3スタイルに変形する「VAIO T」は何が便利? 実際に使って分かった“画面が動く意味”と、34万円台の価値
「信頼は得たが、驚きは薄れた」VAIOの率直な自己分析
VAIOは2026年9月10日、独自のマルチフリップ機構を搭載した個人向け「VAIO T」と法人向け「VAIO T work」を発表しました。ディスプレイを動かすだけで、通常のノートPC、画面に直接触れるタブレット、画面を相手側へ向けるビューという3つのスタイルを使い分けられる「トリプルスタイルPC」です。
両製品は、新しい顧客体験を提案する「Nextシリーズ」の製品第1弾に位置づけられます。しかし、発表会で最も印象に残ったのは製品の機構ではなく、VAIO株式会社 取締役執行役員常務 開発本部 本部長の林 薫氏が示した「信頼は、得たが 驚きは、薄れた。」という言葉でした。
ソニーから独立して12年。VAIOは堅牢性や使いやすさ、安曇野工場での品質管理を磨き、法人市場で着実に成長してきました。2015年度と2025年度を比べると、BtoBの販売台数は約7倍となり、販売台数の構成比も35%から85%へ拡大しています。
一方、法人需要へ誠実に応え続けるほど、製品は失敗の少ない方向へ近づきます。信頼を守ることが次の挑戦を難しくする、成長企業特有のジレンマです。VAIO 取締役執行役員常務 開発本部 本部長 林 薫氏は「信頼される存在にはなったが、驚きを期待される存在ではなくなってきたのではないか」と振り返りました。

ノジマ傘下入りがもたらした「ユニーク」と「スピード」
2025年にVAIOがノジマグループへ加わったことは、この流れを変える契機になりました。ノジマが重視するのは「ユニーク」と「スピード」。これまで築いた品質を捨てず、その上にもう一度ワクワクする体験を積み上げる。その意思表示がVAIO Tなのです。
興味深いのは、マルチフリップ復活の発案がVAIOの開発部門ではなく、日々ユーザーと接するノジマ側から出てきたことです。

販売現場から戻ってきた「消えたマルチフリップ」
ノジマ M&C推進部 情報ソリューショングループ グループ長の益田 巧氏は、かつて同様の機構を備えたVAIOを店頭で販売していました。画面をくるりと返して見せると、顧客から「すごい」「面白い」という反応が返ってきたといいます。それだけに後継機がなくなったことを残念に感じており、VAIOと一緒に製品を考える機会を得た際、迷わず復活を提案しました。
旧モデルの時代はPCのタッチ操作も、それに対応するWindowsも発展途上でした。現在は画面に触れる操作が日常になり、動画を見るためにPCの画面だけを手前へ向ける人も増えています。益田氏は「時代がようやくこの機構に追いついてきた」と説明します。

作ることと売ることを一体で考える製販一体
VAIO側も、旧モデルが続かなかったのは、機構ではなく価値を必要な人へ伝え切れなかったからではないかと考えました。そこで企画初期から両社で定例会を持ち、何を作るかだけでなく、店頭でどう伝えるかまで、一体で考えました。
ノジマでは、認定スタッフ「VAIOマイスター」を約200人まで増やし、7店舗にショップインショップも設けています。売り場で得た反応を次の開発へ戻せれば、販売店はユーザーとメーカーをつなぐ“センサー”にもなります。
一般的な360度回転型PCでは、タブレット形状にするとキーボードが机や手に触れます。一方のマルチフリップは、PCを持ち上げたり裏返したりせず、キーボード面を下に向けることもなく、机に置いたまま画面だけを移動できます。顧客に画面を見せ、すぐに元へ戻して文字を打つ。こうした販売現場で見えていた小さな不便が、製品の構造へ翻訳されています。

大切なのは「3つに変形」ではなく、思考や作業を途切れさせないこと
発表会では、2人で立ったまま資料を確認し、画面へ触れ、そのままノートPCモードへ戻してメールに添付する例が示されました。見る、考える、書く、伝える。その途中で端末を置き直さなくていいことが、マルチフリップの本質です。
実際に使うと形態の移行は滑らかです。対面で写真を見せたいときや、ソファで動画に集中したいときに、自然と最適な形へ変えられます。

軽さ、端子、キーボード。日常で効いてくる設計
13.3型、2560×1600画素のタッチディスプレイを備えながら、本体は最軽量構成で約1.253kgです。キーボードは画面を開くと奥側が持ち上がり、わずかに傾斜がつくため、長文も打ちやすく感じました。USB Type-C端子を左右に配置し、HDMIやUSB Type-A、有線LANまで本体に備えるため、席や電源の位置を選ばず、外部モニターや周辺機器を接続しやすいのも実用的です。
ただし、約1.25kgの本体を片手で長時間持つような、純粋なタブレットの代わりではありません。指によるタッチには対応しますが、VAIOのデジタイザースタイラスにも対応していません。タブレットモードは、机のない場所で短時間確認したり、置いた状態で画面へ直接触れたりするための機能と考えるのが現実的です。

Surfaceとの比較で見えた、大画面と高性能の余裕
筆者はVAIO Tと、同じように画面を手前へ動かせるマイクロソフト「Surface Laptop Studio 2」を実際に使い比べました。Surfaceは14.4型の大きな画面と広いタッチパッドを備え、操作領域のゆとりでは一枚上手です。独立型GPUのNVIDIA GeForce RTX 4050も搭載しており、映像制作や3D、対応する生成AIなど、重い処理を続けるための余力があります。
一方、約2kgのSurfaceに対し、VAIO Tは持ち歩きやすく、端子も充実しています。キーボードの打ちやすさはどちらも良好ですが、取材先へ持参し、外部モニターへつなぎ、原稿を書き、相手へ画面を見せるという日常の流れでは、VAIOの軽さと接続性が効いてきます。

一般的な動画編集とAIでは、性能差が表れにくい
撮影した4K/60fps動画を両機で約5~10分に編集し、カット、テロップ、BGM、色調整をそろえました。Movavi Video Editor無料版の上限であるフルHD/30fpsで書き出すと、所要時間はほぼ同じで、試行によってはVAIOの方が早い結果になりました。
Geekbench AIでも、CPUを使う同一設定ではVAIO TがSurfaceを3項目すべてで上回りました。ただし、VAIOのNPUもSurfaceのRTX 4050も使わない測定です。一般的な動画編集やクラウド型AIでは独立型GPUの力を必ずしも引き出せず、新しいCPUを積むVAIOが軽快に動く場面もあるということです。
複雑なエフェクトを重ねた4K動画や3D制作、インターネットを使わずPC内で重い生成AIを動かす作業では、RTX 4050を備えるSurfaceが優位になる可能性があります。しかし、それは今回の実測範囲とは別の話です。「数字上の最高性能」と「その人の毎日を快適にする性能」は分けて考える必要があります。

AI時代に伝わりやすい、ノイズ対策とウェルネスケア
VAIO Tは、最新のCore Ultraシリーズ3と、AI処理を専門に受け持つNPUを搭載したCopilot+ PCです。しかし、VAIOが描くAI時代の価値は、単に生成速度を競うことではありません。発表会では、音声でAIと対話し、画面に触れて内容を修正し、最後に人がキーボードで意思を入れる未来像が示されました。なお、これはVAIO Tだけの専用機能ではなく、既存のAIを組み合わせた利用イメージです。
むしろ現時点で生活者に伝わりやすいのは、3マイクを使うAIノイズキャンセリングです。筆者がオンライン会議の相手にも確認してもらったところ、周囲の雑音が大幅に抑えられ、外出先で仕事をする編集者として、その実用性を強く感じました。
内蔵カメラに顔を向けるだけで血管情報と心拍情報を推定する「VAIO ウェルネスケア」も象徴的です。貸出機ではまだ試せませんでしたが、会場のデモ機では、画面の前で静止すると短時間で結果が表示されました。スマートウォッチやスマートリングは充電や装着を忘れることがありますが、毎日開くPCなら、仕事を始めるついでに自分の状態を確認できます。これは派手なスペックではなく、行動の中へ機能を溶け込ませる発想です。なお、測定値は統計的な推定であり、医療目的の数値ではありません。

昔の“尖ったVAIO”ではなく、ユーザー起点のVAIOへ
かつてのVAIOは、まず技術や造形の驚きがあり、その尖りにユーザーが憧れるブランドでした。対してVAIO Tが示すのは、店頭で聞いた声を開発へ戻し、作り方と売り方を同時に設計する新しい尖り方です。メーカーの技術と販売現場の知見が直結すれば、表面的なアンケートでは見つからない「本人もまだ言葉にできていない不便」を製品へ変えられます。これはノジマ傘下入りによる最も重要な変化だと感じます。
課題もあります。発売記念価格でも34万1000円からと安くはなく、ノジマ以外の量販店での販売予定も現時点では示されていません。新しい機構は、触って初めて便利さが伝わるものです。限られた売り場で、誰に、どの場面で役立つのかを説明し切れるかが、製販一体の真価を問う最初の試験になります。
VAIO T一台でブランド復活が決まるわけではありません。それでも、自ら「驚きが薄れた」と認め、過去の機構を現在の生活へ合わせて作り直した姿勢には、新しいVAIOの始まりを感じます。VAIO Tは、信頼の先に再びワクワクをつくる挑戦の“狼煙”になりそうです。

製品概要
製品仕様
「VAIO T(個人向け)/VAIO T work(法人向け)」
・受注開始日:2026年9月18日
・発売日:2026年9月22日(ノジマ店舗)
・価格:VAIO T 税込37万4000円から。2026年11月30日までは発売記念価格として3万3000円引き
・ディスプレイ:13.3型ワイド、2560×1600画素、タッチ対応
・本体質量:VAIO T 約1.253kgから
・販売:VAIO直営オンラインストア、ノジマ店舗
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