VAGUE(ヴァーグ)

ロッキーが激走した「ジャルパ」が40周年! ベイビーランボ「ウラカン&ガヤルド」の系譜とは

元祖ベイビーランボ「ウラッコ」の集大成「ジャルパ」とは

 1981年ジュネーヴ・ショーにおけるワールドプレミアの翌年、1982年からシリーズ生産を開始したランボルギーニ・ジャルパは、シルエットから継承されたセミモノコックのスティール製ボディに黒のバンパーとエアインテークのほか、こちらもシルエット譲りの横長矩形コンビネーション式テールランプを備えていた。

 一方ホイール/タイヤは、コンセプトカー「アトン」からそのまま受け継いだディッシュ型16インチのアロイホイールに、ピレリP7ロープロファイルタイヤの組み合わせが新たに選ばれた。

  • タルガトップのオープンルーフを持つアウトラインは、カロッツェリア・ベルトーネのフランス人デザイナー、マルク・デシャンの手による

●志なかばで歴史を終えるも、ガヤルドに至る道筋を作った佳作

 ランボルギーニとしての格付けでは上位にあたる「カウンタック」が、最終型「Jubilio(アニヴァーサリー)」に至るまで15インチのままであったのに対して、ジャルパは先んじて16インチのホイール/タイヤを採用したことになる。

 また、シルエットと同様に取り付け/取り外しが簡単にできるデタッチャブル式ルーフは、リアシート後方の専用スペースに収納できるデザインとなっていた。これはもともと2+2だったウラッコを、ホイールベースはそのまま2シーター化した恩恵といえるだろう。

 そしてインテリアは、本革レザーとウールカーペットをふんだんにあしらった贅沢な仕立てこそシルエット時代と変わらないが、外観と同様に1970年代的なシルエットに比べて格段にモダンなデザインとなり、ウラッコ時代からの特徴だった深いコーン形状のステアリングホイールは、センターパッドつきの80年代スタイルへと変更された。

 マルク・デシャンとベルトーネは、のちに仏ルノー公団(当時)からの依頼で、伝説のモンスター「5ターボ」のデザインワークにも関与したが、とくにメーターパネル周辺には同じテイストが感じられる。

 ランボルギーニでは1970年後半から続いていた慢性的な経営危機のもとに開発されたジャルパながら、当時の専門誌に数多く見られた試乗記では、エキスパートたちがジャルパのストレートで積極的、そして妥協のないハンドリングを好意的に報じたといわれている。

 そしてデビューから3年後、1984年のジュネーヴ・モーターショーで発表された「シリーズII」では、エクステリアに若干の変更が施されることになる。

 バンパーとエアインテークがボディと同色になり、テールランプは前期型と同じく矩形のケースは持つものの、後世の日産スカイラインR32型「スポーツセダン(4ドア)」のように、内部に丸型4灯レンズを収めるスタイルへと変更されている。

 またシリーズIIでは、インテリアにもマイナーチェンジが施された。ステアリングホイールの径が拡大され、エアコンディショナーやパワーウインドウも標準装備化されたのである。

 しかし、1987年にランボルギーニ社を傘下に収めた北米クライスラー・グループは、マーケットにおけるジャルパのセールス実績には満足できず、1988年に通算420台を生産した段階で生産を終えることになった。

 1970年に「ウラッコP250」がショーデビューして以来、18年の時を経て、ウラッコ・ファミリーは波乱と悲運の歴史の幕を降ろしたことになる。

 歴史的観点からみると、ジャルパはV型8気筒エンジンをミッドシップに搭載したランボルギーニ最後のベルリネッタで、この排気量クラスに属するランボルギーニも、現状ではジャルパが最後の1台である。

 そしてこのコンセプトは、2003年に登場し、ランボルギーニ有数の販売台数を誇ることになった名作「ガヤルド」に至る直系の道筋を作ったのも間違いないところであろう。ミウラやカウンタックのようなスーパースターにはなりえなかったものの、歴史的意義は決して小さなものではなかったと信じたいのである。

>> ランボルギーニ・ガヤルド の中古車をさがす

Gallery 【画像】あまりクローズアップされない「ジャルパ」とは(18枚)
「2段あたため」レンジがすごすぎるっ!? 最新レンジを徹底紹介

page

  • 1
  • 2

VAGUEからのオススメ

ポータブル電源が都心で過ごす夜を変える──Jackeryがかなえる“オフグリッド”なスポーツ観戦【PR】

ポータブル電源が都心で過ごす夜を変える──Jackeryがかなえる“オフグリッド”なスポーツ観戦【PR】

RECOMMEND