初代の全長は軽自動車並みだった! ホンダ歴代「シビック」“一気乗り”で見えた50年分のクルマの成長
初代シビックの全長は現在の軽自動車とほぼ同じ
50年前にはじまったシビックの歴史を振り返ってみて感じたのは、クルマの“成長”だ。

たとえば初代シビックの全長は3405mmで、これは軽自動車の現行モデルである「N-BOX」(全長3395mm)と比べても、1cm長いだけに過ぎない。それが50年たった現行モデルでは、全長4550mmと1m以上も伸び、室内の広さ、上質感、走行性能、そして価格とすべてが成長した。
そうしてシビックの車格が上がった一方、ホンダのラインナップにはかつてのシビックのポジションに相当する「フィット」が加わり、成長したシビックに代わるエントリーユーザーの受け皿となっている。
もうひとつ驚いたのは、50年間10世代にわたる歴代モデルすべてを所有するにとどまらず、しっかり動く状態をキープしながら歴代モデルを保管しているホンダのこだわりだ。
ただ保管しておくだけならともかく走れる状態に保つとなれば、しっかりとメンテナンスをおこなう必要がある。今となっては、もしも壊れたときに交換するパーツの入手も簡単にはいかないことだろう。つまり、動かせる状態での保存は、驚くほど手間とコストがかかるのだ。いい換えれば、それを惜しむことなく実施できるシビックというモデルは、ホンダにとっていかに重要であるかの裏返しといえるだろう。
●歴代シビックに受け継がれる宗一郎イズム
そんなシビックの生みの親が、ホンダの創業者である本田宗一郎氏だ。初代シビックから開発に携わり、3代目の開発責任者を担当。その後、6代目まで開発に携わった伊藤博之さんは、初代シビックの開発現場における宗一郎氏とのエピソードを次のように振り返る。
「オヤジは開発現場にしばしば足を運び、状況をたびたび確認していました。でも、現場にオヤジが来ると文句が多いので、なるべく本社から出さないようにしていたのです(笑)。オヤジは感覚が敏感なので『ここが足りない』とか『ここをああしろ』といった具合に細かく注文を出してきました。それは少しでもいいクルマをつくろうという気持ちの現れであり、技術者に対して『妥協しないでいいクルマをつくれ』というメッセージだったと思います」
ある日、開発中のモデルに対し、「このクルマは静かなのか?」と宗一郎氏が尋ねてきた。開発者のひとりが「静かです」と応えたところ、宗一郎氏はギアを1速に入れたまま全開にして走り「うるさいじゃないか! ラジオも聞こえない!! これを静かというのか?」といってきたという。宗一郎氏いわく「“ゆっくり走って静か”なクルマなんて当たり前。誰もがどんな状態で乗っても静かな方がエライ」というわけだ。
「理屈じゃないんです。でも、オヤジがいってることは正しかった。オヤジは常々『いいクルマをつくれ』といっていましたね。現代の開発現場ではコストが重視されますが、私はオヤジに『開発費を削れ!』なんてひと言もいわれたことがない。『金をかけてもいい。いいクルマをつくれ! でも、知恵はタダなんだからもっと考えろ!』と常々いわれていました。そういう雰囲気が当時の開発部門にはありましたね」
こうして誕生したシビックは、50年にわたる歴史を通じて、全世界で累計販売台数2700万台を超える人気車種に。2021年のホンダのグローバル販売台数では「CR-V」につぐ座を占めるなど、歴史はもちろんのこと販売面でもホンダにとって大きな存在となっている。
そんなシビックの50年分の進化は、日本車の歴史そのものといってもいいだろう。果たしてこの先シビックは、どのような道へと進んでいくのか? 歴代シビックのステアリングを握って本田宗一郎イズムを再確認しながらそんなことを考えた。
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