れた。「それだけの根拠となるデータと開発技術があったんだなと理解できた」といいます。
象印マホービンが自ら築き上げた成功体験を手放せた背景には、「こちらの方がおいしい」という開発者の舌だけでなく、それを裏付けるデータも存在していたのです。なお、極め羽釜時代の知見をすべて捨てたわけではなく、南部鉄器で培った“鉄”という素材への考え方などは現在の内釜にも継承されています。

スペックだけではおいしくならない。でも進化には数字が要る
今回の取材を通して強く感じたのは、「おいしい」を数値にすることの本当の意味です。科学が人間の味覚に勝つわけではありません。最終的に食べて「おいしい」と判断するのは、あくまで人間です。象印マホービンも現在まで官能評価を非常に重視しています。
だから東京農大が物性値や還元糖量を測り、象印マホービンがその結果を火力、圧力、加熱時間、IH制御へと戻していく。感覚→科学的分析→技術→官能評価。そしてまた科学へ。20年以上にわたり繰り返されてきたこのサイクルこそ、「技術力×科学力」の本質なのだと思います。
家電業界では「もうスペック競争の時代ではない」と言われます。確かに、単純に数字が大きいこと自体には意味はありません。ただし、「スペック競争からの脱却」と「スペック不要論」は別の話です。
なぜその火力が必要なのか。なぜその圧力が必要なのか。その結果、米飯表面の還元糖量や物性にどんな変化が起き、人は何をおいしいと感じたのか。そこまでつながって初めて、スペックはカタログのための数字ではなく、製品の価値を説明するエビデンスになります。
「おいしい」は、ひとつのスペックにはできない。しかし、おいしさを構成する要素を数字で捉え、それを再現可能な技術へと変えていくことはできる。象印マホービンと東京農大が20年以上かけて積み上げてきたのは、そのための“物差し”なのだと思います。

【製品概要】
象印マホービン 圧力IH炊飯ジャー「炎舞炊き」NX-AB型
価格:オープン価格(実勢価格:NX-AB10 約10万3000円〜、NX-AB18 約11万9000円〜/2026年9月現在)
カラー:黒(-BZ)、白(-WZ)
タイプ:圧力IH炊飯ジャー/「炎舞炊き」最高峰モデル
ラインアップ:NX-AB10(5.5合炊き)、NX-AB18(1升炊き)
炊飯容量:NX-AB10=0.09~1.0L(0.5~5.5合)/NX-AB18=0.18~1.8L(1合~1升)
炊飯時消費電力:NX-AB10=1440W/NX-AB18=1460W
本体サイズ:NX-AB10=約幅26×奥行33×高さ24cm/NX-AB18=約幅29.5×奥行36×高さ27cm
重量:NX-AB10=約8.0kg/NX-AB18=約9.5kg
VAGUEからのオススメ
前作超え感じさせる“ロケット級”の飛び実現へ! 新スリクソン「ZXi RKT」ドライバー4モデルの実力を試してみた【PR】